魔法少女たちは秘密を抱える

 ジャンヌとタラゴンがイニーの診断をしてから2時間後、2人の姿はお茶会の会場にあった。

 

 この日は楓から招集があり、その前にイニーの様子を見に行ったのである。


「予定時間になりますしたので、出席の確認をします」


 前回に比べれば出席者は多いが、全員は集まらなかった。

 

 今回のお茶会を開催するにあたって、海外のランカー達に何かあった場合の対処をお願いしている。


 重要度の高い議題ばかりなので、全員を招集したかった。


 だが、結局10位には連絡が取れず、6位と3位は緊急性の高い魔物や魔法少女に、掛り切りになっている。


 その為、来る事ができなかったのだ。


 2位は居るには居るのだが、大きな氷に包まれて眠っている。

 

 一応この状態でも話を聞いてはいるのだが、自分から話すことはできない。

 

 ただのオブジェクトと言って良いだろう。


「2位は飛ばして4位、白騎士」


 白いパイロットスーツの様な服を着たグリントが頷く。


「5位、エクスプロ-ディア爆炎姫

「はいはい」


 タラゴンが椅子にもたれて適当に返事をする。


「7位、剣王」

「今回は起きてるよ」

「それは良かったです」


 前回は金タライで起こされたブレードだが、今回は起きている。


「8位、マッドヒーラー」

「私はその呼び名を変えた方が良いと思うのだが、何故ずっとこのままなんだ?」


 昔やんちゃしていた頃の名残で、マッドヒーラーの異名二つ名で呼ばれているジャンヌは、年齢の事もあり、もう少しまともな呼び名にして欲しいと再三楓や妖精局に行っている。

 

 しかし、何故か楓や妖精局は聞き入れなかった。


 戒めのために、このままにしといた方が良いと、楓や妖精局は考えているのだ。

 

 ついでに、見た目が胡散臭いのを理由に、却下されているのは、ジャンヌのあずかり知らぬ所である。


「9位、ミーティア」

「はい」


 先日の新人クラスの引率が終わった後から、ほとんど寝ないで仕事に追われていたアロンガンテの目には隈が出来ており、疲れているのが分かる。

 

 タラゴンが手伝えれば多少マシだったのかもしれないが、タラゴンが帰って来たのは昨日の夜だったため、1人で頑張っていた。

 

 その甲斐もあり、主だった者達には今回の件について通達は終わっており、混乱が起こるようなことはなかった。


 だが、新人クラスの魔法少女達には少し問題が起きており、その件はアロンガンテ個人で当たっている。


「以上5人と1位の支配領域にて今回のお茶会を始めます」


 楓の号令でお茶会が開始される。


「先ずは先日起きた、破滅主義派を名乗る者達の襲撃についてです。アロンガンテさんお願いします」

「はい。先ずは‥‥‥」


 アロンガンテは襲撃について詳しく纏めたデータを配り、それを元に説明していく。

 一番重要となるのは、破滅主義派の目的と、イニーを狙った原因だろう。

 そして、破滅主義派が結界を使用し、魔物を使役していた事だ。


 アロンガンテは一通り話をしてから、ジャンヌを見る。

 その目は回復魔法の真実を知っていたかと問いかけていた。


「ジャンヌさん」

「ああ。知っていたよ。それと、公式で回復魔法が使える魔法少女には、それとなく全員に確認を取ってあるから大丈夫だよ」

「――何故黙っていたのですか?」


 アロンガンテに問い詰められるジャンヌだが、こんな事をおいそれと言えば、回復魔法の使い手に批判が集まる可能性があった。

 

 そもそも、ジャンヌは回復魔法の素養については、まだ仮説の段階だった。

 この事を調べる方法は、回復魔法を使える魔法少女に聞いて回るしかなかった。


 回復魔法の使い手は絶対数が少ないため、どこでも重要視されている。

 その為、聞いて回るには時間が掛かった。

 

 一部の危険な思想の持ち主は、ジャンヌがそれとなく楓に報告を上げ、監視対象にされている。


 もしもの事を考えて、ジャンヌはしっかりと仕事をしていた。

 

「この事を下手に広めれば混乱の元になるからね。それに、危なそうな魔法少女は既に報告を上げてあるよ」

「……はい。確かにジャンヌさんからは要注意人物として数名の報告を貰っていますね」

「そうですか因みにジャンヌさんは?」

 

 アロンガンテは直球でジャンヌに聞く。

 

 アロンガンテは、今日まで仕事をしながら考えていたが、ジャンヌは大丈夫だろうと判断をした。

 

