目覚めた魔法少女は追い込まれる

 意識が浮上する。俺は死んだのだろうか? それとも生きているのだろうか?


『やあハルナ。お目覚めかい?』


(あれから一体どうなったんだ?)


『作戦は成功。ハルナを含め誰も死者は出てないよ。それと、ハルナにお知らせがあります』


 お知らせ? 何か聞きなれた声のトーンだから、悪い予感がするが……。

 

『最初に治した榛名史郎としての身体なんだけどね……無くなっちゃった』


 (ふむ。ふむ? えっ、何で)


 いや、M・D・W討伐の際に死ぬ気だったからあれだけど、折角生きていられたなら戻りたいのだが?


『M・D・Wが爆発した時にね。ちょっとズルをしてね? まあ、生きていられたから良いじゃないか!』


 何をもって良かったんですかね? 確かに生き残れたみたいだけど、俺の本体死んでるから!

 いや……うん。何度考えても、何も良くないね。


 とりあえず、アクマのお知らせは分かった。かなり悪い知らせだったが、今は現状を知りたい。

 

(知らせは分かったが、ここは何所だ? 身体は動かないし、目を開く気力もない)


『今は妖精界にある、楓の執務室の仮眠室だよ。あれから3日経過してるね、ついでに怪我は全部ジャンヌが治してくれたよ』


 3日か……。3日!? 家の家賃支払うの忘れてた。先月も仕事の関係で忘れてたから、後が無かったのだが……。多分帰ったら閉め出されてるだろうな~。


 男には戻れなくなるし、家は追い出されるし、挙句に戸籍も無いから困ったぞ……。

 こんなん少女じゃ大家さんに話を通す事が出来ないし、家の中の物は諦めないといけないな……。


 金だけはあるが、困ったものだな。


 それとジャンヌさんか。確かランキング8位のマッドヒーラーだったけな? あんな状態の俺を治せたのだから、公式サイトマジカルンの情報も当てにならんな。腕3本治せる程度では、俺を治す事は無理だろう。


(後でお礼を言わないとな。それにしても、もう戻る事は出来ないのか……)


『まあまあ。生きていられたんだから良いじゃないか! 明日がハルナを待ってるよ!』


 その明日が宿無しのせいで真っ暗闇になりそうなんだがな~。

 まあ今は身体が動くようになるまでは休みしかないか。


(これ以上情報を貰うと気持ち悪くなりそうだから、また寝るとするよ。また後でな)


『おやすみハルナ。良い夢を』


 今悪夢みたいな真実を告げられた俺に言う事か?

 まあ、今は休むとしよう。


 そして、再び目が覚める。

 今度は瞼を開く事が出来た。

 白い天井に白い壁。本当に死んでないんだな、俺は。


 呆けて天井を見ていると、扉が開く音がした。


「イ……ニー?」


 この声はタラゴンさんか。アクマから聞いて助かってるのは分かっていたが、実際に声を聞くと安心するな。


「おはょ……ござぁ……ます」


 喉が渇いているせいで声が出ないな。首位は動かせるが手足を動かすのはまだ難しそうだな……。

 ああ、本当に良かった……。オーダー契約は守れたようだ。

 そんな感じで考えごとをしていたらタラゴンさんに抱き着かれた。痛いので力弱めてくれませんか?

 

「本当に……本当に良かった!」


 タラゴンさんから流れる涙が布団を濡らす。手が動くなら撫でてやりたいが、今は無理だからな……。

 それより喉が渇いた。


「みずぅ……を」


「あっ、ごめんね。……はい」


 タラゴンさんに、コップに入った水を飲ませてもらう。あぁ~生き返るわぁ~。

 ただ、女性に看病されるのは慣れないな。


「ありがとうございました」


「良いのよ。実際助けられたのは私達の方だからね。調子はどう? 何処か悪い所とかない?」


 起き上がる事も手足を動かす事も……あっ、俺回復魔法使えるんだった。


穏やかな回復リル・ヒール


 ふむ。うまく魔法が発動しないが、とりあえず問題はなさそうだな。そう言えば杖はどうなったんだ?

 身体を起こして、背もたれに寄っかかる。

 

「そう言えばあなたも回復魔法使えるんだったわね」

 

 M・D・W戦の時も開始前に皆を治して以降は殆ど使えてなかったからな。最低限の止血と再生だけに留めて、リソースは全て攻撃に割り振っていた。


「ご心配お掛けしました。御恥ずかしながら、生きて帰ってきました」


「ええ。お帰り。あなたのおかげで、誰も死ななかったわ」


 タラゴンさんの泣き笑いが眩しい。色々とあったが、戻って来られたんだな……。

 戻ってきたら戻って来たで、問題が山積みなのが、困ったところだが……。


「動けるなら、丁度楓も居るから。何があったか聞かせてもらえる?」


 う~む。正直俺も何がどうなったか分からないんだよな。第二形態闇落ち以降の事が朧気にしか思い出せないし。最後は一体何がどうなって、俺は生きていられたんだ?

