魔法少女のお宅訪問(不法侵入)

 テレポーターで本庄に移動し、アロンガンテさんが教えてくれた住所を目指す。

 現実地球で魔法少女の格好は目立つので、変身は解いておく。


 今日は運悪く何時ものジャージやパーカーではなく、厚めのワンピースである。

 

 所謂アクマチョイスの服だ。

 

 正式名称は分からないが、アクマチョイスの中ではわりとまともな部類だ。

 

 ついでに、思った以上に寒いので、ケープも羽織っている。


 あまり変身前の状態で人に会うのは、アクマが嫌うのだが、今回はちゃんと許可を取っている。

 

 こんな風に歩くのは、いつぶりだろうか?

 

 魔物と戦う時はこっちに戻って来てるが、基本は変身したままだからな。

 

 こうやってゆっくりするのはタラゴンさんの家に居た時以来かな?


 史郎だった頃は車であちこち行ってたが、ハルナになってからは世界中を飛び回ってるんだよな……。

 

 魔物がいなければ、俺も魔法少女になる事はなかっただろうが、その場合どうなっていただろうか……。

 

 姉も死んでなかっただろうし、俺もこんな状態にはならなかったかもしれないな。


『そこ曲がって少し行くと山本って表札があるから、そこがマリンの家だよ』


(了解)


 魔法少女としてではなく、一個人として会うとなると、妙に緊張するな……。

 

 マリンは黒髪黒眼で正に大和撫子って感じだが、変身を解いてる時はどんな感じだろうか?


(名前は山本花梨やまもとかりんで良いんだよな?)


『そうだよ。ついでに、反応はその花梨のしかないみたいだよ』


 大体3時位だし、両親が働いているなら、家には居ないだろうな。

 チャイムを押すと、呼び出しの音が鳴る。

 

 だが、反応が返ってこない。


(居るん……だよな?)


『これは、居留守って奴だね!』


 引きこもってるだか、閉じこもってるだか知らんが、そちらがその気ならこちらも考えがある。


(玄関の中に転移って出来る?)


『勿論。でも、これって不法侵入じゃない?』


 普通に考えれば駄目な事だが、一応9位であるアロンガンテさんの頼みであり、その他の方々もマリンの復帰を待っている。

 ここで引き下がるのは無しだ。

 不法侵入とはいえ、互いに知らない仲ではないし、大丈夫だろう。


(アロンガンテさんの頼みだし大丈夫だろう。居るのがマリンだけなら、誰かに見つかる心配もないだろうしな)


『仕方ないなー。ほい』


 一瞬の浮遊感の後玄関の外から家の中に移動する。

 さて、お邪魔しますか。


(マリンの場所は?)


『2階の部屋だね位置的には右上辺りだよ』

 

(了解)

 

 特に意味は無いが、足音を出さない様にして階段を上がる。

 アクマが教えてくれた方角に閉まっている扉があり、恐らくマリンの部屋だろう。


(さてと、鬼が出るか蛇が出るか……)


 扉を3回叩く。

 微かに布の掠れる音が聞こえたので、寝てはいないだろう。


「誰?」

「私……と言えば分かりますか?」

「――イニー?」


 あっ、伝わるんだ。

 このまま扉を開けたいが、少女の部屋に無断で入るのは駄目だろう。


「入っても良いですか?」

「……良いわよ」


 ノブを捻るとガチャリと音が鳴り、扉を押して開く。

 部屋はこざっぱりとしており、綺麗なものだ。

 

 マリン……今は花梨と呼んだ方が良いのかな?

 花梨はベットの上で布団に包まっていた。

 変身している時は黒髪だが、今は金髪になっており、眼の色も青い。

 金髪碧眼て言うんだったかな?


 魔力の影響らしいが、遺伝子に関係無く、髪の色や眼の色が違って産まれる事がある。

 

 昔の日本人はほとんど黒髪しか居なかったらしいが、今はファンタジー溢れる色となり始めている。

 

 とは言ったものの、マリンが花梨だとは、言われなければ気づけないだろう。

 

 日本人形が西洋人形に変わっている。

 

「こちらでは初めましてですか?」

「……そうね。山本花梨よ」

「今は早瀬ハルナです」


 ベットの脇に腰掛け、花梨を見る。

 髪は結構ぼさぼさで、隈も出来ている。

 どうやら、寝られてないようだな。


「聞きましたが、学園にも、魔法局にも行ってないようですね」


 マリンは俯き、うんと答える。


 お願いされたから来たものの何を話したものか……。

 人の心の癒し方なんて俺には分からない。

 どちらかと言えば、癒す事を諦めた側だからな。


 自分の心すら癒せない俺に、何が出来る?


