魔法少女タラゴンの一点賭け

 泥試合となった4回戦が終わり、本日最後となるイニーフリューリング対デンドロビウムの試合が始まろうとしていた。


『さて、次で本日最後の試合となりますが、アロンガンテさん』

『はい。先日あったとある会議で、イニーフリューリングの出場に異を唱える意見がありました』


 今回出場してる選手は新人と言われるだけあり、各国の魔法少女ランキングでいえば中の下辺りが多い。


 そんな中、1人だけ上位に食い込むような者が出場するのは、流石に無理があるのではないかと、非難された。


 しかし、順位以外の面では出場するのは何ら問題なかった。


 そして……。


『日本ランキング1位の楓とイニーフリューリングの保護者であるタラゴンからある提案がなされました』

『その前に、イニーフリューリング選手の保護者についての驚きが、皆さん大きいみたいですけど?』


 タラゴンは日本のランカーではあるが、世界各国で活躍しているため、かなりの知名度がある。


 その知名度の半分が、悪名であるのは言わずもながらであろう。


『気になる方は会場のどこかで防衛任務についている、タラゴン本人に聞いて下さい』

『気になる話ですが、試合とは関係無いので、ここまでにしておきましょう』

『はい。話を戻しまして、今回イニーフリューリングにはハンデを設けさせて頂きました』


 先ほどタラゴンの事でざわついていた会場が、更に大きくなる。


 主にイニーに賭けて居た者が大半だが、ハンデを背負って戦うことに呆れる者や憤りを感じる者も居た。


『なお、ハンデについては本人は承諾しており、楽しみにしているそうです』

『ハンデ戦とは驚きですが、流石イニーフリューリング選手。強者の風格がありますね』


 これまでの流れと同じく、先ずはフィールドが現れる。

 今回は大きな城が中央にそびえ立った島となっている。


 だが、島は島でも空中に浮かんでいる。


『これはまた面白いステージですね』

『今回対戦となる2人が飛べるから選ばれたフィールドですね。まあ、イニーフリューリングについては何とも言えませんが』


 そして、両者がフィールドに降り立つ。


 デンドロビウムは背中に妖精の様な薄い羽が生え、背中に切れ目の入った歪な剣と、右手に鉄の様な物で出来た長い杖を持っている。


『先ずはデンドロビウム選手の紹介となります』


 妖精局代表デンドロビウム。

 一応アメリカの魔法少女だが、魔法局には所属せず、サポートの妖精の下、野良として活動している。 

 

 基本は魔法メインだが、背負っている特殊な剣により、近~中距離でも戦うことができる。

 非常にバランスの取れた魔法少女であり、何故魔法局に所属していないのか、疑問視されている。


『デンドロビウム選手からの一言コメントですが、イニーフリューリングのフード付きローブが欲しいとの事です』

『相変わらずの人気ですね』


 先見の明がある者は既にレプリカを作って販売しているが、それなりに売れているそうだ。

 

『さて、続いてイニーフリューリング選手の紹介に移りますが……』

『先ずはハンデの説明をさせていただきます』


 フィールド上には既にイニーが居るが、何時も通りフードを被って立っている。


『それではイニー、フードを取って下さい』


 アロンガンテがシミュレーション内に声が届くようにした後に、イニーに指示を出す。


 M・D・W戦では後ろ姿しか映る事が無く、自身の戦闘動画は今の所1本も出ていない。

 時々映る他の魔法少女の動画でも、正確に映る事の無かったイニーの素顔が遂に世間の目に晒される。


 イニーは頷いた後に、フードに手を掛け、ゆっくりと捲る。

 この時ばかりはどの会場も静かになっており、イニーの素顔を見ようとホログラムや画面を見つめる。


 最初に青い髪が晒され、その後に…………黒い目隠しをした顔が現れた。


 あちこちから悔しがるような声や、嘆きの頃が聞こえる中、マリン達学園組はイニーのハンデの事を知っていたので、マジックのタネを知っている状態で見たマジックの様に、冷静な目でイニーを見ていた。

 

