魔法少女とアクマの取り引き

(妙に身体が重い……)


 タラゴンさんとジャンヌさんが見舞いに来た日から、更に1日寝て過ごした。

 目が覚めた後に、自分に回復魔法を使うが、思ったほど効果が出ない。


『あー、今のハルナは栄養失調と回復魔法の後遺症でボロボロだから、自分に回復魔法を使わない方が良いみたいだよ』


(後遺症?)


 えっ、回復魔法で消費魔力以外にそんなのがあったのか?


『ハルナの体調が回復しないから変だなと思って、回復魔法について詳しく調べてみたんだ』

 

 アクマ曰く、健康な状態での回復魔法の使用は問題ないが、俺がやっていたような無茶な回復は身体に大きな負担が掛かる。


 言われてみれば確かにと思うが、回復魔法なんて無茶するためにあるようなものだろうに……。


(それで、どんな感じなんだ?)


『内臓が弱っていて、特に心臓が危ないかな。下手に欠損なんてしたら、失血死するよ……半年位療養すればそれなりに戦えるようにはなるけど、どうするの?』


 結局、造血の魔法は無理っぽいし、かと言ってここで戦いを辞める気はない。

 それに、半年は流石に待てない。


(半年も時間はあるのか?)

 

『…………ないだろうね』


 そうだろうな……既に魔女には捕捉されているし、俺も奴らに襲われた身だ。

 悠長に休んでなどいられない。

 休んでいる内に襲われて、ゲームオーバーだ。


 全く、力も足りなければ、身体すら持たないとは……難儀なものだな。


 しかし、アクマの様子から、何か方法があるのだろう。

 本当にどうしようもないなら、何が何でも止めてくるだろうからな。

 

(戦えるようになる方法は、あるんだろう?)


 『……うん。あるにはあるよ』

 

 ほらな?


(約束しただろう? 魔女を倒すって。何が必要なんだ?)


『寿命の前借りで、ハルナの体調を良くすることは可能だよ……今の状態なら10年分位かな』


 寿命ねぇ、それで戦えるのなら安いものだ。


(悩む必要もない。頼んだ)


『本当に良いんだね?』


 どうせ戦わなければ、最後には失われる命だ。

 寿命が多少削れた程度問題ない。


(アクマこそ分かってるのか? 戦わなければ、どちらにせよ死ぬんだぞ?)


『分かってるけどさ……その少しの時間を安らかに過ごすのも、良いんじゃないかと思わないかい?』


(何度も言わすな……既に戦うと決めただろうに……頼む)


 これは俺の我儘だ……死するその瞬間まで、戦っていたいんだ。


『――事象番号第15番”アクマ”が逆位置をもって改定する……出直しを、回復による天秤を……』


 膨大な魔力が俺を呑み込み、先程まで感じていた息苦しさや、身体の重さを感じなくなる。

 これで一先ずは何とかなるだろう……。


『分かってると思うけど、2度目は無いものと思ってよね。今の私の魔法には限りがあるんだからさ』


 無理をしなければ勝てないのに、無理をするなとは難しい相談だことで……。

 

 上半身だけを起こし、身体の調子を確かめていると、タラゴンさんが扉を思いっきり開けて入って来た。


「イニー! 何があったの!」


 恐らく、先程の魔力を感じて急いできたのだろう。

 そう言えば、起きたら連絡しろと言われてたな……手間が省けて良かった。

 

「何も無いですよ?」

「嘘は良くないね」


 タラゴンさんが開け放った扉から、ジャンヌさんも現れる、2人共待機していたのか? 