「……ねえ」

「どうしました?」

「イニーはどうして、魔法少女になったの?」


 どうしてと言われれば成り行きだ。

 それしか生きる方法がなかったとも言えるがな。


「それしか、生きる方法がなかったからですね」

「えっ?」


 病院でジャンヌさんとタラゴンさんに話した事を、マリンに話す。

 2度目なので、病院の時よりスムーズに話せた。

 少女に話す内容としてはどうかと思うが、聞かれたなら答えるまでだ。


 施設で暮らしていた事、生き残りは誰もいない事、作られた魔法少女という事。

 嘘ではあるが、創作物とすれば、あり得るかもしれない話だろう。


 生き残りの少女が、復讐の為に戦う。


 ある意味、アクマの復讐のお手伝いをしているのだから、あながち嘘でもないだろう。

 

 マリンは話を聞いているい間、じっと固まっていた。

 

「私は戦うことしか知らないんです。そして、やらなければならない事があるんです」


『聞いてる分には悲劇の少女だけど、実際はもっと酷いんだよな~』


 実際は魔法少女に殺されて、少女の身体に入れ替えられて魔法少女となり、挙句に世界の命運を決める戦いをすることになって、寿命も削って元の身体すら無くなってるからな……。


 施設で暮らした少女の話と、魔法少女に殺された男の話。

 

 どちらが酷いんだろうな?


「……イニーは辛くないの? あんなに傷ついたり、酷い目にあったり……あなたの眼だって……」

「そうですね。大変な目にもあったりしてますが、そんな感傷は豆と一緒に、鳩に食べさせて上げました」

「えっ?」


 痛みや不条理は、戦いのスパイスには丁度良い。

 辛さも苦しみも、全て俺の物だ。


「マリンが何故、閉じ篭って居るのかは分かりません。しかし、魔法少女になったのならば、何か目的があったのではないですか?」


 マリンは押し黙って、何も答えない。

 

 新人の段階でA級を倒せる魔法少女なんて、例外を除いてほとんど居ない。

 それだけの力があるマリンには何か強い想いがあるはずだ。


「……私ね、最初の頃は純粋にみんなを守りたいと思ってたの……」

 

 守りたいね……なんとも崇高な想いだ。

 戦いたいだけの俺とは大違いだな。


「でもね、イニーに助けられてからは、イニーの隣で戦いたいと思う様になったの……なのに、結局私はイニーに助けられてばかりで、何も守れてすらいない……」

「……私の隣なんて、居ない方が良いですよ」

 

 勝っても負けても居なくなる人間の隣なんて、誰も居ない方が良い。

 アクマが居れば十分だ。


「それに、M・D・Wの時は民間人や、あの2人を守れたじゃないですか」

「それも結局イニーやタラゴンさんが居なかったら……」

 

 ……じれったい。

 

 男なら肉体言語喧嘩でも良いが、女の子だからな……いや、魔法少女ならありか?


「マリンは魔法少女を辞めたいんですか? それとも、続けたいんですか?」

「……分からないの。私が何をしたいかが、分からないの……」


(アクマ、人気の無い海辺か、廃墟に転移出来るか?)


『出来るけど、なんで?』


(喧嘩するためだよ)


『今時熱血は流行らないと思うんだけど、仕方ないな~』

 

 これで駄目なら諦めるが、気が沈んでるなら、身体を動かすのもありなはずだ。

 もしも悪化するようなら、その時はその時だ。


(頼んだ)


『了解。マリンのどこかに接触して』


 無造作にマリンの腕を掴むと、マリンが驚きの声を上げるが、直ぐに浮遊感が襲い、景色が変わる。


 何処かの海辺か……時間的にも丁度日が沈み始めたところか。


「変身」


 何時ものローブ姿になり、杖の先をマリンに向ける。

 マリンは驚いて後ずさるが、気にしない。

 

