魔法少女マリンの日常
魔法少女マリンの朝は早い。
朝5時に起き、軽くランニングをする。
シャワーを浴びて、朝食を食べた後は魔法局北関東支部に向かう。
「おはようございます」
関東支部に着いたマリンは、擦れ違う職員やオペレーターに挨拶をしながら、シミュレーター室の扉を開く。
マリンがシミュレーター室に入ると
「あら、今日も朝から御苦労様。設定はどうするの?」
「前回と一緒でお願いします。味方は無しで」
マリンはM・D・Wとの戦闘以降、暇を見てはその時のシミュレーションをしている。
なぜそんなことをしてるのかというと、強化フォームの出力が安定してないからだ。
白橿は朝からやる気に満ち溢れているマリンを見て、仕方ないと言った感じに笑う。
M・D・Wとの戦いが終わって直ぐのマリンは酷いものだった。
それは怪我や疲れもあるが、一番は命の恩人であるイニーが気がかりだったからだろう。
北関東支部の3人は戦いの後に、妖精界にある魔法少女用の医療施設で治療を受けた。
その治療と、一晩休んだことで体調面は良くなった。
目が覚めたマリンは、M・D・Wの事について聞き取り調査を受ける事になり、妖精と聞き取りに来た魔法少女に何があったかを話す。
聞き取りが終わり、イニーについて聞いたマリンに告げられたのは、正式にイニーが戦死となった報告だった。
マリンはイニーが助からないことは分かっていた……いや、分かった振りをしていた。
聴き取りが終わったあと、機器の故障で尺の短いイニーの戦闘動画をマリンは見せてもらった。
タラゴンがイニーを輸送している間は危なげなく、ただその速さに驚くばかりだった。
雨霰の弾幕を突っ切っていく様は手に汗握るものだ。
マリンと一緒にその動画見ている妖精と魔法少女も、食い入るように見ていた。
視点の関係でタラゴンとイニーの表情を見ることはできないが、会話を聞くことができた。
『もうそろそろ離すわよ。準備は良い?』
『……生きて帰って来いなんて言わないわ。どうか……、どうか私達の為に、死んでちょうだい』
『魔法少女としての責務は果たします。
『っ! ……後は頼んだわよ!』
マリンは強く手を握る。
マリンも馬鹿ではないので、タラゴンの意図を読み取ることはできる。
それでも、イニーに死んで来いと言ってるのを我慢するのは難しかった。
イニーの背中から白く輝く翼が生え、1人でM・D・Wへ向かっていく。
「私には絶対無理ね……」
一緒に動画を見ていた魔法少女が呟いた。
恐らくランカー以外でイニーと同じような行動を取れるものは、誰もいないだろう。
人が戦車に挑むなんてものではない。
1匹の蟻が人間に挑んでいる様なものだ。
タラゴンと共に居た時よりも速度が落ち、イニーが時々被弾する度に鮮血が舞う。
だが、タラゴンの時より速度は遅いのだが、回避をほとんどしていない為、M・D・Wとの距離は徐々に縮まって行く。
ただでさえボロボロだというのに、その身を更に赤く染めながら空を飛ぶ。
イニーが新たに魔法を唱え、黒く禍々しい翼を増やす。
そして、イニーの孤独な戦いが始まった。
荒れ狂う魔法。撃ち出される砲弾。押し寄せる魔物。
勝ち目など、最初から見えなかった。
「この動画は何度見ても凄いものだよ。彼女は普通じゃない。だが、愚者ではないのは確かだ」
戦いの結末を知っている妖精はそう評価する。
妖精と人類はあくまでも利害関係だ。
利益のこと以外では、妖精は自分達の好奇心を優先させる。
良くも悪くも、イニーは妖精に認められたのだった。
そんな映像が数分続き、動画が終わる。
その後はマリン達の戦いが流れるのだった。
先程のイニーの戦闘を見た後だと、自分達の幼稚さにマリンは悔しくなる。
イニーが頑張っている中で、自分達はやられて追い詰められてしまった。
動画は流れ、マリンが覚醒するシーンになる。
『負けない。まだ、負けるわけにはいかないのよー!』
動画上のマリンが更なる変身を経て、絶望的な状況を覆していく。
「まだ新人なのに覚醒するなんて、これまでに5人も居ないんじゃないかしら?」
関心する魔法少女だが、マリンとしては自分が泣いているのを見られるのは少々恥ずかしかった。
蜘蛛型の魔物の時といい、イニーが映る動画は何かしら問題が起きている。