 

『おや、いつの間にか目が覚めてたんだね。タラゴンも居るんだ』

 

(おっアクマ。何か報告を上げてほしいみたいだけど、どうする?)


『基本は覚えていないで通せぼ良いんじゃない? 細かい所はこっちで補完するよ』


(了解)


「大丈夫ですよ。魔法も効いているので動けます」


 ベットの下に置いてあるスリッパを履いて立ち上がるが、何だか違和感があるな。

 軽く周りを見渡して気づいたが、服がローブから病人服に変わっている。


 頭の後ろにフードが無いと、落ち着かないな……。


 隣の部屋に行くと楓さんが座って仕事をしていた。ここが楓さんの執務室か……。

 何というか、楓さんらしいスッキリとした内装だな。扉だけ妙に違和感があるが、何故だ?

 

「目が覚めたのですね。御加減はどうですか?」

 

「御迷惑お掛けしました。とりあえず動くことはできます」


 角度が30度になる様に心掛けて頭を下げる。いや、ここは少女らしくしといた方が良かったか?

 寝起きのせいか、まだ血が足りてないのか、頭がうまく回らない。

 

「先ずはそこにある、ソファーに座ってください。タラゴン。お茶とお菓子をお願いしても良い?」


「良いわよ。楓は熱めで良いのよね? イニーはどうする?」


 イニー? ああ。イニーフリューリングが長いから縮めてるのか。

 長いと思ってたし、その案は頂こう。


「ぬるめでお願いします」


「分かったわ。座って待ってなさい」


 ランキング1位の部屋にあるソファーなだけあって、良い座り心地だな。背もたれに寄っかかりたくなるが、相手は一応上司の様な相手だ。しっかりと、背筋は伸ばしておこう。


「さてと、それでは何が起きたのかを教えて貰えますか?」


『最初の方はそのまま話して良いよ。作戦開始して、タラゴンと別れてからはこっちで話すよ』


(了解)


 恐らくあの時居た警官からも。話が漏れている可能性を考えて、無理が無い程度に自分に都合良く話さなければ。


 公園で自主トレーニング中に警官と会い、運悪く結界に取り込まれた事を、先ずは話す。

 そしてスターネイルと結界内で合流。一般人を救助しながら進み、タラゴンさんと合流。


 その後、M・D・Wとの会合を果たした。


 ここまで話した所で、タラゴンさんが紅茶とお菓子を持ってきてくれた。先程水を飲んだが、話していると喉が渇く。軽くビスケットも摘まんで腹も満たしておく。空きっ腹に甘味が染みる。

 

「そうでしたか。マリンに聞いたのですが、合流した時点でかなりボロボロだったと聞きました。合流までに何があったのですか?」


 ああ、そうだったな。道中の魔物は強いって程でなかったが、救助やスターネイルがな……。

 別に擁護する気は全く無いが、終わった事をネチネチネチと責めるのはあまり好きじゃない。


「ああ。その事なら本人から証言を貰ってるわ。報告上がってなかったの?」


「そうだったのですか。私も帰って来たばかりなので、まだ全部確認してないんですよ」


 俺が話さなくても話が進みそうだな。それなら何も話さなくて良いだろう。


「一応、タラゴンさんと合流するまでの話はここまでになります。このままM・D・W討伐について話しても?」


「はい。出来れば休みを入れてからとしたいのですが、私もあまり時間がないものでして……」


 日本だけではなく、世界中を飛び回ってるから仕方ないな。テレポーターがあるとはいえ、大変だろう。

 俺も早い所今後について考えないといけないし、さっさと自由になりたい。


「分かりました」

 

(んじゃ、任せたよ)


『分かってるさ。後は私が話すから、抵抗とかはしないでね』


「タラゴンさんと別れた後、私はM・D・Wに接敵し、砲台の破壊と魔物の殲滅を開始しました」


「その辺りまでは映像が残っていたのだけど、それ以降は機器の故障みたいで、どうやってM・D・Wが倒されたのかが、不明のままなんです」


(アクマさん? 映像撮られてたみたいですよ?)


『大丈夫さ。ちゃんと把握しているし、何故かハルナの顔は映ってなかったから、安心して良いよ』


 ああそうなのか。驚いてしまったが、大丈夫ならいいや。

 

 「苦しい戦いの中、途中で私の魔力は底を突き、砲撃の直撃をもらったため動けなくなりました……」


 ここまでは大体合ってるな。その時に吹き飛ばされて更にボロボロだったってのもあるけど。

 何故か緊張した空気が流れるが、アクマはなんて言い訳するんだ?


 俺の右腕がアクマの操作によって胸の辺りまであがっていく。


「私の能力は魔法なら制約を守れば、大体のものは使えます。なので、魔力の代わりが使えるようになる、魔法を使いました」


「あなたもしかして……」


「魔力が尽きた時点で、私は生きて作戦を終えられない事が分かりました……」


 そっと腕が胸を抑える。俯くタラゴンさんと、真面目な目で見つめてくる楓さんが少し怖い。


「その後、私は命を糧に戦いを継続しました」


 そう言えば、も肉体も魔法の糧として消費したはずなのに、何で俺は生きているんだ?