 それはイニーを2度助けている事もそうだが、恐らく破滅主義派に狙われている事が分かったからだ。

 

 念の為ジャンヌが襲われた時の動画を見た所、相手に晨曦チェンシーと思われる魔法少女が居たのだ。


 それでも、出来れば本人の口から聞いておきたかった。


 全員の目がジャンヌを見る。

 ジャンヌは口角を上げてから、口を開く。

 

「私は破滅主義派でもなければスパイでもないよ。一応楓には恩があるからね。最低でも楓が居る限りはこちら側さ」

「素直に改心したって言えば良いじゃない」


 ジャンヌがおどける様に言い訳をするが、そこにタラゴンが言葉を被せる。

 アロンガンテはクスっと笑い、分かりましたと言ってから、軽く頭を下げた。


「ついでだが、先程イニーに話が聞けてね。彼女も大丈夫だろう。だが……少々危ういな」

「どういう事でしょうか?」

 

 胡散臭い顔から一転し、ジャンヌは真面目な顔となる。

 

 イニーの腕や怪我を治し、それからも経過観察していたジャンヌなのだが、イニーの状態は決して良い状態とは言えなかった。


 M・D・Wの時は全身火傷に腹に穴をあけ、ジャンヌが居なければ死んでいた程の重傷だった。

 今回左腕が無くなって大量失血しており、内臓もぐちゃぐちゃだ。

 

 怪我としては死ぬほどでもないが、年頃の少女ならショック死していてもおかしくなかっただろう。

 

 回復魔法も万能ではない。


 掠り傷や骨折、風邪くらいなら問題ないが、大きな怪我はそれ相応の代償も必要だ。

 健康な人間なら。代償と言っても体力が少し落ちたとか、体重が減った位で済むが、ジャンヌの判断では、イニーは既に限界だと判断した。


 同年齢の少女より痩せており、身長も高くない。

 何より、確実に心音が弱くなっていたのだ。


 通常、回復魔法が使える人間は攻撃系の能力が低い。

 なので、胸の奥にどんな闇を抱えていようとも、前線で戦う事はない。


 たまに物好きも居るが、紐付きの場合は魔法局から待ったが掛かるので、後方に回されるのだ。

 そして、大体の魔法少女はお金に目が眩み、そのまま普通に、魔法少女として活動していく。

 

 なので、自分の身体を自分で治しながら戦うなど、普通はしないのだ。

 安全な場所で、安全な状態で治す。

 それが普通だ。


 戦いながら治すのは、リスクが大きすぎるのだ。

 イニーは度重なる回復や戦闘により、内臓機能が大幅に低下しており、これ以上無理に戦うのは危険だと、ジャンヌは結論を出した。

 

 ジャンヌはイニーのカルテと、平均的な11歳の少女の状態とイニーの状態を数値で見やすくした物を全員に配る。

 

「見て分かると思うが、全ての数値が平均以下となっており、特に造血機能が危険水域に入っている。下手に四肢を欠損するような戦いをこれ以上すれば、死ぬ恐れすらあるだろう」


 ジャンヌはそう締め括り、自分の報告は以上だと告げる。

 確かにイニーには戦えるだけの力が有るが、ジャンヌとしてはイニーの回復魔法の才能が惜しいのだ。


 このまま戦う事を辞め、自分の助手になってくれるとありがたいと考えている。

 

 無論、無理強いするつもりはないが、外堀くらいは埋めておきたいと思い、この場で報告したのだ。


 この報告を聞いて、アロンガンテは自分の不甲斐なさに強く唇を嚙み締めた。


 襲撃の際に、本来ならアロンガンテがしなければならなかった事を、全てイニーが肩代わりしていたのだ。

 

 実戦経験は他のランカーに比べて少ないとは言え、曲がりなりにもアロンガンテはランカーなのだ。


 有事の際には、それ相応の働きが求められる。

 だが、今回はその役割を全てイニーが行っていた。

 その上、アロンガンテ自身もイニーに助けられているのだ。


 ドッペルの特性上仕方ない事とは言え、ランカーとして、何よりも人として何もできなかった自分が、不甲斐なかったのだ。


「……そうですか。因みに、体調が改善する見込みはありますか?」


 楓はジャンヌに聞くが、ジャンヌはしばし考えた後に答えた。


「半年から1年程戦いから身を引いて暮せば、回復する可能性もあるが、こればかりは本人次第と言った所だろう。出来れば、戦いからは遠ざけたいね」


 魔法少女は自己責任。

 これが一般的なスタンスだ。

 だが、今回はそうならない理由がある。


 ――そう、タラゴンだ。


 タラゴンはアロンガンテやジャンヌの報告を、静かに聞いていた。

 まるで、噴火する寸前の火山のように……。


 形式上、イニーことハルナは、タラゴンの妹になっている。

 なので、イニーの事に口を出す権利が、一応タラゴンにはある。


「……イニーは間違いなく、戦う事を選ぶわ」


 楓とジャンヌがイニーについて話してる中、タラゴンは呟く。

 それは確信めいたものだった。

 