その後はタラゴンとマリンが組んで、魔物を殲滅していくのだった……そして……。
「この魔法陣は何度見ても美しい。魔法少女界の最高傑作と言っても良いだろう!」
動画に映る魔法陣を見た妖精が興奮してクルクルと煩く回る。
その魔法陣は確かに恐ろしいものだった。
所狭しと刻まれた幾何学的な文字と、空を覆いつくす大きさ。
1人の魔法少女が使うのにはあまりにも無謀な魔法。
そんな魔力を一体どこから絞り出しているのか、マリンは不思議で仕方なかった。
「この魔法陣の意味って分かるの?」
「勿論さ。分からなかったらここまで興奮するものか。折角だから、掻い摘んで説明して上げよう」
得意げに妖精は胸を反らし、聞き取りに来ていた魔法少女とマリンに悦明を始める。
魔法陣の内容は破壊の概念が込められており、発動すれば最後、指定したものを必ず破壊するだろう。
そんな大それたものを、普通使うことはできない。
魔力程度の対価では釣り合わないのだ。
楓みたいに桁外れた魔力量があれば可能かもしれなが、ボロボロの状態のイニーにそんな魔力が、あるわけがない。
「それでさ、この魔法の対価なんだけど、何と魔法行使者の魂を指定してるんだ。ここまで思い切るなんて、普通出来るもんじゃないよ」
妖精の説明を聞いて、イニーは最初から生きて帰る気がなかったことを知る。
(イニーフリューリング……あなたは……)
最後にM・D・Wの爆発と、それに耐えるタラゴンが映し出されて、動画は終わる。
それからのマリンの気の沈みようは、見てて悲痛になる程だった。
最低限学園に行き、魔物の討伐はするものの、日に日にやつれていき、倒れるのも時間の問題だった。
白橿や天城も何とかしようと頑張ったのだが、実を結ぶことはなかった。
そんなマリンが元気になったのは、今から1週間前からだった。
なんと、マリンが通っている新人用のクラスにイニーが転入してきたのだ。
魔物の討伐数は勿論リセットされており、0となっていたのだ。
生きていたのか、復活したのかは分からない。
とある掲示板では物議を醸していたが、マリンにとってはどうでもいい事だ。
ただ生きていてくれた。それだけで十分だった。
相変わらずの濁った眼と表情を見たマリンは誓ったのだ。
この少女を。イニーフリューリングの横に必ず並び立つと。
本当なら命の恩人たる彼女を守りたいと言いたい。
しかしそんな力が無いのを、マリンは自覚している。
なので、今日も朝からマリンは訓練している。
シミュレーションが終わり、マリンはカプセルから出る。
その顔は膨れており、どの様な結果となったかが窺える。
「今回も駄目だったわね」
「むー。やはり安定しませんね。気を抜くと直ぐに解けてしまいます」
白橿は唸っているマリンを見てやれやれと首を振る。
少し前までは倒れそうで心配だったが、今は頑張りすぎていて心配であった。
もう1度シミュレーションを始めようするマリンにストップをかけた白橿は時計を指さす。
「もうこんな時間! 学園に行かないと!」
時計を見たマリンは慌ててシミュレーション室を出て行く。
勿論、白橿に「失礼します」とあいさつするのは忘れない。
北関東支部にあるテレポーターで学園近くのテレポーターに跳び、そこから徒歩で学園に向かう。
何時もは大体2番目か3番目辺りに、マリンは教室に入る。
マリンが教室に入るとスイープと呼ばれる魔法少女と暁と呼ばれる魔法少女が居た。
「おはようございます」
「おっすー委員長」
「おはよー」
パンを食べながら挨拶を返すスイープと、何かの本を読みながら挨拶をする暁。
授業の時間までは余裕があり、マリンがこの時間に勉強をする。
今日は朝一でテストがあり、それの結果次第では午後に訓練や討伐に行けなくなってしまう。
先週はマリンとタケミカヅチとルーステッド・カリステン・ジ・アリスエルしか赤点を逃れる事は出来ず、半数以上の生徒が午後は勉強をしていた。
それから数分後、ミカちゃんとイニーが教室に入ってくる。
「おはようなのじゃ」
「おはようございます」
古風な挨拶をするミカちゃんと丁寧なあいさつをするイニー。
イニーを見たマリンは、少しだけ顔をほころばす。
席に座ったイニーは外を見て呆けて居る事がほとんどだ。
イニーが勉強できるのか心配になるマリンだが、この不思議な少女の事だから、きっと大丈夫なのだろうと考える。
