魔法少女の勝率は0.1%

 イニーがデンドロビウムに言うだけ言って飛び去った後、デンドロビウムは直ぐに動く事ができなかった。


 様々な魔法を操り、マスティディザイアと戦うイニー。


 使われる魔法はデンドロビウムとの戦いでは見せなかったものばかりであり、威力も凄まじいものばかりだ。


 その戦い様は、デンドロビウムが憧れるランカーの様な強烈であり、輝かしいものに見えた。


 イニーは、マスティディザイアの砲撃がなるべく地表に向かわないように戦っているのだが、そんな事はデンドロビウムには分からない。


 そこに居るだけで邪魔になるのだが、デンドロビウムはしばし、イニーの戦いから目が離せなかった。


 だが、そのまま見ているだけの余裕など、本当は無いのだ。


 デンドロビウムは先程のイニーの言葉を思い出し、苦々しく顔を歪めながら、飛び立った。


 他の魔法少女をイニーとマスティディザイアから遠ざけ、イニーが周りを気にしなくても、良いようにするため。


「サーチ」


 デンドロビウムは魔法を唱え、他の魔法少女の位置を探る。


 イニーがなるべく逃げるように戦っている為、直ぐにこの戦場に来られそうな魔法少女は居なかった。


 先ずは一番近い反応に向け、デンドロビウムは翼を羽ばたかせる。


 後方では、イニーの魔法による轟音やマスティディザイアが放った砲弾の爆発音が鳴り響き、デンドロビウムは不安を募らせる。


 デンドロビウムがマスティディザイアに向けて撃った魔法は、イニーとの戦いの最後に使ったものと同じものだ。


 デンドロビウムの中では最も火力の高い魔法であり、必殺技と言って良いものだった。

 

 しかし、結果としてダメージらしいダメージを与えることはできず、その事に呆然としているところに反撃が来て、イニーが居なければ死んでいただろう。



 今のマスティディザイアはS級程度の力しかないはずだ。

 なのに、全く歯が立たなかった。

 相性が悪かったと言われればそれまでかもしれないが、そんなのは言い訳でしかない。


 デンドロビウムは溢れそうになる涙を我慢し、1人目の魔法少女を見つける。

 

「止まって!」

「デンドロビウムか。どうしたのよ?」


 見つけた魔法少女は、アメリカ代表のオーランタンだった。


「あの魔物と戦うのは無理よ。出来れば私の指示に従ってくれない?」

「そんなのやってみなくっちゃ分からないでしょ? それに、勝たないとここから出られないなら、戦うしかないんじゃない」


 オーランタンが言っている事は正論かも知れない。

 だが、既に一度マスティディザイアに挑んだデンドロビウムからしたら、マスティディザイアに挑むのは無謀でしかない。


「あれに勝つなんて私たちには無理よ、それに、今はイニーが戦っているから任せるしかないわ」


 イニーと聞いて、オーランタンの目が鋭くなる。

 オーランタンはイニーに個人的に恨みがあり、嫌っている。


 そんなイニーだけに魔物との戦いを任せるのは我慢ならなかった。


「あいつだけに任せてらんないわ。それに、力を合わせればSS級だって……」


 勝てる。そう、オーランタンが言おうとした時、少し離れた場所にマスティディザイアの砲弾が落ちてきて爆発する。


 隕石が衝突した様な穴があき、辺りを凍らせる。

 爆風と一緒に氷の破片が2人を襲い、吹き飛ばされないように耐える。


 その惨状を見て、オーランタンは先程の言葉を続けることが出来なかった。


 オーランタンは直感で理解したのだ。

 

 自分ではあれを防ぐ事が出来ないと。避けるにしても、空を飛べない自分ではどうしようないと。


「……」

「分かったでしょ……私たちじゃなにも出来ないのよ」


 固まったままのオーランタンに向けて、デンドロビウムは見たままの真実を告げる。


 イニーがデンドロビウムから別れてから、マスティディザイアの拘束具は1つ外れ、更に力を増している。

 徐々にSS級に近づいていっているのだ。


 オーランタンは拳を握りしめ、「分かった」と呟く。


 イレギュラーSS級~測定不能と呼ばれる魔物の力の一端を垣間見たことで、自分では何も出来ないと考えたのだ。


「オーランタンは探知系は使えないわよね? あっちの方向にまっすぐ進むと1人居るはずだから、お願いね。その後はイニーと魔物からなるべく離れるように逃げてね。それじゃあ」


