笑う魔女と落ち込む魔法少女
リンネが何時も本を読んでいる部屋に裂け目が現れ、リンネ達3人が裂け目から出てくる。
部屋には丸テーブルが置かれており、魔女が座って待って居た。
「彼女はどうだった?」
イニーの襲撃から帰って来た3人に、魔女は紅茶を差し出して、座る様に促す。
3人共多少驚くが、魔女は神出鬼没であり、この様に突然現れる事も珍しくない。
3人は特に逆らう事なく、椅子に座って一息つく。
「実際に見ると実に面白い魔法少女だったよ。それに、ロックヴェルトからの情報より、良い意味で酷くなっていたね」
リンネは今回の戦闘を録画した物を魔女に差し出し、魔女はそれを鑑賞する。
リンネは愉快そうにしているが、
イニーによって切断された腕はリンネによって治されてはいるが、戦いを中断され、実質イニーに負けたことには納得していない。
散々ロックヴェルトに説教臭い事を言っていた手前、今回の負けは認め難いものだった。
あのまま戦っていた場合、晨曦がイニーに勝てたかどうかは晨曦本人にも分からない。
だが、今回の作戦はリンネが指揮を取っているので、逆らうわけにはいかなかった。
そのロックヴェルトは、晨曦の前ですまし顔で紅茶を飲んでいる。
「ほう、これは面白いわね。見る限り、覚醒したわけでも、アルカナの力を借りてるわけでもない」
イニーが第二形態になった所を見た魔女は、愉快そうに笑う。
「魔女から見て、これは何だか分かるかい? 2つの姿を持つのもそうだが、明らかに前とは違っている」
リンネからしたら、イニーという魔法少女は理解できないものだった。
明らかにこちら側の魔法少女なのに、何故か向こう側に居る。
イニーの濁った眼に、リンネは自分の昔を思い出し、何とかこちら側に誘おうとするが、断られる結果となった。
これまでの戦闘データを見るだけでも、桁外れた回復魔法の才能を知ることができ、抱えている闇の大きさが分かる。
魔女の判断として、イニーの殺害を依頼されていたが、リンネはイニーを諦めきることができず、結果として見逃した。
「白の時に何も変わっていないのを見ると……彼女の心象に何か変化があったのかもしれないわね」
「と、言うと?」
「白の時は後衛だけど、黒の時は前衛となっている。恐らくだけど、戦う理由か、戦いたい何かが定まったのだろうね」
魔女はあくまでも仮説だけどね、と締め括る。
魔法少女なんてあやふやなものは、何が起きてもおかしくない。
強化フォームとは違う変化があったとしても、そんなものだろうと受け入れるしかないのだ。
「そして、晨曦が腕を落とされるとはね……アクマにしては、面白い駒を手に入れたみたいだわ」
「次は負けないさ……」
「勝ち負けなんてどちらでも良いわ。それより、日本は後回しで良いから、アメリカのランカーを数名殺してきてちょうだい」
各国のランカーの中でも、日本のランカーは強いと言うよりは癖が強い者が多く、魔女としても毎回後回しにしている。
特に1位と本気を出した2位は、魔女としても戦うのは最後にしたいのだ。
「私はこのまま、留守で良いのだろう?」
まるで、3人で行って来いというように聞こえたリンネは魔女に聞き返す。
ジャンヌよりも戦う手段の乏しいリンネは、余程の事が無い限りは拠点から動こうとはしないのだ。
「殺してくれればどちらでも構わないよ。8位か9位を。或いは両方を頼むわ」
「私が行ってくるよ。ロックヴェルト、頼んだよ」
「はいはい。休んでからね」
不完全燃焼気味の晨曦は、直ぐに行こうとロックヴェルトに声を掛けるが、ロックヴェルトはゆっくりと紅茶を飲んで、休んでいる。
ロックヴェルトからすれば、ジャンヌの事以外ではあまり積極的に働く気は無い。
この前までは任務の失敗や、ジャンヌとイニーに返り討ちにされたので真面目に働いていたが、借りはしっかりと返したので、お休みモードに入っているのだ。
「イニーを殺さなかったのは何も言わないけど、あまり独断するなら……分かるわね?」
「勿論さ。今回は私の我儘に付き合わせてすまなかったね」