『……目隠し? ですか?』

『はい。ハンデの1つ目として、イニーフリューリング選手には目隠しをして戦ってもらいます』

『1つ目と言う事は他にも?』

『はい。見て頂いて分かる通り、イニーフリューリング選手は何も持っていません。2つ目のハンデとして、武器無しで戦ってもらいます』

『……本当にイニーフリューリング選手は了承したんですか?』


「思っていた通りじゃが、騒がしくなったのう」


 この学園に通っている生徒でイニーの事を知らない者は殆どいない。

 ある意味偶像アイドル的な扱いを受けている為、話しかける様な者は居ないが、イニーの強さは誰もが知っている。


 その為、この学園の者でイニーに賭けている者は多い。

 イニーならば勝ってくれるだろうと、そんな軽い感じで賭けている。

 だが、蓋を開けてみれば、目隠しして武器すら持たず新魔大戦に挑んでいるのだ。


 これでは負けに来ましたと、言っている様なものだ。


「ちょっとスイープ! あれってどういうことなの!?」

「げっ、先輩。まあ、見たまんまっすよ」

「見たまんまって……あれで勝てる訳ないじゃない!」


 スイープの所属する支部の先輩魔法少女がスイープに詰め寄って怒鳴る。

 この先輩魔法少女は、イニーがジャンヌと共にボランティアした時に、イニーの力の一端を見ていた。

 イニーなら必ず優勝すると思い、全財産をイニーに一点賭けしていた。


 イニーが負けた場合、一文無しとなってしまうので、こんなハンデ戦をやられては困るのだ。


「気持ちは分かるっすけど、イニーは勝ちますよ」

「何馬鹿な事……」


 先輩魔法少女はスイープや他の新人クラスの魔法少女の魔法少女を見て黙り込む。

 誰もが、イニーが勝つ事を疑っていないのだ。


「……本当に勝てるの?」

「気持ちは分かるっすけど。私達のクラスだと、マリン以外誰も勝てなかったんで、大丈夫っすよ」


 新魔大戦の前日に突如として起こった、イニーVS新人クラスの勝ち抜き戦。

 これを進めたのはプリーアイズであるのだが、クラスのほとんどの生徒が乗り気となり、新魔大戦と同じく、イニーは目隠しと武器無しで戦う事となった。


 イニーは学園にいる間、午前中はマリンと共に訓練し、午後は新魔大戦に向けて訓練をしていた。

 折角他にも新人は居るのだから、1人で訓練するのは勿体ないと言う事で、プリーアイズ考案により、勝ち抜き戦が始まったのだ。


 この状態のイニーになら勝てると思っていた生徒達はことごとく惨敗し、勝てたのはマリンだけだった。

 結局、イニーの異常性を見せつけるだけの結果となったのだ。


「まあ、そこまで自信満々に言うなら良いけど、負けるようなら承知しないんだからね!」

「了解っす」


 先輩魔法少女は自分の椅子に戻り、不機嫌そうに椅子に座る。


 『まさかハンデ戦について把握している方が、ほとんどいないとは思いませんでした……。まあ、面白そうなので対戦を楽しみにしましょう』

『さて、少々騒がしくなりましたが、イニーフリューリング選手の紹介に移ります』


 日本代表イニーフリューリング。

 日本に突如として現れた魔法少女であり、謎多き人物である。

 ある事件で登録を1度抹消されるが、その後直ぐに再登録される。

 抹消前は18位までランクを上げ、再登録も瞬く間に21位までランキングを上げた。


 今時珍しい魔法オンリーの魔法少女であり、日本で最も話題に上がる魔法少女だ。

 また、回復魔法も使え、先日はジャンヌのボランティアの手伝いもしている。


 そして今回は目隠しと、武器無しでの参戦となる。


『いつもある一言コメントですが、今回は選手からではなく、保護者のタラゴンから頂いております』

『タラゴンが何を言うのか興味はありますが、イニーフリューリング選手のコメントが欲しかったですね』

『えーイニーの優勝に……日本円換算で2兆賭けているので頑張って欲しいとの事です』

『あの馬鹿には後で言っておきますので、聞かなかった事にして下さい』


 ランカーの貯金はその危険性に見合った額が支給される。

 全てを現金化するのは不可能だが、それぞれが一国の国家予算規模の貯金を持っている。

 ランカーが死んだ際には、全て所属した国に接収される。


 流石にタラゴンみたいな桁を賭ける者は早々いないが、もしもイニーが勝った場合、過去最多の額が動く事になるだろう。


『さて、波乱の幕開けとなりましたが、本日最後の試合となります』

『勝てば奇跡の一勝。負ければ当たり前の敗退。新魔大戦第5回戦……始め!』

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