爆炎から逃れし魔法少女

 空に広がる魔法陣が輝くと共に、タラゴンは自分が立てた作戦の最終段階を開始する。


(イニーフリューリング……あなたやり遂げたのね)


 タラゴン本人すら無茶な作戦だと、思っていた。

 だがここまで来てM・D・Wをイニーフリューリングが倒せないとは思わない。


 タラゴンは息を深く吸い、ゆっくりと吐く。

 髪が炎のように揺らめき、輝く。


 タラゴンの両手に太陽のような輝きが灯り、次第に大きくなる。


(ありがとうね。あなたの事は忘れないわ)


太陽の輝きよラー・オレオール!」


 両腕を前に突きだし円状のバリアを展開する。

 

 世界が光で満たされる。世界の崩壊を告げる爆発が広がり、廃墟が灰すら残さず消えていき、轟音が鳴り響く。


(思ってたよりきついわね……)


 タラゴンは両腕に掛かる負荷に、苦い顔をする。自分だけを守るなら問題ないが、守るべき一般人が居るため、余裕があまりない。

 

《特異種》だとしても、侮りすぎていたか……。

 そんな思いが、タラゴンの胸の内に広がる。


 自分と地下を守るように広がる熱のバリア。

 それを両手を伸ばして支えるが、M・D・Wの最後っ屁爆発が想定より上だった。


 もしもM・D・Wの側で直撃していたら、ちょっとやばかったかもしれないと、冷や汗を流す。


 だが自分はランキング5位。エクスプロ-ディア爆炎姫の異名を持つ魔法少女タラゴンだ。


 魔物風情の爆発なんぞに遅れをとる気はない。

 あの娘が託してくれたものを、私が……。私が無駄にはしないと、鼓舞する。


「いっけー!」


 長いようで、短い時間が過ぎて行く。

 

 何もかもが失くなった景色が、見慣れた日本の景色に変わっていく。


 地下に居た筈の人達はアスファルトの道路の上に現れ、誰1人欠けていない。


 タラゴンは焼け爛れた両腕を下ろして、座り込む。その頬には一滴の、涙の跡があった様に見えた。


 突如起きた特殊S級超大型魔物特S級の討伐作戦は成功に終る。


 1人の魔法少女の、犠牲を出すことによって……。

 世界とは残酷だ。常に選択を迫られる。

 

 僅かな活動期間で話題を総なめにし、流星のごとく現れ、流れ星の如く消えた魔法少女。


 イニーフリューリングの活動は今日を持って終わりとなる…………筈だった。


 タラゴンは後ろから聞こえる、歓呼の声に耳を傾けずに、呆然と前を見つめる。

 両腕が爆発の余波で爛れるも、そんなものは胸の苦しみに比べれば痒くもなかった。

 

 待機していた魔法少女が一般人の救助に当たり、北関東支部の魔法少女達も運ばれていく。


 徐々に静かになっていく中、タラゴンはその場で1人の魔法少女を想う。

 

 そしてタラゴンだけが残された。


 その時、路地から布の擦れた音がタラゴンの耳に届いた。

 

(もしかして?)


 痛む腕を無視し、音のした方に歩く。

 暗い路地の奥から、変な匂いが漂ってくる。


 鼻に付く血の匂い。服の燃えたような臭さと、泥の匂い。


 血の海に倒れ伏す1人の少女。

 