魔女は動画を見終わると、リンネに注意するが、リンネは今回の事は自分の我儘だったので注意を受け入れて謝る。
「しかし、イニーは面白いね~。後でちょっかいを掛けるとしましょう。今の遊び相手はアクマしかいないしね……」
「他のアルカナは、誰も契約していないのかい?」
「そうみたいだわ。生き残ってるのは後4人居るみたいだけど、契約してるのはアクマだけね。まさか逃げたアルカナだけが契約者を見つけるとは……皮肉なものね」
魔女はフードのせいで素顔が見えないが、リンネには笑っている様に見えた。
最後の結末が決まっているとは言え、魔女はアルカナが居る限り、アルカナを倒すまで世界を終末には導かない。
それは魔女が自分に課した事なのだが、その理由は語られていない。
だが、リンネはその理由を何となく察している。
しかし、理由が何であれ、魔女の下に集まった者達は魔女の思想に賛同しており、結末を受け入れている。
それはリンネも一緒なのだが、リンネはイニーに目を付けてから、違う目標を持ち始めた。
それが何なのかを、リンネが語る事は無い。
だが、この目的は魔女にとって悪い結果にはならないと、リンネは思っている。
「聞きたいことも聞けたし、私は行くわね。何かあったらまた連絡するわ。それじゃあ、晨曦とロックヴェルトはアメリカの件頼んだわよ」
魔女は魔法陣をだすと、その上に乗ってどこかに消える。
「さて、2人共。私はゆっくりと休むから、後は頼んだよ」
「ああ。怪我をしたらまた頼むわ」
リンネは部屋から出て、温泉に向かう。
晨曦に比べれば、雨や泥で汚れてはいないが、少し汚れてしまっている。
変身を解いたとしても、泥や汚れは落ちない。
その為、この拠点には汚れを落としたりするための、温泉が整備されている。
元々はシャワーしかなかったのだが、とある事情により、温泉が引かれることになったのだ。
そして、リンネは温泉が結構好きなのであった。
1
マリンは集団新人研修の日から、自分の部屋に引き籠っていた。
スターネイルや白橿。同級生であるミカちゃんやスイープから連絡がくるも、マリンは無視した。
否、出る気力が湧かなかったのだ。
勿論、マリンの両親も心配しているが、マリンは何も話さないでいた。
(私は一体何がしたいんだろう……)
魔法少女に憧れ、皆を守りたいと戦ってきたマリンだが、大事な所では、いつもイニーに助けられてきた。
助けたいはずなのに助けられ、並びたいはずなのに、何も出来なくて……。
そんな思いがマリンの中で渦巻いて、出口の無い迷路に迷ってしまっていた。
マリンは決して弱い魔法少女ではない。
何なら同年代の魔法少女の中では、頭1つ飛び抜けている。
11歳で魔法少女になり、半年が経つ頃にはB級の魔物と渡り合う事ができる様になり、1年経った今では覚醒し、A級すら1人で倒す事ができる。
自惚れていたわけでも、慢心していたわけでもない。
毎日の訓練は欠かさず行い、強化フォームを安定して使う為の方法も考えたりしてきた。
だが、それでも足りなかったのだ。
年下であり、命の恩人であるイニーの存在は、マリンには光でもあり、あまりにも大きな壁であった。
蜘蛛型の魔物で、M・D・Wで、そしてドッペルで……。
イニーは常にマリンの前に立ち、小さな身体を張って戦っていた。
本来なら、イニーの立ち位置にマリンは居たかった。
マリンは守るために魔法少女になったのだ。
決して、守られる存在ではない。
なのに、結果としてマリンは守られる存在に成り下がった。
自分の殻に閉じ籠り、自問自答を繰り返す。
答えなど出るはずもないのに……。
マリンが欲するのは、全てを破壊できる圧倒的な暴力なのか?
それとも、全てを守ることのできる絶対的な力なのだろうか?
マリンは包まっていた布団を強く握りしめ、弱々しく首を振る。
(違う! 違うの! 私は……)
ただ、イニーの隣に居られればそれで良かった……。
涙が頬を伝い、布団を濡らす。
今のマリンは魔法少女ではなく、ただの幼い少女だった。
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