魔法少女は寝る

 静かな一室で、女性は本を読んでいた。

 ページを捲る音だけが部屋に響き、紅茶を飲みながら読書を嗜む。

 

 そんな部屋の空間か歪み、そこから1人の魔法少女が這いずって出てくる。


「おや? ロック……ってどうしたんだいそれは?」


 イニーの魔法からギリギリ逃げ切ったロックヴェルトの状態は酷いものだった。

 身体中に裂傷があり、あちこちが凍っている。

 その氷は帯電しており、常にロックヴェルトに痛みを味わわせていた。


「ジャンヌにちょっかい出したらへましてね。とりあえず治してくんない?」


 読書をしていた女性はやれやれと言いながら変身し、魔法少女となる。

 手には赤い大きな本を持ち、数ページ捲ってから魔法を唱える。


「オールヒール」


 ロックヴェルトを淡い光が包み、氷は粒子になって消えていき、傷付いた身体が治っていく。

 

「助かったわー」

「それで、今回は誰にやられたんだ?」

「それが分からないのよね。白いローブでフードを被ってる魔法少女って知らない?」


 女性は白い……白いねーと呟き、スマホを取り出した。

 1分程指を滑らした後に、画面をロックヴェルトに見せる。


「そう! こいつよ! 間違いないわ! 遠目だったけど、見間違えるはずないわ」


 ロックヴェルトは画面を指差し、狂乱の笑みを浮かべる。

 その画面にはイニーフリューリングのプロフィールと姿が表示されていた。


「イニーフリューリング。愛称はイニー。一時期はランキング18位まで上がるも、戦死となる……か」

「あら? リンネはこいつの事知ってるの?」


 ロックは氷のせいで冷たくなった身体を温めるために、ストレッチしながらリンネに聞く。


「魔女が用意したM・D・Wを倒した魔法少女だからね。なぜお前は知らない?」

「ジャンヌ以外はあまり興味ないのよね。それで戦死したって言ったけど、生きてたわよ?」


「M・D・Wの自爆が直撃してるはずなのだが、何故か生きてるし、ランキングも初期化されているみたいだね」


 イニーが何故生きているのかを知っているのは現状ではアクマしかいない。

 だがアクマの存在を知っている人類は今のところイニーである、ハルナだけだ。


 ハルナの前以外では常に憑依しており、誰にも存在を悟られないようにしているアクマ。

 そこまでして存在を隠す意味を知るのは、何時になるかは分からない。


「魔女は何か言ってなかったの?」

「笑うだけで何も教えてくれなかったね。結局、どうして生きているのかは謎のままだ。もしかしたら、我々の弊害になるかもね」


 

「私としては、殺しに行ったら闇討ちされるとは思わなかったわ……この借りは必ず返してやる」

「そもそも君は戦闘要員ではないだろうに……。また魔女に怒られるぞ?」

「私1人死んでも計画に支障なんてないでしょう? その魔女は、今は何処に?」


「さてね。日本か北極のどちらかだと思うよ」

 

 ロックヴェルトは気のない返事をして、リンネの部屋を出て行こうとする。

 リンネはその様子を見て、馬鹿なことをしないでくれと祈るが、ふとある人物の依頼を思い出す。


「そうだロックヴェルト。治した謝礼として1つ依頼を受けてくれないか?」

「良いけど、なに?」

「来週の水曜日に1人の魔法少女を殺しほしいって依頼だ。名前はタケミカヅチ。日本の東北支部所属の新人魔法少女だよ」


 ロックヴェルトは顎に指を添えて、悩むような仕草をする。

 つい先ほど日本で酷い目にあったばかりなので、またトンボ帰りするのは嫌だ。

 だがリンネに治してもらった分の仕事はしないと、後が怖い。


 日程を指定されているので、それまでは休むこともできる。

 イニーによって与えられた怪我はリンネが治してくれたが、身体の芯の方にはまだ違和感が残っている。


 とりあえず、受けるだけ受ければ良い、と最後は自分を納得させた。

 

