榛名史郎は心から魔法少女となる

 楓さんから杖を受け取るが……今まで感じていたフィット感の様なものを感じない。

 軽く魔力を込めてみると反応はあるのだが、違和感がある。


 同じ仕様の他社の製品を使っている感じで、似ているだけで本物ではない。

 

(これってどうにかなるのか?)


『うーん。今解析してるけど、上手くいくかもしれないし、駄目かもしれない』


 この状態じゃあ仕舞うこともできないし、当たり前だが、意思の様なものは全く感じない。

 いっその事、魔法使ってみるか?


「少し魔法を使ってみて良いですか?」

「部屋に傷をつけないのでしたら良いですよ」


 よしよし。まあ、攻撃系の魔法を使うわけではないから大丈夫だろう。


(ちょっと試してみたいことがあるから、何かあったらよろしく)


『了解。馬鹿なことはしないようにね』


 酷い言い草だな……って言いたいが、馬鹿なことをした結果、杖を無くしてるんだよな……。

 気を取り直して、やるとするか。

 

接続コネクト


 杖に自分の意思を浸透させる。

 これが魔法少女の武器だからできるのであって、他の物でやってもアクマがやった解析の下位互換程度の力しかない。


 さてさて……どうなるかな?


 一瞬意識が飛んだ後に、視界が変わる。


 座って居たはずなのだが、いつの間にか立っており、暗い空間が広がっている。


 幾何学的な模様が描かれた床が丸く広がっており、縁から先は暗闇が広がっているだけだ。

 半径で15メートル位か? 広いと言えば広いが、落ちたらどうなるんだろうな……飛べるけど。


 杖に意識を接続したはずだが、ここはどこだ?


(居るか?)


 ――アクマの反応はないか。


 「初めまして。イニーフリューリング。もしくはハルナと呼んだ方が良いかな?」


 ――とても聞きなれた声が、後ろから聞こえた。

 客観的に聞けば多少違うが、その声で26年間も生きていたのだ。

 今更聞き間違えるわけがない。


「お久しぶり……とでも答えれば良いですか?」

「なんでも良いさ。先ずは座りなさい。話をしよう」


 振り返ると、そこには俺が……榛名史郎が立っていた。

 こうやって自分を見るのは中々ない体験だが、相手は俺であって俺ではない。


 俺の姿をした何かだろうが、便宜上偽史郎と呼ぶことにしよう。


 偽史郎が指を鳴らすとテーブルと椅子が現れ、片方に偽史郎が座る。

 先手をとって攻撃をしてもいいが、ここは大人しく座るとしよう。


「素直に座ってくれてありがたいね。何かしら仕掛けてくると思ったよ」

「そんなことはしませんよ。それで、あなたは誰ですか?」

「そうだな……精霊……想い……意思。今はこの杖に宿っている存在かな?」


 全く要領を得ないな……杖に接続したのだから、杖に宿っている存在なのは分かる。

 精霊だがなんだかはどういうことだ?


「まあ、俺の事はどうでもいいんだ。それよりもだハルナ。これまで魔法少女として戦ってきて、どうだったかな?」


 魔法少女として……ね。


 そうだな、俺は何がしたいんだろうな……。

 正直、痛いのも嫌だし、辛いのも嫌だ。

 

 なら、魔法少女になったのが嫌だったのかと聞かれれば、そうでもない。

 最初は無理矢理だったか、魔法少女としての戦いはものがあった……。


「ハルナの身体はね、昔アクマが契約していた魔法少女の身体なんだ」


 ――俺が思考の海に潜っていると、偽史郎が声をかけてくる。

 中々狂った内容だな。


 確かにアクマの能力を聞いた限り、無い身体を作り出すことは出来なさそうだった。

 なので、この身体は一体誰の物なのか気になっていた。


 まさか、本当に他人の身体だったのか?


「どういう事ですか?」

「アクマ達アルカナはね、妖精と同じように魔法少女と契約し、今は魔女と呼ばれている魔法少女と戦ってきたんだ」


 その話は昨日アクマから聞いたな。

 俺もその魔女と戦う予定だが……。


「アクマとその身体の元の少女は相性が良くてね。結構仲良くやっていたのだが、最後は魔女の部下に殺されてしまった」

「その後、どの様な経緯で、こうなったんですか?」


 殺されたらそれで終わりなはずだ。

 どうすればその身体に俺が入ることになるんだ?