徐々に生徒達が登校し、学園全体に鐘の音が響き渡る。
新人クラスの担任であるプリーアイズが何も持たないで教室に入って来た。
「おはようございます。今日は先ずテストをしまして、終わり次第シミュレーターで訓練となります」
プリーアイズが指を鳴らすと、生徒の机の上にテスト用紙が現れる。
年齢毎にテストの内容は分かれており、誰かのを見てカンニングするのはほぼ不可能だ。
何故かイニーは首を傾げているが、皆テスト用紙を見ていて気付いていない。
「それでは始めて下さい。カンニングした場合はその時点で失格なので、注意してくださいねー」
各々がペンを走らせ、テストの問題を解いていく。
それはマリンも同じことで、スラスラと解いていく。
(今回も問題なさそうね)
テストを解いてる途中で、チラリと横に居るイニーを見る。
ちゃんとテストを解いていけてるか気になったのだ。
もし赤点を取るようなら、私が勉強を教えようかな、なんてことを考えながら。
だが、イニーの手は素早く動いていた。
一時として考える仕草すら見せず、スラスラと問題を解いている。
マリンは内心で驚きながらも、自分のテストを進めていく。
教科はイニーが転入する際に受けた4科目であり、制限時間は3時間だ。
テスト開始から40分。イニーが手を挙げる。
「どうしましたかイニーさん?」
「終わりました」
あまりの速さに、スイープが「マジかよ」、と声を上げる。
プリーアイズはタラゴンに言われて、11歳用ではなく14歳用のテストを用意していたのだが駄目でしたかーと内心で呟く。
「はい。それではイニーさんはシミュレーターで訓練していて下さい」
テストを提出したイニーはそのまま教室を出て行く。
マリンも負けてられないと、急いでテストを解いていく。
時々聞こえる呻き声を無視する事1時間。やっとテストを解き終える。
「終わりました!」
「お疲れ様です。それではシミュレーターへどうぞ」
教室を出るまではゆっくりと歩き、教室を出た後は足音を立てない程度に急ぐ。
新人クラス用のシミュレーター室に入り、カプセルに入る。
マリンがシミュレーション内に入ると、イニーはフードを被って寝ていた。
イニーは必要が無い時は常にフードを被っている。
それは何故なのかとマリンは考えたことがある。
顔を隠す為か、眼を隠す為か。或いは誰とも関わりたくないという心理的な物か。
マリンとイニーが会うのは学園の時で4回目だ。
蜘蛛型の魔物で助けられ、一緒に食事をし、M・D・Wで別れ、学園で再び出会った。
イニーがミカちゃんと話しているのをみると、マリンは少しだけもやもやしてしまう。
そのもやもやが何なのかをマリンは分からない。
だが、この何気ない様子で寝ているイニーを見ていると、少しだけ優しい気持ちになれる。
この不思議な少女が笑った所を、マリンは今の所見た事ないが、出来るなら最初の笑顔は自分に向けてほしい。
寝ているイニーの隣に座り、空を見上げる。
魔法少女をしていれば、何時死んでしまうか分からない。
もしかしたら今日……或いは明日。
誰もが魔物が居なくなる日を夢見ているが、”始まりの日”から50年。
未だにその日は訪れていない。
もしも、終わりが無いというのならば……。
マリンがそんな事を考えていると、隣から布の擦れる音がした。
ハッとして横を見ると、イニーが起きている。
「おはようイニー」
「おはようございます。訓練をしてなくて良いのですか?」
「テストの日位、ゆっくりしても良いでしょ?」
イニーこそ寝てないで訓練しなよと言いたいが、マリンもイニーも、既に新人のレベルは越えている。
マリンは覚醒すればB級を雑草の様に狩る事ができ、A級ともやり合える。
ただ、安定はしていないので、要訓練である。
イニーも杖さえあればS級とやり合えるが、杖がない今は1対1での戦闘は苦手である。
それでもB級なら負ける事は無い。
イニーはそうですかと答え、2度寝を始める。
イニーが次に起きるのは、テストを終わらせたスイープに抱き着かれた時だった。
マリンの何気ない1日は、こうして過ぎて行った。
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