「良いわ。来週の水曜日ね。詳細は後で送っておいてね」

「分かった。それでは頼むよ」


 今度こそロックヴェルトはリンネの部屋を出て行き、リンネだけが残される。


「イニーフリューリング……ね」


 日本の防衛戦力がタラゴン1人の時に現れた魔物のM・D・W。

 それは彼女が魔女と呼ぶ者が遣わしたものだった。


 5位であるタラゴンと6位であるフルールは、何かと彼女達の邪魔となっていた。

 そのタラゴンを排除するために、M・D・Wを使ったのだ。


 M・D・Wでタラゴンを倒すことは出来ないだろう。

 だがM・D・Wの自爆はタラゴン以外には有効だ。


 後はタラゴンが折れてくれればそれで良かったのだが、それは1人の魔法少女によって阻止された。

 しかも新人の魔法少女だ。


 リンネ達にとっては完全にノーマークだった。


 イニーとM・D・Wが戦っている動画の時間は短い。

 その動画からでは、イニーがM・D・Wを倒せるとは思えない。


 奇しくも、その感想は楓と一緒のものだった。


(排除するべきか、静観するべきか)


 リンネは悩む。最後の決定を下すのが魔女だとしても、案を出すのはリンネだ。

 最後には全て消えてなくなる。だが、過程はしっかりと決めておかなければ、破綻する可能性は否めない。

 

 リンネはカップに残っている紅茶をゆっくりと飲み干し、ソーサーに戻す。

 変身を解いて、読書の続きを始めるのだった。


 アクマに破滅主義と呼ばれる彼女達は静かにだが確実に、世界を破滅させようと行動しているのだった。



 そんな話が世界のどこかで話されている頃、イニーは寮で怠けていた。


 平日の午前はマリンと訓練し、初日以外の午後は魔物の討伐をしている。

 やっと休日になるも、ジャンヌにお願いされていた治療会の助っ人をしていた。


 治療会自体は問題なく終わったが、その後が大変だった。

 破滅主義の魔法少女であるロックヴェルトによって、結界に閉じ込められたのだ。


 ジャンヌの囮作戦により、ロックヴェルトを倒すことはできたのだが、逃げられてしまう。

 そこで終わればよかったのだが、ロックヴェルトの結界が解けた際に、魔物がイニーの後ろに現れたのだ。


 それは現状のイニーでは倒すのが難しいS級のドラゴン型の魔物だった。

 

 魔力が底をつきかけていたイニーは走って逃げるも、ドラゴンのブレスに焼かれそうになるが、颯爽と駆け付けたグリントに助けられたのだ。


 ヘトヘトになりながら寮に帰ってきたのが昨日の話だ。


 何時も憑依しているアクマはハルナのスマホとPCを弄り回し、疲れているハルナはジャージに着替えて、布団でうつ伏せになっていた。


「やっぱりハルナのスレは盛り上がってるねー。はい削除っと」


 アクマは【新生】イニーフリューリングを語るスレ101【白魔導師】と呼ばれる掲示板をニコニコ顔で眺め、検問を行っていた。


 世の中、有名になれば信者やアンチが湧いてしまう。

 それはどの掲示板でも言える事だが、イニーの掲示板はアクマが定期的に検問しているので、荒れることが少ない。


 因みに実際に自分の事を語られている掲示板を見せられたイニーは、顔が真っ赤になって悶え苦しんだ。


 何時もは大人だ社会人だと言っているイニーでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

 イニーの休日は、このまま寝て終わるはずだった。


 休日は身体を休めるために使うのは、社会人の義務であるのだ。

 そんな事を考えているイニーの元に、忍び寄る影があった。

 比較的運の悪いイニーに、平穏は訪れない……。

 

「おや? タケミカヅチが部屋に近づいてきてるよ」


 イニーは内心でめんどくさいと思いながらも、身体を起こす。

 アクマはふよふよと飛び、イニーに憑依する。

 アクマはイニーの前以外に姿を現していない。


 それについてイニーは不思議に思う事もあるが、アクマははぐらかすばかりで答えてくれないのだ。

 