「その少女が少々特殊な能力の持ち主でね。死の間際に身体を治し、それをアクマに託したんだ。次に魔女と戦う誰かの為にね。その少女は綺麗な青い髪をしていたのだが、最後はハルナの様な色の抜けた白髪になっていたよ……」


 それからも偽史郎の独白の様なものは続く。


 この身体の少女と別れてからも、アクマや他のアルカナ達は幾多の世界で戦い続けたが、一度も魔女に勝つことはできず、幾度も終末の日を迎えた。


 そして、その数を徐々に減らしていった。

 

 契約を交わした魔法少女を守って死んだもの。

 絶望のさなか、自ら命を絶ったもの。

 そして、逃げ出したもの……。


 21人居たアルカナも少なくなり、アクマを含めて残り5人。

 その中で魔法少女と契約しているのは、現状アクマだけとなる。


 魔女の目的は明確であり、世界を滅ぼすことだ。

 それは並行世界を含めた全ての世界だ。

 

 原初の世界と呼ばれる、全ての大本となる世界を探しながら、幾多の世界を滅ぼしている。


 そして、原初の世界が滅ぼされれば全てが無に還り、ゲームオーバーと言った所だ。

 何故世界を滅ぼそうとしているのかは、正確には分からないらしい。


 アクマが何故俺を生かし、身体を与えたのかは偽史郎にも分からない。

 だが、現状の契約者は俺1人だけとなる。


 何の変哲もない能力を持った俺だけだ……。


「もしハルナが、アクマに恩があるから戦うだけと言うなら、さっさとアクマと契約解除した方が良い。未来を考えるなら、この世界は滅ぶべきだろう」

「――私が弱いからですか?」

「それもあるが、己の覚悟すら定まっていない人間に託せるほど、既に余裕がないのだ」


 残り5人で、契約してるのが俺1人だもんな……。

 物語の主人公なら世界が滅びるのを黙って見ていられないとか言って、奮い立つのだろうが、俺にはその様な正義感は無い。

 だが……。


「私はね、契約したんだ」

「……ほう?」


 俺は弱い。それは心もそうだが、人としてとても弱いと思っている。

 普通に暮らし、普通に死ねればそれで良かった。

 

「今は武器もなく、有ったとしてもタラゴンさんにも勝てないでしょう」


 俺の命1つではタラゴンさんの腕2本が限界だった。それも、不意を突いてやっとだ。

 普通よりは強いだろうが、ランカー程狂った強さは俺には無い。


「それでも、契約を遂行するのは社会人として当たり前だと思いませんか? 例え死ぬ運命しか待っていなかったとしてもね」

「……狂っているな」


 狂っているね……姉を失ったあの日から狂っていたのかもな。

 世界を呪い、魔法少女を恨み、ただ泣き叫んだ。


 そうだな。もし俺が女性として生まれていて、魔法少女になれたのなら、魔女の仲間になっていたかもしれない。

 こんなクソったれな世界など、滅んだ方が良い。

 

「そうですね。私の心は既に壊れて、狂っているのかもしれません……ですが」


 アクマに身体を変えられ、魔法少女として戦っている内に、色々な魔法少女と出会った。

 マリンや楓さん。タラゴンさんや北関東の2人。

 馬鹿な魔法少女もいたが、俺なんかのために泣いてくれる人もいた。


 救いもあるのだと、知ることができた。

 姉の死にも意味があったのだと、少しは納得できた。

 それに……。


「恐らく、私は戦うことが好きなのでしょうね」

「ほう?」

 

 タラゴンさんとの戦いや、M・D・Wとの闘い。

 痛いし、辛かった。

 だが、どうしようもなく


 そうか……それだったのか……。


 俺は戦う事が好きなのだろう。

 

 契約がある限り、俺は戦う事が出来る。


「私には戦いがあればそれで良い。戦うための理由を作るためにアクマと契約したんです」

「馬鹿げているな。ハルナの自殺行為によって、世界が滅ぶのだぞ?」


 世界ね……俺が居ても居なくても滅びるなら、どちらでもいいじゃないか。


「どうせ滅ぶかもしれないのなら、私に……俺に託しても良いじゃないか」


 戦いは不利なら不利なほど楽しい。

 良いね。素晴らしいよ。

 自覚するだけで、ここまで気の持ちようが変わるのか……。


 偽史郎は真剣な表情となり、こちらを睨む。


「――魔女を倒すと誓えるのか? 死ぬその瞬間まで足掻けるのか?」

「なら契約をしましょう」

「契約?」

「口約束でも魔法でも良い。私は決して契約を破らない。なにせ、アクマ悪魔の相棒だからね」


 まあ、この前一度失敗しているが、それは気にしない。

 

