魔法少女ジャンヌはニヤニヤ笑う
「親も、家もありません」
それはイニーフリューリングが実際に、楓とタラゴンに向けた言葉である。
「イニーは寝たわよ」
自分の執務室で先程のお茶とお菓子の片づけをしている、楓にタラゴンが声を掛ける。
楓は当初の予定通り、イニーフリューリングを学園に入れる事に成功して、少しだけはしゃいでいたが、イニーフリューリングの言葉が脳裏から離れないでいた。
「怒鳴りこんで来た時はどうなるかと思いましたが、何とかなって良かったです」
「あの時はすまなかったわね。諦めてた所に現れたんだもの。焦るのは仕方ないと思わない?」
タラゴンも今思い返すと、少々恥ずかしくあるので、なるべくそっけなく返す。タラゴンの人生の中であれだけ絶望と希望が行ったり来たりしたのは、初めてだった。
「ふふ。それより、予想通りでしたね」
「親とか家の事? まあ、あんだけ
お茶会で会った頃から分かってたことでしょう? とタラゴンは楓に返す。
フードを取って露になった、容姿とは不釣り合いな眼。あれ程の眼をするようになった原因を知りたい。それはタラゴンと楓が思っていることだった。
「それで、本当に引き取る気なんですか?」
楓は先程の事の真意を訊ねる。イニーフリューリングに本当に親がいないなら問題ない。
それに、タラゴンの信用問題も、魔法少女としての地位が役立つ。
タラゴンの性格を知っている楓は、タラゴンがイニーフリューリングを引き取ること自体は否定しない。だが、過去にシミュレーションで爆散させられた相手の妹になるのは、どんな気持ちなのだろうか気になる。
「私ももうそろそろいい歳でしょ? もしイニーが助かってなければ引退する気だったし、それまでの繋ぎよ。イニーには私の想いを継いでもらうわ」
タラゴンは楓がまだ読んでいない、報告書を流し読みしながら答える。
「いい歳ってまだ22歳じゃないですか……。それにしても、イニーってなんです?」
「イニーフリューリングって長いでしょ? 色々考えたけど、イニーって呼ぶのが1番言いやすかったのよ」
タラゴンは少しだけ赤くなった頬を搔きながら答える。他の案としてフィーリとかフリューとかも考えていたが、微妙だったのでボツにした。
「タラゴンの家ってどこでしたかしら? 何か必要なものがあれば、此方で手配しておきますよ?」
サラッとタラゴンがまとめた報告書を読む、ザックバランになっていた報告書が読みやすくまとめられており、楓はタラゴンがやはり優秀だと再確認する。
もしもM・D・Wの討伐に赴いたのがタラゴン以外だったら……。
1位と2位の魔法少女には、最後の爆発を抑え込む魔法がある。
だがあれ程の距離で迎撃用の魔物を召喚されたら、一般人と3人の魔法少女の死は免れなかったかもしれない。
他のランカーも倒す事は出来ても、犠牲無しでは恐らく無理だろう。イニーフリューリングが居たから取れた作戦だが……。
楓は報告書を読みながら、チラリとタラゴンを見る。
いつの間にか仕事の手伝いをしてくれている、同僚であり、先輩である魔法少女。
順位なんてものはあるが、楓はタラゴンの悪癖以外は尊敬している。
その悪癖も一応理由があるのを知ってるが、それで辞めた魔法少女も居るので、人材不足で喘いでいる楓としては困っている。
そしてイニーフリューリングが生きていなかったら、魔法少女を辞めていたと言っていたが……。
現在10位以内に入れる可能性のある魔法少女は2人居るが、その2人と現在のランキング10位以内で、一番仕事が出来るのはタラゴンである。
書類仕事は勿論。人付き合いや作戦成功率。色々馬鹿な事もするが、結局1番頼りになるのはタラゴンだった。
一応9位の魔法少女も仕事は出来るのだが、書類仕事や事務から手が離せないでいる。
そして魔法局の雑務と妖精局の雑務を兼任しているせいで、魔法少女としての仕事は疎かになってしまっている。
仕方ないのは分かっているが、魔物の討伐もしっかりとこなしてほしいと思う楓であった。
「必要なものも何も、お金は有り余ってるから大丈夫よ。イニーが寝てる間に緊急以外の仕事も終わらせたから、しばらくは休ませてもらうわ。それと家は
「分かりました。妖精局も魔法局も、文句は言わないでしょう。何かあれば連絡しますね」
その後、タラゴンは楓の溜まっていた仕事の半分を片付け、執務室を出て行った。
お茶会から数えて約1週間。楓はイニーフリューリングの情報を集めていたが、何1つ情報を得る事が出来なかった。
それがタラゴンの庇護下に入る形で、状況を見守る事が出来るようになった。
イニーフリューリングは、強さで言えば今の所ランカーには成れないだろう。
だが、一般の魔法少女の中ではずば抜けた強さと、特異性を持つ。
そしてM・D・Wでみせた奇跡。
楓はイニーフリューリングとタラゴンには機器の故障と言ったが、実際は原因不明のままだ。
映像を管理している妖精も、何故映像を映す事が出来なくなったのか、分からないと言っていた。