 デンドロビウムは飛び立ち、次の魔法少女の所に向かう。


 チラリと、イニーとマスティディザイアの戦いを見るが、離れてから数分だというのに、地面には破壊の痕跡が深々と刻まれていた。


(――あれがイニーフリューリング)


 たった1人でSS級の魔物に挑み、自分たちを助けようとしてくれている。

 デンドロビウムもできる事なら助けたいし、力になりたい。

 だが、それが出来ないのは自分が仕出かしたミスにより、分かっている。


 今はイニーに言われた通り、避難を優先するのだった。


 



 1




 

 魔女が消えた後、会場から出て行こうとする者は誰もいなかった。

 魔女が最後に言い残した事も起因しているが、結果がどうなろうと、戦いの最期を見届けたいと思った者が大半なのだ。

 

 結界が解け、一斉魔法少女が動き出す中、イニーだけはその場に留まっていた。


『イニーフリューリング選手とマスティディザイアは動き出しませんね』

『恐らくですが、直ぐに分かると思います』


 イニーの音声が会場に流れ、その傲慢な提案に他の魔法少女から非難が殺到する。

 だが、アロンガンテはイニーの判断が正しいと分かっている。

 

 マスティディザイアと戦った事があるアロンガンテだから言える事だが、昨日の戦いを見た限り、マスティディザイアに勝てる魔法少女はこの10人の中には居ない。


 アロンガンテが知っているイニーでも、恐らく勝つことは叶わないだろう。

 だが、もしも勝てる可能性があるとすれば、イニーだけだ。


『1人で戦うと言っているイニーフリューリング選手ですが、どう思いますか?』

『正直に話しますと、イニー以外では死にに行くだけでしょう。普通の魔法少女では、SS級を倒すのは不可能です』


 現役のランカーたるアロンガンテの言葉には説得力がある。

 だが、内容は観客たちを絶望させる内容だった。


『――アロンガンテさんは、選手たちがマスティディザイアに勝てると思いますか?』

『……』

 

 アロンガンテは直ぐに返事をする事が出来なかった。

 

 会話を終えたイニーは詠唱を始め、いつもの戦闘形態に加え、手足に小さな翼を生やす。


 空を飛んだイニーはマスティディザイアに向けて高速の氷槍を放つ。


 それはマスティディザイアに当り、氷の花を咲かせた。


 ダメージは無いものの、イニーに気づいたマスティディザイアが走り出した。


 マスティディザイアは、頭のを含めて7つの拘束具が填められている。


 現状では空を飛ぶこともできず、攻撃も右腕の大砲だけだ。


 イニーが何をしたのかは誰の目から見ても明らかだった。

 先程は憎まれ口を叩いておきながら、マスティディザイアのヘイトを自分だけに向けたのだ。


 遠距離の攻撃が出来るイニーだから出来た事だろう。


『これは……』

『戦う気なのでしょうね…………1人で』

 

 戦いの全貌を見ることができる会場だからイニーが何をしようとしているのかが分かる。


 他の魔法少女から距離を取るように空を飛び、マスティディザイアを引き付けているのだ。


 そして、一発の砲弾がイニーに向かって放たれる。


 それを間一髪で避けたイニーだが、砲弾は遠くにあった山に衝突し、山を消し飛ばす。


 その一撃はS級やSS級に相応しい物であった。


 マスティディザイアから逃げながら飛ぶイニーの後方に魔法陣が構築されていき、詠唱が終わりそうな所で急停止し、マスティディザイアに振り向く。


『天撃!』


 圧縮された魔力が解き放たれ、地面を抉りながら飛んでいく。


『凄まじいですね……』


 魔法など時代遅れだと思っていたフェイには、とても輝いて見えた。


『非公開の模擬戦ですが、タラゴンに痛手を負わせる起点となった魔法ですね。天撃……その名に恥じぬ威力ですね』


 タラゴン戦の時は神撃だったが、タラゴンを倒せなかったことから格下げされた魔法だ。


 並大抵の魔物ならこれだけで倒せてしまうだろう。

 