 もしかして、俺の本体男の身体が無くなったのって、そういう事か?


「そうね。でも、正直その程度ではあのM・D・Wを倒せる理由にならないわ。あなたは一体何をしたの?」

 


 まあ、命を糧にして倒しました位じゃあ誤魔化せないか。燃料魔力もそうだが、出力威力側にも問題があったからな。

 最初に戦ってる時の映像を見ていたから、そこら辺を誤魔化せないか。


「正直私も朧気なのですが、砲台を全て壊し、魔物を全て倒した後は多少覚えています」


「あの巨大な魔法陣ね。考察班の妖精達が興奮して煩かったわね……」


 俺を核にして、存在を代償に使った魔法だからな。そこまでやってやっと倒せたM・D・Wが凄いのか、そこまでしなければ倒せなかった、俺が弱いのか……。


 そもそも、新人魔法少女が関わるような魔物ではなかった事だけは確かだな。


「あれは私という存在を糧にして、発動させた魔法です。なので、私としても何故生きていられたのかは分かりません」


 一番重要な所は誤魔化しているし、第二形態闇落ちについても話していない。最後については俺が知りたいから、後でアクマから詳細を聞こう。


「成程。魔力や魔法については、未だ解明されてないのが殆どですし。何より、あなたか生きていてくれたことは喜ばしい事です」

 

「本当にごめんね……。私に……私がなんとか……」


 またタラゴンさんが泣き出してしまった。気持ちは分からなくもないが、やはり女性の涙は見たくない。かと言って、俺に気の利いた言葉なんて言えるはずがないが……。


「タラゴンさん。私は帰って来られましたが、まだ作戦は終わってません。私に最後の指示を」


 タラゴンさんが驚いて涙が止まり、かすかに笑う。

 

「ふふ。あなたはそうやって……。イニーフリューリング、作戦は成功しました。あなたを含め、誰1人犠牲はありませんでした。なので、今はゆっくり休んでください。本当にありがとう」


 これでタラゴンさん側のオーダー契約も終了だ。


「この件は一応、此処だけの機密としましょう。それと、現在イニーフリューリングは死んだことになっています」


「え? 私この子を担いで此処まで来たの結構見られてたわよ」


 おや? 雲行きが怪しくなってきたぞ?


「あんな赤黒い塊が誰かなんて誰も分かりませんよ。他から上がってくる情報も、イニーフリューリングは死んだと上がってきてまして、少し困っているんですよね」


「私もイニーを助けた事誰にも言ってなかったわ……。どうするの?」


 本当にどうするんですかね? 今更魔法少女を辞めるとかはないけど、そっちまで戸籍無しは困る。


「イニーフリューリングの経過観察後になりますが、宜しければ1からやり直しませんか?」


(どういうことだ?)


『楓の端末を少し覗いたけど、ちょっと面白そうだね』


 首を傾けて楓さんをみると、楓は端末を取り出し、1枚のホログラムを映し出す。


「イニーフリューリングとしての活動記録を抹消し、新人の魔法少女として1から学びませんか?」

 

 魔法少女学園日本支部? えっ、今さら学校に行けと?


「親や、定住している家とかはありませんよね?」


 先程家無しになりましたとは少々言いにくいし、もしも本当に男に戻れないとなると、戸籍が……。


 ここは素直になっておくか。


「親も、家もありません」


 前回もそうですが、そんな悲痛な眼は止めてくれません? 今回は俺にもダメージがあるから。


「学費については私が工面するので安心してください。家については、学園に寮があるのでそちらでどうですか?」


「私の家に来るのでも良いわよ。あんまり居ないけどね。それと、頼れる人が居ないなら私の養子か妹にでもなる?」


 タラゴンさんの家にお世話になるか、少女達と寮で過ごすか……。


(アクマ。俺はどうすれば良い?)


『戸籍は最悪の場合無くてもここ妖精界なら問題ないけど、後々困るからねー。タラゴンの養子にでもなっといて、寮で生活とかどう?』


 タラゴンさんの養子とか地獄を見る未来しか見えないのだが……。


 どれも選ばなければ家無し戸籍無しで路頭に迷い。学園に行っとけば、とりあえずは時間が稼げるか……。


 苦悩の結果、俺はタラゴンさんの妹になる事になった。学園側の準備が整うまでは、タラゴンさんの家でお世話になり、それ以降は寮で暮らす流れとなる。


 活動記録も一度綺麗さっぱりと無くなり、また1からの再スタートとなる。

 お茶会で約束したことは適応されるので、雑魚G~E級は禁止されたままであり、魔法少女の救助も、出来る限りやって欲しいとの事だ。


 名前はそのままでも大丈夫な辺り、雑というか、おざなりというか……。

 

 今日はこのまま仮眠室で過ごして、ジャンヌさんに見てもらった後に、何事も無ければそのままタラゴンさんの家に行くこととなる。


 俺はタラゴンさんから逃げられないのだろうか? グリントさんに会いたくなってきた……。

 

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