「なっ、何なの……」

「変身しなさいマリン。戦わないと言うなら、ここで殺します」

「えっ?」

「戦う意思の無い魔法少女など、居ても居なくても変わらないでしょう? ならば、せめてもの情けとして、私が殺して差し上げます」


『完全に悪役だけど、セリフ間違えてない?』


(気にするな。マリンが奮い立ってくれればそれで良いんだよ)

 

 ギリギリ当たらないように、氷槍をマリンに向けて撃つ。

 勿論殺す気はないが、これで俺の本気が伝わるだろう。


 さあ、立ち上がるんだマリン。

 お前が本当に魔法少女だと言うなら、俺に見せてくれ。

 

 想いの強さというものを……。


「うっ……変身」


 マリンが見慣れた和装の魔法少女となる。

 ここからは何時も通り呼ぶとしよう。


 言っては何だが、俺はマリンの事を結構かっている。

 新人ながら北関東支部の最高戦力となり、俺が男だった頃は応援すらしていた。


 魔法少女は嫌いだが、そんな俺に僅かとはいえ、希望を見せてくれた。

 

「先輩が何を思い悩んでるのかは私には分かりません。ですが、先輩が魔法少女だと言うのなら、私と戦いなさい」

「私は……」


 氷槍を出し、マリンに向ける。


「立ちなさい。もしも立てないと言うならば、これでお別れです」

 

 顔のスレスレを狙って使い慣れた氷槍を撃つ。

 

「魔法少女マリン……さようなら」





 1


 




 その日、私は前日と変わらず、部屋に閉じこもっていた。

 両親も仕事に行き、出口のない迷路を延々と迷っている。


 家のチャイムがなるが、私には出る気力なんて無い。

 布団に包まったまま、じっとしていた。


 それから数分後扉を叩く音が聞こえた。

 いや、もしかしたら幻聴かもしれない。


 家には誰も居ないはずだし、玄関の開く音も聞こえてない。

 

「誰?」


 私は恐る恐る声を出した。


「私……と言えば分かりますか?」

「……イニー?」


 それは今一番会いたくないけど、一番聞きたい声だった。

 初めて見るイニー……ハルナの髪は老人の様に白く、不思議だった。


「イニーはどうして、魔法少女になったの?」


 そんな事を聞いてみた。


 しかし、イニーの答えは、あまりにも酷く、悲しいものだった……。

 昔感じた、壊れているというのは、あながち間違いではないのかもしれない。


 私なら絶対に耐えられない……。


 でも、出来るなら彼女の隣で戦いたいと、歩みたいと思っていた。

 そんなのは最初から無理だったのだろう……。

 

 彼女は孤高過ぎる。


 私にはイニーを救うことも、一緒に戦うことも出来ないのだろう。


 そうして悩んでいると、突然イニーが私の腕を掴み、一瞬の浮遊感の後、部屋からどこかの海辺に居た。


 呆気に囚われていると、イニーが変身して私に杖を向けてきた。

 私を殺す……か。イニーに殺されるならそれも良いかもしれない。


 私の心は既に風前の灯で、魔法少女として戦うことなんて出来ない。

 でも……。

 

「うっ……変身」

 

 私は変身していた。

 

「先輩が何を思い悩んでるのかは私には分かりません。ですが、先輩が魔法少女だと言うのなら、私と戦いなさい」

「私は……」


 ふと、昔イニーに言われた言葉を思い出した。

 

「――魔法少女に不可能はない――」


(そうだったわね……)

 

 そう、何が力が無いだ。

 何が無理だなんだ。


 私は魔法少女だ。

 例え力も無く、自分の願いすら叶えられなくても、私は魔法少女なんだ。


 生きている限り、諦めなければ不可能は無い。


「魔法少女マリン……さようなら」

 

 イニーの氷槍が私の顔を目掛けて飛んでくる……。

 

 大丈夫、私はもう諦めないわ。

 だって、魔法少女であり、イニーの先輩なんだから!