 そのままジャンヌさんは近づいて来て、俺の腕を握る。


「……イニー、君は一体何をしたんだ?」

「どうしたのジャンヌ? 珍しく真面目な顔をして?」


 雰囲気の変わったジャンヌさんに、タラゴンさんは驚いた様な声を上げる。

 やはり、回復したことはジャンヌさんには見破られるか……。


「何も……と、言えば信じてもらえますか」

「君は既に回復魔法ではどうしようもない領域にいた。それが、先程大きな魔力を感じたと思ったら、健康そのものと言って良い状態になっている……一体何をした?」


 誤魔化しはできそうにないな。アクマの事以外は話すしかなさそうだ。

 とは言ったものの、どう話したものかな……。

 どう話しても、タラゴンさんに怒られそうだ。

 

「……寿命を対価に、魔法を使いました」

「――イニー、それの意味が分かってるの?」

「勿論です。ですが、寝ている訳にはいかないんです」


 魔女達は既に動き出している。

 寝ている暇など、無いのだ。


「その魔法は、君の能力かい?」

「はい。回復魔法とは違いますが――」


 病室に渇いた音が鳴り響く。

 タラゴンさんが俺の頬を叩いたのだ。


「何でそんな平気な顔してるのよ! イニーなら戦う事を選ぶとは思ったわ……だけど、だけどそこまでして戦わなくてもいいじゃない!」

「――私にはやらなければならない事があるんです。例え、死ぬのが早くなったとしても……」


 泣くタラゴンさんは、拳を強く握りしめる。

 俺なんかの為に泣かなくても良いのにな……。

 そう言えば、M・D・Wの時も泣いていたっけな。


 案外、タラゴンさんは泣き虫なのかもな。


「イニーが普通じゃないのは分かったが、何故そこまで生き急ぐ? 君の目的はなんだ? ほんの半年から1年だけ休めばよかっただけなんだぞ?」

「それは言えません。ですが、誰にも迷惑は掛けません」


『既にハルナの無理難題で、迷惑してるんだけど?』


 アクマは良いんだよ、相棒だからな。

 真面目な話をしてる時は、ちゃちゃを入れないでくれ。


「寿命をどれ位削ったの?」

「約10年程。その代わり、万全な状態なはずです」


 タラゴンさんの質問に、タラゴンさんの目を見てしっかりと答える。

 こんな俺を心配してくれる人には……嘘で塗り固められている俺だが、出来る限りの誠意を見せたい。


「確かに、脈拍や内臓機能も問題無さそうだね。発育は……まあ、良いだろう。しかし、出来れば無理に戦うのはよして欲しいのだがね」

「全くよ。私を心配させるなんて、妹の癖に生意気なのよ!」


 残念ながら、無理だろうな。

 穏やかな暮らしには既に戻れないし、戻る気はない。

 もしも、この世界の魔女を殺せたとしても、他の世界の魔女を殺す契約をしている。


 死ぬのは……いや、今はいいだろう。


「私にも譲れないものがあるんです……ごめんなさい」

「謝るくらいなら、そんな馬鹿なことをしないでよ……イニーを心配している人は、私だけじゃないんだからね」


 出来れば俺だって無茶をしたくないが、無茶をしないと勝てないんだよ……。

 力のない魔法少女では、限界があるのだ。

 

「一応健康にはなったので、退院はしても大丈夫ですか?」

「まあ、大丈夫だが……本当に退院するのか?」


 個人的には寝ていたいけど、寝るなら家の方が良い。

 ついでに、飯も食べたい。

 

「退院の前に、ちょっと話してほしい相手が居るんだけど」

「どなたですか?」

 

 タラゴンさんはそう言い、端末で誰かに連絡を取る。

 全く心当たりがないけど、誰だ?

 

「もしもし。ええ、何故か元気そうよ。私の声? 気にしないで良いわよ。今代わるわね」

 

 タラゴンさんから端末を受け取る際にチラリと画面が見え、アロンガンテさんの名前が見えた。

 一体何の用だ?


