魔法少女とアクマと偽史郎と……

 楓さんの執務室を出た後、人目に付かない所に移動してから、寮の自室に転移する。


 とりあえず武器となる杖を取り戻したが、これではまだ力が足りない……せめてタラゴンさんを完封出来る程の何かが欲しい。


 魔女の強さは分からないが、偽史郎の話だけでも強いのは分かる。最低でもランカー以上……なるほど、アクマが最初の目標にランカー入りを入れてたのはこれもあるのか。


 逃げたと言いながら、念には念をいれてたわけね。

 

『それで、何があったの?』


 アクマが憑依を解除する前に話し掛けてきた。

 せっかちだが、気持ちは分かる。


(杖に接続したら、自分が居た)


 『はぁ?』


 まあ、そうなるよな。

 アクマに憑依を解くように言い、珈琲を淹れる。


 さて、どうしたものか……。

 実のところ、あの偽史郎が誰なのかは分からないが、どのような存在なのかは見当がついている。


 それを素直にアクマに話して良いものだろうか……。


 残り少なくなってきた珈琲の豆を挽き、少し長めに蒸らす。

 待っているアクマにはオレンジジュースを持っていく。


(さて、何があったかと言うとだな……)


「いや、ここは普通に話す所じゃないの? 何でいつも通りしてるのさ!」


 正直、偽史郎と話してたせいで、これ以上話すのが面倒くさくなってきてるんだよな……仕方ないが、話すとするか。


「恐らくですが、アクマの上司のような存在に会いました。それが私に化けていたみたいです」

「――何か言ってた?」

「アクマについては何も。ただ、杖を手に入れる代わりに契約してきました」

 

 アクマの雰囲気が悪くなったな……やはり何かあるのだろう。

 そう言えば、偽史郎は名前を名乗ってなかったな。


「何を契約したの?」

「魔女を倒すことを。代わりに杖を貰いました。倒す方法については追々ですね。今は勝てないでしょうし」


 最低でもランカーと同等になってからスタートだ。

 問題は、強くなる方法が思い浮かばないことだろう。


「それは他の世界の魔女もかい?」

「はい。なので、元の身体については保留で大丈夫です」

「あんなに戻りたいって言ってたのに、本当に良いの?」


 はい、そうです。


 今ならこの言葉が簡単に言える。

 アクマとしては、この世界さえ守り通し、俺が死ぬまで一緒に居るつもりだったのだろう。

 或いは、終末の日まで心休まる日々を過ごしたかったって所だろう。


 先の事は知らないが、アクマも逃げてしまった身だ。

 恐らく、全ての世界を救うことなど、諦めてしまっているのだろうな。


 束の間の平穏。それがアクマが欲しかった物なのかもしれない。


「どうせ魔女と戦うのは決まっていたことです。それが少々長くなるだけですよ。まあ、私が負ければそれで終わりですけどね」

「今までだって誰も勝ててないんだよ? 例え魔女に勝てたとしても……」


 魔物によって全て破壊されるって話だ。


「アクマが嫌なら、私の事を放って置いて、他に逃げても良いんですよ?」


 まあ、出来ないだろうけどね。

 偽史郎が言ってた通りなら、アクマはこの身体の少女に未練があるはずだ。

 中身が違うとはいえ、放っておくことなど出来ないだろう。


 アクマには悪いと思うが、俺にはアクマが必要だ。

 俺は弱い……今はまだ、1人で戦うのには力が足りない。


「……分かっている癖に……ハルナは急に生意気になったね」

「アクマの相棒ですからね。末永くお願いします」


 ……いや、これだと何か告白しているみたいだな。

 外側は少女だし大丈夫か?


「死ぬまで一緒にいるって契約してるんだから、今更だよ。それで、勝つ算段とかあるの? 楓以外のランカー全員纏めて倒すくらいじゃないと無理だよ?」

「無いんですよね、これが」


 昨日も頑張る何て言っただけで、勝てるとは思ってないからな。


「……大丈夫なの?」

「いつも通り、やれるだけ、やるだけですよ。ただ……負ける気はありません」


 ただ戦いたい。生への執着でも、死への渇望でもない。

 戦いの中に、自分の在り方を見出してしまった。


 姉の言っていた通り、俺は馬鹿なのだろう。

 

 最初の頃は嫌だったが、今は魔法少女になれて良かったと思っている。

 少女の身体と、筋力がないのが玉に瑕だがな。


「馬鹿だねハルナは。大馬鹿者だよ」

「分かっていますよ。でも、私を魔法少女なんかにしたアクマが悪いんですよ」

「そうだけどさ……あの時は私も少しおかしかったんだよ。逃げてきたってのもあってさ」

 