 マスティディザイアを呑み込み、天撃は突き抜けていく。

 会場に歓声が響くが、直ぐに止むことになる。


 天撃が撃ち終わり、マスティディザイアが姿を現す。


 あれほどの魔法を受けても、マスティディザイアは傷一つ負っていなかったのだ。


 だが、音立てて2つの拘束具が外れる。


『マスティディザイアは拘束具がダメージを肩代わりし、全て外れるまで倒すことは出来ません。そして、外れるごとに強くなっていきます』


 残り5つ。それら全ての拘束具を外してからが本番となる。

 今はまだ、前哨戦と言った所だろう。


 観客たちが皆イニーとマスティディザイアとの戦いに夢中になる中、1人の魔法少女の映像に、マスティディザイアが映る。

 その魔法少女は杖を構え、黒いビームをマスティディザイアに向けて放った。


 そう、その魔法少女はデンドロビウムだった。


 それに気づいたアロンガンテは馬鹿な事をするなと、怒鳴りたくなるが、何とか飲み込む。


 デンドロビウムの魔法は確かに強力かもしれないが、先程のイニーの魔法に比べれば雲泥の差だ。


 観客たちから「良くやった!」などと声が上がるが、デンドロビウムの魔法は全く効果が無く、拘束具を外すことは出来なかった。


 イニーから視線を外したマスティディザイアはゆっくりと右腕を上げ、その砲身をデンドロビウムに向ける。


 イニーが逃げろと叫ぶも、驚いて固まっているデンドロビウムは動こうとしない。


『これは、デンドロビウム選手の魔法は全く効いていないようですが……』

『せめてこちらから指示が出来れば……』


 大砲の先が青く光り、砲弾が放たれる。

 当たれば先程の山の様に消し飛ぶだろう。


 誰もがデンドロビウムの死を予感する。


氷よ。吹き荒れろアイスフレア!』


 間一髪イニーの魔法が間に合い、砲弾はデンドロビウムに当る前に爆発する。


 爆風によってデンドロビウムは吹き飛ばされるが、怪我をしただけで死ぬことはなかった。


 イニーは牽制に魔法を大量に放った後に、デンドロビウムの所まで飛んで行った。


『イニーフリューリング選手が、まさか助けに入るとは思いませんでしたね』

『イニーは何だかんだ言って、人を見捨てないですからね。魔法少女の中にも、彼女に助けられた事がある子は、それなりに居るのではないでしょうか?』


 忠告をした結果、散々罵倒されたと言うのに、ピンチになったデンドロビオウムを助けたことにより、イニーの株が上がるが……。


『それにしても、何とも冷たい言葉と言いますか、一体何が彼女を駆り立てるのでしょうか?』


 1人で戦うと言い、邪魔だから離れろと突き放す。

 言い方は悪いが、要は犠牲を出さないために、1人で戦おうとしているのだ。


 今もデンドロビウムを突き放し、逃がそうとしている。

 

『もしもイニーが犠牲を問わないならば、他の魔法少女たちを囮にした方が勝率は上がるでしょう。ですが、彼女はその様な事をせず、1人で戦うことを選んだのです』


 イニーとデンドロビウムが言い合いをしていると、マスティディザイアが砂煙の中から、空に向かって飛び出していく。


 イニーはデンドロビウムに矢継ぎ早に話し、マスティディザイアに向かって飛んで行く。


 残されたデンドロビウムは少しの間、イニーとマスティディザイアの戦いを見ている事しか出来なかった。


 2つの拘束具が外れた事により、マスティディザイアは俊敏に動き、攻撃にも隙が無くなってきている。

 

 イニーの魔法は先程の天撃の様に、一撃一撃が派手な魔法となっており、本気具合が窺える。

 若干デンドロビウムに観客たちのヘイトが集まる中、やっとデンドロビウムが動き出した。

 