 

「私は!」

 

 氷槍を刀で粉砕し、気合を入れる。

 夕焼けを反射した氷が、妙に眩しく感じた。


「私は魔法少女マリン! 魔法局北関東支部の魔法少女であり日本を守る存在であり……」

 

 そうか……私がイニーに感じた感情は、尊敬や恩義だけじゃなかったのね……。

 

「あなたの隣で戦う魔法少女よ」


 イニーの口角が微かに上がる。

 

 いいわ、戦ってあげようじゃない。


 イニーが魔法を唱え、砂が舞い上がる。


 視界を遮り、その間に私と距離を取るのだろう。

 しかし、多少の距離なら私には関係ない。


 刀の距離から逃げられても、弓がある。


「シュート!」


 魔法で作った矢を無造作に放ち、イニーの牽制をする。

 カウンターとばかりに飛んでくる氷槍をステップで避け、飛んできた方向に矢を放つ。


(遊ばれてるわね……)


 もし、イニーが本気なら砂埃の後に、空に逃げられて終わる。

 私には空を飛ぶ手段はなく、空から強力な魔法を使われれば防ぎようがない。


「風刃!」

 

 風を纏わせた刀を薙ぎ払い、砂を吹き飛ばすことで、視界が晴れる。

 

 その先にはイニーがおり、およそ20メートル。

 それが私とイニーの距離だ。


 私が攻め切るのが先か、イニーが私を倒し切るのが先か……。

 殺すだなんだと言いながら、優しいものね。


 だからと言って私は、手加減をする気はない。

 この戦いだけは、負けるわけにはいかないのよ。


「だから、今一度私に応えなさい


 刀の銘を呼ぶと、答えるようにカタリと鳴る。

 頭の中に言葉が浮かんでくる。


 イニーのやりたいことは分からない。

 だけど、まるで闇の様なこの少女の事だ。

 きっと、まともな事ではないのだろう。


 ならば、せめて私がイニーの隣で道を照らし、イニーの戦う時間を作りましょう。

 

「導き照らせ……花月!」


 髪が白く輝き、刀が一振りから二振りに増える。

 背中の弓は消え、衣装も変わる。


 私の覚悟を見せて上げるわ。

 

「行くわよ……イニー!」


 刀を抜刀し、イニーが飛ばしてくる魔法を切り裂きながら進む。


 降り注ぐ氷柱をさばき、足元の岩槍を踏み砕く。

 イニーは強い。

 しかし、強力な魔法を瞬時に使えない弱点がある。


 それに、今の私にはイニーの魔法はゆっくりに見える。


炎よ。巻き上がれフレイムサイクロン

「風刃演舞・裂!」


 学園の時の様にイニーが、私の前に炎の竜巻を発生させるが、それを二本の刀で吹き飛ばす。

 そして、勢いよく踏み出す。


 目の前に飛んできた氷槍を弾き、刀を振り上げる。

 次の魔法をイニーが唱える前に、イニーの喉に刀を突きつける。

 

 私の……勝ちだ!


 イニーは両手を上げて降参の意を示す。


「先輩の勝ちみたいですね」

「ええ、不甲斐ない先輩でごめんなさい。でも、もう大丈夫よ」


 刀を下ろし、強化フォームを解く。

 あなたが戦う限り、私も戦いましょう。

 あなたが諦めない限り、私も諦めない。


 負けても折れても、死なない限り、私は立ち止まらないわ。

 だから……。


 刀を納刀し、イニーのフードを取る。

 眼は相変わらず濁っているが、そんなのは関係ない。

 首を傾げて居るけど、その様子がとても愛らしい。


「好きよイニー」

「はい?」


 私はイニーの頬にキスをした。

 そう……私はイニーの事が好きなんだ。

 だから、もう大丈夫。

 

「はっ、え? はい?」

「あら? イニーも驚くことがあるのね」


 何時もの無表情とは違い、あたふたとするイニーが面白い。


「あの、好きと言うのは?」

「そのままよ。親愛ではなく、恋の方よ」

「……本気なら止めた方が良いですよ。ちゃんと男性と恋をした方が良いです」

「イニーがどう思おうと関係ないわ。私はもう、立ち止まらないって決めたの」


 この想いがある限り、私は立ち止まらない。

 気づいてしまったからには、もう手遅れなのよ。


「さあ、私を家に帰してちょうだい。もしくは北関東支部の前でも良いわ」

「はあ……とりあえず立ち直ったなら良いでしょう。私に触って下さい」


 イニーを後ろから抱きしめると、一瞬だけ間が空いた後に浮遊感が襲い、見慣れた北関東支部が目の前に現れた。

 

「それじゃあね。また明日学園で会いましょうイニー」

「ええ。それでは」


 イニーの姿が消えて、私1人になる。

 先ずは迷惑を掛けた白橿さんと天城さんに謝らないとね。


 ふふ。明日からの学園が楽しみだわ。

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