「イニーです」

『すみません。アロンガンテです。病み上がりのところすみませんが、少しご相談がありまして……』


 アロンガンテさんの相談は、マリンに関することだった。

 どうやら、あの戦いの日からマリンが引きこもってしまったそうだ。

 マリンが所属している北関東支部の人や、新人クラスの生徒達も連絡を取ろうとしてみたが、あまり良い反応は返って来なかったようだ。

 

 ここ数日、主戦力であるマリンが居なくなり、北関東支部も限界みたいなので、このままマリンを放って置く事もできない。

 

 ドッペルとの戦いも妙だったし、少々うろ覚えだが、ロックヴェルトの言葉にも反応をしていたな……。

 負けた事によるショックか、あるいはロックヴェルトの言葉で何か思ったのか……困った先輩だ。

 

 アロンガンテさん曰く、マリンは俺を慕ってるらしいので、できる事なら元気づけてほしいとの事だ。


 ついでに魔法少女の個人情報を流しているが、良いのだろうか?


「分かりました。この後向かってみます」

『すみませんが、よろしくお願いします。お礼は今度しますので』


 まあ、マリンを助けた手前、助けた分はしっかりと働いてもらわないとな。

 怪我が治ってるのに戦わないのなら、魔法少女である意味がない。


 端末をタラゴンさんに返し、ジャンヌさんに点滴の針を抜いてもらう。

 これでやっと自由の身だ。


「そうそう。今日は家に居るから、必ず帰ってくるのよ」

「……分かりました」


 心配も掛けたし、ここは素直に帰るとするか。

 タラゴンさんのご飯は美味しいから、楽しみでもある。


「念のため検査するから、明日の朝一で私の所に来てくれ」

「分かりました」


 ジャンヌさんは先に病室から出て行き、俺はタラゴンさんに補助してもらいながら、ベットから出る。


 大丈夫だと言ったのだが、タラゴンさんは聞き入れてくれなかった。

 一応起き上がる前に、アクマに頼んで何時ものローブに着替えている。

 

 そのままタラゴンさんに手を引かれて病院を後にする。

 タラゴンさんは特に何も話さず、歩いていく。

 方向的にはテレポーターの施設がある方だと、アクマが教えてくれた。

 

「ねえイニー」

「何でしょうか?」

「イニーの変身前の髪の色ってさ、元は何色だったの?」


 ああ、色については何も言ってなかったな。


「元の色は……今と同じだったはずです」

「そうなんだ……施設には友達とか居たの?」


(アクマさんや? 変わってもらえませんか?)


『自分で話し始めた嘘なのに……仕方ないな~』

 

 多少ならともかく、こんな矢継ぎ早に聞かれては答えるのが難しい。


 何せ、そこまで考えてないからな。


「2人……居ましたね。私と違い、施設に居ながらもとても元気な子でした」

「……そう」

「残ったのは私だけでしたが、残ったからこそ、やらなければいけない事があるんです。死にたいわけではないので、そこは安心してください」


 タラゴンさんはクスリと笑う。

 そう、別にアクマが言った様に、別に死にたいわけではない。

 今は休んでいる時間がないのだ。

 時間があるのならば、俺もこんな寿命を削るようなことはしたくない。


「これからマリンって魔法少女の所に行くの?」

「はい。お願いされましたから」


 テレポーター施設の近くまで来て、止まる。

 

「終わったら直ぐに帰ってくるのよ? 夕飯を準備しておくからね」


 タラゴンさんが俺の手を放し、俺に向けて軽く手を振る。

 忘れないでほしいのだが、テレポーター施設は常に人で賑わっている。


 ここは医療関係が纏まってる場所なので、他よりも比較的人は少ないが、それでも結構な賑わいがある。


(物凄く見られてるのですが?)


『まあ、前もあったけど、タラゴンも一応有名人みたいなもんだからね。タラゴン1人だけならともかく、そこにハルナが居れば注目されるよ』


 マリンは埼玉の本庄か……26の男が少女の家に自宅訪問とは、場合によっては捕まるだろうな。

 そもそも、アクマが居ればテレポーターを使わなくても良いのだが、ここまで来たら使うほかない。


 空いてる受け付けは……あそこで良いか。

 

「埼玉にある、元本庄駅付近にお願いします」

「承知しました。8番のテレポーターに行って下さい」


 8番ね……それじゃあ、行くとするか。


 8番のテレポーターに入り、転移する。


 さてと、マリンは大丈夫かな?

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