 呼び出し音が鳴り、イニーは仕方なく玄関に向かう。

 呼び出し用のモニターにミカちゃんが映る。


「少々相談事があるのじゃが、中に入れてくれんかのう?」


 彼女は少し不安げな表情で、イニーに入室を求める。

 その表情にまた厄介事だろうかと、イニーは思うも部屋の中に招き入れる。


 冷蔵庫から来客用に買っておいた、ジュースをコップに入れ、ミカちゃんに渡す。


「すまぬのう。わらわの単独討伐日が決まったので知らせようと思ったのじゃ。来週の水曜日の午後で、魔物が出次第となるのじゃ」


 それはミカちゃんとイニーが約束していた、魔物の討伐についての相談だった。

 ミカちゃんの表情が不安げなのは、先日起きた東北支部の不祥事が関係している。


 東北支部のトップ層に居た魔法少女の1人が、邪魔となる魔法少女を秘密裏に殺していたのが発覚したのだ。

 それは東北支部の一部の職員と魔法少女が共謀してたせいで、これまで発覚することが無かった。


 しかし謎の魔法少女によって現場を押さえられ、楓主導の元、制裁された。

 これで事件は終わりかと思いきや、ミカちゃんの元にとある噂が広がって来た。


 要約すると東北支部の新人の命が狙われているというものだ。


 自分の命が狙われていると言われて、冷静でいられる人は、そうはいない。

 その事と、実際に魔物の討伐日が決まったことをイニーに知らせに来たのだ。


「分かりました。その日は空けておきます」

「うむ。じゃがな、もしかしたらわらわは命が狙われておるらしいのじゃ。じゃから、イニーは来なくても良いのじゃぞ?」


 ミカちゃんは指をもじもじさせながら、イニーの様子をうかがう。

 本当なら魔物の討伐は中止した方が良いだろう。

 だが魔物が出たならば、それは討伐しなければならない。


 魔物から逃げるというのは、魔法少女としては決して、やってはいけない行為だ。

 確実にミカちゃんの命が狙われているというのなら、ベテラン魔法少女に付き添ってもらうのもありだろう。


 しかし、ただの噂で動ける程、魔法少女の人数は多くない。

 ミカちゃんは噂とはいえ、イニーは巻き込みたくないと思っていたのだ。


「……頼まれたのですから一緒に行きますよ。何かあれば私が対処します」


 一瞬間があった後、濁った眼でミカちゃんを見つめる。

 何を思ってそう答えたかはイニー本人とアクマしか分からない。

 魔法少女が嫌いと言いながらも、助けを乞われれば助けてしまう。


 そんな矛盾を抱えてるのが、イニーフリューリングなのかもしれない。


「う……む。ありがとうのう。正直、イニーに断られて、実際に命を狙われでもしたらと考えると……」

 

 ミカちゃんが所属してい東北支部は不祥事があったばかりで、頼れる相手が少ない。

 他の新人仲間と言っても、頼れるとしたらマリン位だ。

 一応プリーアイズ先生に頼る事は出来るが、子供が大人を頼るのは中々難しいものだろう。


 イニーはミカちゃんの頭を優しくなで、大丈夫と、ささやく。

 子供をあやす様な行動と、無表情が相まってミカちゃんはおかしくて笑う。

 

「くふふふふ。すまぬのう。年下のイニーに慰められるとはな。うむ! わらわはもう大丈夫じゃ! ジュースをちそうになったのう。水曜日はよろしく頼むのじゃ」


 ミカちゃんは吹っ切れたような笑顔で笑い、イニーの部屋を後にした。

 

 部屋を出て行くミカちゃんを見送ったイニーは再び布団でうつ伏せになる。

 そんな状態で、急に来て、笑いながら去っていたミカちゃんの表情を思い浮かべる。


 魔法少女なんてろくでもないし、嫌いだ。

 だが、困ってる人が居るなら助けるのが大人だろう。

 

 そう自分に言い訳しながら、イニーは眠りについた。

 イニーの身体はうつ伏せから横になり、ゆっくりと丸まっていき、膝を抱える様な格好になる。

 

 アクマはそんなイニーを見守りながら、写真を撮るのだった。

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