「なるほどね……彼女が聞いてたら馬鹿だって怒るだろうが…………ハルナはこの契約で何を対価とし、何を得るつもりだ?」

「先ずはこの世界の魔女を殺しましょう。その代わり、私に力を寄こしなさい」


 今の状態じゃあ、どう足掻いても勝ち目はない。

 魔女には敵わないし、その部下にすら勝てないだろう。

 だから力が必要だ。


「ククク。確かにハルナは弱いからね。もしも、この世界の魔女を殺せたらどうするんだい?」

「魔女が居る限り戦い続ける……なんてのはどうです?」


 俺の心が擦り減って廃人になるのが先か、全ての魔女を倒すのが先かは、やってみなければ分からないがな。


「正義も想いもなく。戦いたいから戦い、その結果として魔女を倒す……か。とんだ狂人だが、そんな人間でもなければ、いけないのかもしれないな」


 偽史郎は可笑しそうに笑う。

 自分の事だが、頭のネジの数本は外れているのだろう。ただ戦いだけなんて普通は答えないだろうしな。


 どちらかと言えば、悪者側の考え方かもしれないが、今はそれが正義になる。

 こんなイカれた世界なんだ。これ位狂っていても良いだろう。


 元の身体に戻ろうなんて考えは捨ててしまおう。

 魔法が使え無い身体に戻れば、戦う事は出来ないからな。

 脆弱な身体には、もはや未練は無い。

 

「良いだろうハルナ。君の考えは分かったよ。だが、そう簡単に力は渡せない」


 偽史郎が立ち上がり、指を鳴らす。


 テーブルと椅子が消え、俺の手元に見慣れた杖が現れる。

 尻もちを着くことはなかったが、突然なんだ?


「ハルナの力を見せてもらうよ。勝てたならそれ相応の力を。負けるのなら、ここで死んでもらう」


 空間に裂け目が現れ、そこから見慣れた……イニーフリューリングが現れる。

 なるほど、もう1人の自分に勝てというわけか……面白い。

 

「良いでしょう。この戦いも、私にとってはただの喜びです」


 杖を前方に構え、魔力を込める。

 久々だが、悪くない感触だ。

 

「それじゃ、精々頑張りたまえ。ハルナ」


氷よアイスニードル

氷よアイスニードル


 同タイミングで魔法を放つ。こいつは確かに俺みたいだな。

 これでは良くて相打ちしかないが……今の俺なら選べる選択肢がある。

 痛みも犠牲も、怖くなどない。


雷よ。降り注げライトニングレイン

炎よ踊れファイヤーバタフライ


 俺を巻き込むように雷を降らし、向こうは避雷針代わりに炎の蝶を召喚する。

 勿論俺にも降って来た雷が当たるが、それは計算の内だ。


 さて、俺には致命的な弱点がある。それは力が無い事だ。だが無理矢理脳のリミッターを解除すれば、多少の無理は出来る。

 勝つためなら手段なんて何でも良い……さあ、一瞬でケリを着けよう。


炎よフレイムバーン


 背後に爆発を起こし、一気に突っ込む。

 ファイヤーバタフライに被弾するが、そんなのは無視だ。


 偽の俺が杖を構えて防御しようとするが、俺は雷によってリミッターを解除している。

 だから、その程度では防げんぞ?