『アロンガンテさんから見て、イニーフリューリング選手はどれ位強いんですか?』


 ランカーから見たイニーの強さ。それは確かに気になるものだろう。ホログラムに映るイニーの戦いは一般人どころか、魔法少女から見ても恐ろしいと感じるものだ。


 どちらの攻撃も一発毎に地形を変え、空を駆け回る。


『そうですね。私も正確には測れませんが、S級は問題なく倒せるでしょう。もしかしたらSS級も倒す事が出来るかもしれませんが、イニーはあくまでも後衛なので、前衛が居ないと駄目だと思いますね。せめて強化フォームになる事が出来れば……』


 アロンガンテは手を組み、苦々しく言う。

 SS級を倒す最低条件は強化フォームになれる事と言っても過言ではない。

 通常の魔法少女で勝つには、火力が足りないのだ。


 準SS級とはいえ、M・D・Wを倒せたイニーがおかしいのだ。


 もしもイニーが強化フォームになれるのならば、マスティディザイアを倒せる可能性があると、アロンガンテは言える。

 だが、今の状態では……。


『そうですか……しかし、勝てる可能性があるのは、イニーフリューリング選手だけなんですよね?』

『――ええ。1000回戦って1回勝てれば良い方ですがね。それでも、勝てる可能性があるのはイニーだけでしょう』


(あるいは、あの黒い姿になれば……)

 

 奇跡でも起きなければ、イニーが勝つことなど出来ない。そう言う事だ。


 デンドロビウムがオーランタンに会っている頃、更に2つの拘束具が外れ、凶暴性を増していく。

 イニーに攻撃が掠る様になり、少しずつ白いローブが赤く染まっていった。

 

 そして、ついにイニーのフードが消し飛び、素顔が露わになる。


 青い髪が風で舞い踊り、魔法の光により、淡く煌めく。

 しかし、その瞳は激戦のさなかでさえ暗く濁っており、悲しく、切ないものだった。


 まるで、戦うことしか知らないロボットの様に、変わらない表情で言葉を紡ぎ、魔法を発動させる。


 マスティディザイアの砲撃が掠り、血が噴き出ても声を上げず、回復魔法で治し、反撃をする。


 イニーの自分を顧みない戦いは、現状も相まって、とても見ていられないものだった。


 その時、実況をすることすら忘れていたフェイは違和感を覚えた。

 この大会の設定上、血は表現されないはずなのだ。痛覚も軽減されており、ここまで痛々しい状態にはならないはずなのだ。

 

 なぜ? と考える中で、1つ心当たりを思い出した。

 魔女はシミュレーターを掌握したと言っていたのだ。

 つまり、設定も書き換えているのだろうと、フェイは思い至った。

 

 つまり、今戦っているイニーは、通常の魔物討伐と変わらない状態で戦っているのだ。


 どうしてそれだけ傷ついてるのに、変わらず戦えるのか?

 なぜ、助けを求めず、強敵に挑めるのだろうか?


 それが、フェイは不思議で仕方なかった……。

 

『……怖く……辛くないのですか?』

 

 その考えがポロリと零れ出た。

 

『どうかしましたか?』


 アロンアンテがそう聞くと、フェイは言葉を続けた。


『――恐らくですが、設定が変更され、現実と同じ状態になっています。なのに、彼女は……』

 

 変わらぬ表情で戦い続けている……どれだけの傷を負っても。

 勝てるか分からない相手に1人で挑み、それどころか、他人を逃がす優しさをみせる。

 内面と外面のちぐはぐさに。フェイは何とも言えない気持ちになる。

 

 一般人の観客からすれば、既に刺激の強い映像だ。若い少女がその身を犠牲にしながら、強大な敵と戦う。

 一昔前なら当たり前の光景だが、魔物の討伐が1つのエンターテインメントとなっている近年では、刺激の強い動画は少なくなってきていた。

 濁っている様に見える瞳には、どんな思いが込められているのだろうか? どれだけ心を殺してきたのだろうか?

 

『――とても、悲しい魔法少女ですね』


 1人死地にて戦う魔法少女。


 彼女は……イニーフリューリングはどこまでも孤独であった。

 

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