 魔法少女が憎くないか? とか、いきなり魔法少女にしたりとか、普通の思考ならやらないだろうからな。

 

 死にそうな人間に、鼻歌を歌いながら近寄ってくるなんて、頭がおかしい奴だ。


「まあ、私が死んだら逃げてしまって良いですからね。アクマが居ることによって、救われる世界があるのかもしれないですからね」

「……今の所1つもないけどね」


 あっ、そう言えば全敗してるんだった……。


「……今回をその1つ目にしましょう」

「う~ん。不安だな~」


 アクマはチビチビとオレンジジュースを飲みながら、苦笑いの様な笑みを浮かべる。

 これまで俺なんかと比べ物にならないくらい強い魔法少女や、気高い魔法少女も居たのに勝てなかったのだ。


 不安になる気持ちも分かる。


「駄目で元々なんですから、気楽にいきましょう。死にさえしなければ多分何とかなりますよ」

「何か軽い感じがするけど、そうなんだよね……頼むよ、ハルナ」

「ええ。魔女の討伐…………魔女狩りといきましょう」


 気持ちを新たに、魔女達破滅主義派と戦うことを決める。


 そこには正義も大義もない。

 俺の心の奥底に灯った戦いへの渇望。

 そのために、アクマに弄ばれてた俺がアクマを利用する。


 悪いとは思わない……なにせ、アクマや偽史郎にとって俺のやろうとしていることは、向こうに利益がある事だからな。

 ――もしも全ての戦いが終わった後、俺が生き残ってしまったなら……いや、今は考える事ではないだろう。


 戦いの果てなど、きっと訪れないのだから……。





1

 

 


 

「全く、呆れる程狂った人間だったよ」


 何もない空間で、男は1人愚痴る。

 それはハルナに偽史郎と呼ばれていた男だ。


「残ってるのはイブ女教皇エルメス恋人サン太陽フール愚者……そしてアクマ悪魔か」

 

 1枚1枚カードを召喚しながら、偽史郎は確認作業をする。

 生まれた当初21人居たアルカナも今は残り5人。

 その中で魔法少女と契約しているのはアクマのみ。


 だが、偽史郎はアクマが逃げた時点で、アクマの事を本当は諦めていた。

 そんなアクマが魔法少女と契約し、能力を使ったのだ。

 その時に偽史郎や他の者は喜んだ。


 しかし……その契約した魔法少女は強いとは言えなかったのだ。

 魔法を使う魔法少女。


 あまりにも普通過ぎるのだ。

 そんな魔法少女が、幾多の並行世界で混乱の引き金となっていたM・D・Wを倒したのは、恐るべきことだ。

 そして、今回その魔法少女と偽史郎は邂逅を果した。


「お前はあれをどう思った?」


 何も無い筈の空間に、偽史郎は問いかける。


 そうすると、祭服を着た女性が突如として現れる。


「ただの馬鹿でしょあれは。大して強くないくせに粋がっちゃって。あの程度で魔女を倒せてたら苦労しないわよ」

「ククク。だが、正義だなんだと言ってきた者は皆、殺されてしまった」

「――だから、あんな者に託すの?」


 女性は嫌そうな顔をして、偽史郎を見るが、偽史郎は笑うだけで意に介さない。

 だが女性も偽史郎も、余裕があるわけではない。

 21人も居て、一度も魔女に勝てていないのだ。


 世界が滅びれば、その世界に居る魔女も滅びる。

 だが、世界が滅んでしまったら元も子もない。

 

 偽史郎は笑うのを止め、出していたカードを全て消す。

 

「魔女を倒し、あの魔物を倒してくれるのなら、あの者が望む戦いを与えるだけさ。それに、もしもの場合に備えて保険を掛けといたからね」

「保険?」

「ああ。我々には既に後が無い。彼……彼女が負け、アクマも死んでしまえば残り4人。後は全ての世界が滅びるのを待つしかないだろう」


 偽史郎は悲しげに上を見上げ、暗い空間を見つめる。

 この暗い空間も、昔は世界が在ったのだ。


 それが魔女と魔物により滅び、無が広がるだけとなってしまった。


「ハルナが望むものを与え、此方は代わりに魔女を倒してもらう。不可能に近い確率だが、それに縋るしかないのだ」

「……そう。なら私達も腹を括るとしましょう」


 祭服を着た女性はそう言い残し、偽史郎の元を去る。


「頼んだよイブ女教皇


 ”始まりの日”と呼ばれる厄災から始まった戦いが、新たな局面を迎えようと動き出した。

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