 杖を弾き飛ばし、杖の尖っている方を偽物の喉に突き刺す。

 声が出せ無くなれば魔法を使うことは出来ない。

 自分で自分を殺すのは少々見栄えが悪いが、嫌悪感は全くない。


「さよなら。氷よアイスソード


 殆ど自傷で怪我をしたが、この程度か……。

 闇落ちの俺が相手だったら勝ち目はないが、白魔導師になら簡単だ。

 ダメージ覚悟で接近戦をすればあっけなく終わる。

 それに……。


癒しよ。ヒール


 回復が出来るので、接近戦にでも持ち込まないと、泥試合になってしまう。


 一息付くと、拍手が響き渡る。

 振り返ると、偽史郎が居た。


「これで満足ですか?」

「まさか突っ込んで刺殺するとは思わなかったよ。狂人と言うだけの事はある。

 先程の契約を結ぼう。向こうに戻ったら思いっきり杖に魔力を込めなさい。後はこちらで引き継ぐ」


「分かりました。他に何かありますか?」

「ハルナ……いや、史郎の姉から伝言だ。バーカ、だとさ」

 

 偽史郎が消えていき、足元が崩れていく。

 ――全く、姉ちゃんらしい伝言だな。

 

 終わってみればあっけないが……俺は本当にろくでもないな。

 全く、魔法少女なんてろくでもない……けど……。


 ――楽しいな……。


『ハルナ! ハルナ!』


 ああ。戻って来たのか。全く、戻すなら戻すと言えばいいのに。


(聞こえてるよ、どれ位経った?)


『時間で言えば10秒くらいだけど、ハルナの声が全く聞こえなくなって焦ったよ』


 10秒か……体感3時間位話したり戦ってたりしていたが、それ位しか経っていなかったのか。

 結局あいつは何だったんだ? 俺の姿をしていたが、結局分からず仕舞いだ。

 とりあえず、言われた通りやってみるか。


 小手調べ程度ではなく、一気に魔力を流し込む。


 そうすると、杖が輝き出し、電流の様なものが走る。


「イニー! 一体何をしたんですか!」


 あっ、そう言えば楓さんも居るんだった。

 偽史郎のせいで忘れていた。


「私も分からないのですが、少しだけ我慢してください」


 杖は更に輝きを増し、楓さんが変な声を上げる。

 少し経つと輝きが落ち着き、手に良く馴染むようになった。


「えっ! 嘘! 私からパスが無くなってる!」

「どうやら成功したみたいですね」


 うむ、仕舞う事も出来そうだな。契約通り力は受け取ったよ。


「一体どうやったのですか? 他人の武器を奪うなんて無理なはずですが……」


 楓さんと、俺の中で唸っているアクマに向けて軽く説明する。

 楓さんに本当の事は言えないので、あくまでも嘘だがな。


 内容は、一応自分の武器なので、魔力を一定以上込めた事により、魔力のパスを自分に書き換えたと言うことにした。

 魔法なんてどうせ言ったもん勝ちだ。


「なるほど、理解しがたいですが、イニーの例がまずないですからね。とりあえずはおめでとうと言った所ですね」

「流石にまたM・D・Wが出たら困りますが、A級程度には負ける事は無いでしょう」


『うーん。納得は出来ないけど、そういうことにしておくよ』


 そう言えば、この身体の元の持ち主である少女の事も気になるな……何時かアクマに聞いてみよう。


「それは良かったです。そう言えば来週は学園で、新人向けの集団研修がありますが、聞いていますか?」


 ……えっ? それ初めて聞いたんですけど。

 まあ、杖もあるから大丈夫だと思うけどさ。


「首を傾げてるってことは、知らないみたいですね。軽く説明しますと……」


 なるほど、ランカーの引率の元、A級かS級の魔物の討伐を見学するのか。

 これはプリーアイズ先生が忘れてるパターンか?


「分かりました。一応先生に確認しておきます」

「引率のランカーについては当日まで秘密となりますので、お楽しみにしてて下さい」


 タラゴンさん以外ならだれでも良いよ。

 

 ジャンヌさんは戦闘要員じゃないから違うだろうし、楓さんが来ることもないだろうな。

 来るとしたら3位か7位か9位辺りだろうか?

 とりあえずやることやったし、帰るとするかな。


 忙しい楓さんの邪魔をするのも悪いしな。

 

「今日は忙しい所ありがとうございました」

「えっ……はい。後輩の頼みですからね。また何かありましたら何時でも頼って下さい」


 それで実際に頼ると嫌な顔をされるのは、社会人あるあるなんだよな……。

 俺みたいな新人が、1位の楓さんに簡単に頼るわけにはいかないだろう。


「分かりました。今日はこれで失礼します」


 出されたお菓子と紅茶はしっかりと片付け、楓さんの部屋を後にする。

 今日は一旦寮に帰って、アクマと話し合うとしよう。


 

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