「タラゴン。それではイニーが死ぬ可能性もあると、分かっているのか?」

「だとしても、選ぶのはイニーよ。そして、あの子は必ず戦う事を選ぶわ」

 

 何故そう思ったのかと聞かれれば、タラゴンは「勘よ」、と答える。

 

 アクマの次に、タラゴンはイニーとの付き合いが長い。

 そして、タラゴンはイニーと戦っており、シミュレーションでイニーが魔物と戦うのを実際に見ている。


 普段は無口で無表情であり、ほとんどフードを被っているイニーだが、戦う時だけは妙に生き生きとしていると、タラゴンは感じていた。


 姉としては、イニーには安静にしてほしい。

 だが、イニーの思いを無下にしたくない自分がいる。

 だから、タラゴンは1つの案を出す。


「イニーにパートナーを付けましょう。あの子を守る盾があれば、無理に戦うこともないでしょう? 勿論イニーが後方に回ることを承諾するなら、この話は無しになるけどね」


 1人だと危なっかしいので、サポートの魔法少女を付ける。

 それがタラゴンの提案だった。


「確かに有りと言えば有りですが、破滅主義派の件もあるんですよね……」

「実際に狙われている私が言うのもなんだが、生半可な魔法少女では死ぬぞ?」


 下手な魔法少女では足手纏いとなり、イニーの邪魔にすらなりうる。

 かと言って、ただの魔法少女の護衛にランカーを付けるのは無理がある。


 その事はタラゴンも重々承知しており、自分がサポートするとは言わない。


「この件は、一先ずイニーの意思を確認してからにしましょう。次ですが、破滅主義派を名乗る指定討伐種悪落ち魔法少女についてです」 


 それからも、珍しくお茶会は真面目に進行していく。

 

 イニーのこれからの活動については、本人次第となった。

 

 だが、体調面だけは気をつけるようにと、ジャンヌはタラゴンに注意しておいた。


 また、破滅主義派については見つけ次第情報を共有し、速やかに排除する事で、決定した。


 そして、アロンガンテは結局、黒い魔法少女の事を話す事をしなかった。

 

 それはイニーに対する義理立てでもあるが、怖かったのもある。

 

 あの時感じた魔力の残滓が、未だに身体に纏わりついてるように、アロンガンテは感じているのだ。


 あれは決して正義側の者ではない。

 だが、今はこちら側に居る。

 何より、タラゴンやジャンヌはイニーの事を完全に仲間だと思っている。


 ここで要らぬことを言って、和を乱す必要もない。

 アロンガンテは、今は静観することに決めたのだ。


 ついでに、イニーには1つ仕事を頼む必要が、アロンガンテにはあった。


「それでは、これで今回のお茶会を終了します。イニーに付きましては、ジャンヌさんかタラゴンさんが後で報告を上げてください」


 全ての議題を話し終え、お茶会が終了となる。

 

 この時、ジャンヌとタラゴンは、イニーが人工の魔法少女である事は話さなかった。

 内容があまりにも非人道的であり、また、イニーの身を守るためだ。

 イニーの特殊な魔法が、人の手によって与えられたものだと広まれば、新たな被害者が生まれる可能性がある。


 破滅主義派の事もあり、この事は後程、ジャンヌから楓に伝わったのみとなる。

 

「タラゴンさん、少々宜しいでしょうか?」

「どうしたの?」


 立ち去ろうとするタラゴンに、アロンガンテは話しかける。


「イニーが起きたら私に連絡するように伝えて貰ってもお良いですか?」

「良いけど、どうしたの?」

「1つお願いしたことがありまして……」

 

 それはアロンガンテが、姉から頼まれた事だった。

 アロンガンテの姉は魔法局の北関東支部で働いていているのだが、少々困った事態となったので、アロンガンテに救援を出した。

 

 北関東支部所属の魔法少女の1人。


 マリンが引きこもってしまったのだ。

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