M・D・Wが倒されるまでの間に、イニーフリューリングは何をして、何を起こしたのだろうか……。
先程も無表情で当たり前の様に命を捨てたと言い、存在すら捨て去ったと言った魔法少女。
将来が楽しみなはずなのに、楓の心には
人類の行く末は穏やかな死か、それとも永遠の戦いか。
”始まりの日”から始まった戦いは、今もなお終わりを見せない。
見せかけの強さなど、そんなものは今は必要ない。
必要なのは、”始まりの日”が”終わりの日”を迎えるための方法だ。
楓は次の世代交代について考える。
恐らく……コンコン。
考え事をしながら仕事をしていた楓の耳に扉を叩く音が響く。
「どうぞ」
ゆっくりと扉が開き、チラリと白衣が覗く。少し痩せこけ、眼鏡をかけた魔法少女が入室する。
「やあ楓。例の子が目覚めたんだってね」
「ジャンヌでしたか。今は寝ていますが、動ける程度には回復してましたよ」
「そうか。彼女について少し調べたんだが、回復魔法が使えるようだね。それも結構な練度で」
ジャンヌはソファーに腰掛け、懐からブロック形状のスティックを取り出し、食べだす。
楓はその様子を見守りながら、軽く首を振る。
「何時もそれを食べてますが、偶にはちゃんと食事をした方が良いですよ? 回復魔法については参考となる動画が1本ありますが、見ましたか?」
「栄養はこれを食べてれば補えるから楽なんだがね。動画は見たよ。彼女が全快してからで構わないが、時々私の助手として貸してもらえないだろうか?」
楓はジャンヌの提案について考える。イニーフリューリングの承諾さえ得られれば、悪くない提案である。
今回イニーフリューリングを治してもらった借りもあるので、特に問題となる問題もないのだが……。
「ちゃんとお世話は出来ますか? 相手はまだ11歳の子供ですよ?」
趣味人であるジャンヌは、興味があること以外についてはガサツだ。現在も食事が面倒という理由で、固形栄養食で済ましている。
執務室も散らかっており、偶にタラゴンが掃除したりしているが、一向に綺麗にならない。
「失敬だね。これでも私は25歳の大人だよ? 子供の1人や2人わけはないさ」
心外とばかりにジャンヌは首を振るが、楓はジャンヌに前科があるのを知っている。
回復魔法が使える魔法少女を、自分の助手として酷使し、逃げられた前科だ。
だがあの濁った眼をしている彼女なら、案外ジャンヌと気が合うのではと、楓は思わなくもない。
「それについては、本人とタラゴンに聞いて下さい。診察は、明日の朝お願いする形で大丈夫ですか?」
「分かった。また明日の朝来るとしよう。だが、何故タラゴンの許可が必要なんだ?」
楓はタラゴンがイニーフリューリングを引き取り、妹にすることと、学園に通う事になった話をする。
それを聞いたジャンヌは良いネタが出来たと、ニヤニヤ笑う。
ジャンヌは多忙だが、趣味の為なら少々の無茶はやってのける。
このニヤニヤとした笑みがタラゴンやイニーフリューリングを困らせる事になるかは、誰にも分からない。
「成程ね。まあ、若いから学園に通わせるのは分かるが、今は死んだことになってるだろう? どうするんだ?」
「同名の魔法少女はこれまでも沢山いますので、そのまま再登録する予定です。少々魔法局のやっかみもあったので、これでスッキリとなるでしょう」
「活動1カ月で死んで、また登録とか本人だとバレそうなものだがね……まあ、幸い顔も割れてないようだし、大丈夫そうだが……私が知ったことではないな。話す事は話したし、また明日来るとしよう」
ジャンヌは2本目のスティックを懐から取り出し、食べながら部屋を出て行く。
楓はその様子を不安になりながら、見送るのだった。
このまま家に帰りたくなる楓であるが、イニーフリューリングを学園に入れるための手続きを早急に終える必要がある。
現在の魔法少女学園日本支部の魔法少女は全部で100人程。その中で新人の区分に居るのは9人。
その新人のクラスにイニーフリューリングを転入させる予定である。
またこの新人クラスは、不祥事を起こした魔法少女の補習などでも入れられることがあり、人数は減ったり増えたりしている。
年数的には新人ではなくても、年齢的な理由で入れられる場合もあるので、結構ごちゃごちゃとしている。
このクラスには北関東支部のマリンと、先日謎の魔法少女に襲われた2人の魔法少女が在籍しており、そこにイニーフリューリングが加わる事により、学園で騒動が起きるのをこの時の楓は知る由もない。
タラゴンに手伝ってもらった仕事の残りを終わらせ、イニーフリューリングの転入の為に、楓は学園に向かう。
そして転入届と保護者の欄にタラゴンの名前が書かれた紙を学園の事務に渡す。
この時は何事もなく処理を終えられたが、やはり後々問題が起こるのであった。
イニーフリューリングに平穏は訪れないのだ。
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