「イニー……フリューリング!」


 生きてるのか、死んでるかは分からない。だが、彼女は確かにそこに居る。


 どうやってあの爆発の中を生き残ったのかなんて、今は関係ない。ここ現実に居てくれるだけで、タラゴンは嬉しかった。


 しかしイニーフリューリングが予断を許さない状態なのは見ただけで分かる。


 タラゴンは爛れたままの手でそっとイニーフリューリングを抱える。

 血の温もりだけをタラゴンは感じ取る。

 体温を感じないその身体には穴が空いており、生きてるのか疑わしい。


 タラゴンは直ぐに妖精界に跳び、テレポーターから出る。


「ジャンヌは今どこに居る!」


 テレポーター室全体にタラゴンの怒声が響き渡る。

 そのタラゴンの姿を見たものは、全員が驚く。


 タラゴンも両腕が火傷のせいで、爛れる程の大怪我をしているが、彼女の抱えてる者は、吐き気を催す程の状態だった。


「魔法少女ジャンヌでしたら先程帰還しまして、魔法少女楓に会いに行くと言っていました」


 声をかけてくれた魔法少女を、睨みながらお礼を言い、タラゴンは楓の居る執務室に走り出す。


 妖精界にはランカー個人個人に執務や生活が出来る部屋が与えられており、何も用事がないランカーはそこで生活していることが多い。


 基本的に現実地球側にも住居を構えているが、緊急の連絡が多いので妖精界に居た方が、都合が良いのだ。


 なのでタラゴンはその執務室に楓が居ると当たりを付け、走り出す。


 なるべくイニーフリューリングに負担をかけないようにしながらも、魔法を駆使して全力で向かう。


「ジャンヌは居る!?」


 タラゴンは楓の執務室の扉を蹴破り、中に入る。

 椅子に座ってジャンヌから報告を聞いていた楓は、タラゴンが扉を蹴破って入ってきたことに文句を言おうとするが……。


 タラゴンとタラゴンが抱えている者を見て顔を青ざめさ、声を上げることが出来なかった。


「居たわね! お願い、直ぐにこの子を治して!」


 タラゴンは楓を無視し、ジャンヌと呼ばれる魔法少女に、イニーフリューリングを治すように懇願する。


 魔法少女ランキング8位。マッドヒーラーの異名二つ名を持つ魔法少女。その名も、魔法少女ジャンヌ。


 マッドヒーラー何て酷い異名を承っているが、その腕は確かなもので、魔法少女界隈だけではなく、世界中で知らないものは居ない知名度を持つ。


 それ故にジャンヌは多忙なのだが、本当に運良く会うことが叶った。


「ほうほう、これは酷い。ギリギリ心臓が動いてる以外死体と変わらないじゃないか」


 タラゴンがイニーフリューリングを寝かし、ジャンヌが診察するが、その言葉はとても物騒だった。


「そんな事はどうでも良いから、治るの? 治らないの!」


「とりあえずやってみよう。最大回復魔法ハイリカバリー


 イニーフリューリングが眩い緑色の光に包まれる。

 しかし一向に傷は塞がらず、魔法は意味をなさない。


「ふむ、これでは足りないか。なあタラゴンよ。この子は、君がそんなに慌てる程大事なのかい?」


 魔法の効果を確認しながら、ジャンヌがタラゴンに訊ねる。


 ジャンヌは回復魔法特化の魔法少女だが、その特性ゆえに世界的で重宝されている。今以上の魔法をジャンヌが使う場合、その分救えなくなる者が出る可能性がある。


 イニーフリューリングは話題にはなっているが、姿を知って居るものは、あまりない。


 ジャンヌも名前だけは知っているが、目の前の者が誰かは分からない。

 人と判断できるだけで、誰かは判断できないほどの重体であるのも関係あるが……。


「あの、もしかしてこの子はイニーフリューリングですか?」


 楓も先程まで海外の魔物の討伐に赴いており、日本で起きた事件についてはまだ知らなかった。


 もしタラゴンの作戦が失敗していたなら、最重要案件として楓に届けられていたが、なまじ成功してしまったため、楓は事件については何も知らなかった。


「そうよ。後で報告は上げるけど、とにかく今はこの子を……」


「すみませんがジャンヌ。責任は私の方で取るので、全力で治してください」


 タラゴンの言葉を遮るように楓が被せる。楓はまだ何も知らないが、イニーフリューリングを助けたい思いと、タラゴンの悲痛なその目を無視することは出来なかった。


「そうか。なら久々に全力を出させてもらおう。恐らく私も倒れるから後は任せるよ」

 

「ありがとう」


「ふん。礼は後で聞こう。我が名はジャンヌ。死と生の天秤を操り、世界を改変するものなり。理を紐解き、森羅万象の元、彼の者を回帰させよ。永劫回帰リインカネーション


 先程の緑色とは違う、純白の光がイニーフリューリングを包み込み、目が眩むような光が部屋を満たす。


 光が止むとジャンヌは倒れ、意識を失う。

 ジャンヌの全魔力を持って使われた魔法、永劫回帰リインカネーション


 それは死してなければ全てを治す、世間には公表していない、禁忌の魔法であった。


 イニーフリューリングの傷だらけの身体が治り、腹に空いていた穴も塞がる。


 タラゴンはイニーフリューリングの胸に耳を押し付け、心音を確認する。


 ドクン……ドクン……。まだ身体は血の気が無く、冷たいままだが確かに心臓が動いていた。

 胸が上下し、口から僅かに息を吸う音がする。


 ああ。生きていてくれたんだ……。

 タラゴンは溢れ出る涙を止める事ができず、嗚咽をもらす。


 その様子を楓は静かに見守る。何が起こったかは分からないが、相当大変な事があったのだろうと想像することはできる。

 倒れているジャンヌを隣室にある仮眠用のベットに寝かせ、タラゴンの腕を治療するための魔法少女を手配する。


「大丈夫ですかタラゴン?」


「すまないわね。情けない所見せて」


 床に寝かせたままのイニーフリューリングを、ジャンヌを寝かせたベットとは違うベットに寝かせる。


「それで、一体何があったんですか?」


「後で詳しく報告は上げるけど、概要は話すわ」


 タラゴンはM・D・Wの特異種が現れた事と、一般人と自分達が結界に閉じ込められたこと。

 その討伐の中で、例の作戦を立てた事を話す。


「そう……だったのね」


 楓はタラゴンの心情と、そこに至るまでの事を思い、顔を曇らせる。


「イニーフリューリングが爆発を回避して、こっち現実に戻ってこれたかは分からないけど、あの子は死を覚悟して作戦を遂行してくれたわ。そして戻って来てくれた」


「タラゴンが見つけるのが少しでも遅ければ、死んでいたでしょうね……。あんな状態ですら生きていられたのも不思議ですが、詳しくは後日にしましょう」


 未だタラゴンの腕は爛れたままになっており、見ていて気持ちの良い物ではない。

 これ以上タラゴンに無理させるのは心情的に悪いので、楓は休むように勧める。


「そうね……。私も一旦休むとするわ。その内魔法局か、妖精界のオペレーター室から報告があると思うから、後はお願いね」


 気が抜けたのか、タラゴンは若干ふらつきながら、楓の執務室を出ていく。

 楓はタラゴンの腕を治すために魔法少女を手配したことを伝え、タラゴンは自分の執務室に向かった。


(しかしM・D・Wか……それも昔タラゴンが戦ったものより強いとは……)

 

 楓は椅子に座り直し、先程タラゴンから聞いた事に付いて考える。


 そんな時、タラゴンが蹴破った扉から妖精が入って来た。


「ああ、居らしてましたか。此方今日あったS級以上の魔物の討伐記録になります」


 楓は妖精からデータの入ったスティックを受け取り、パソコンで内容を確認する。

 

 特殊S級超大型魔物特S級のマザー・ディザスター・ウォール《M・D・W》が群馬にて出現。

 特異種であり、イレギュラーSS級~測定不能区分の準SS級に認定。

 妖精界の結界を吞み込むほどの結界を展開。一般人30人と魔法少女5人。内魔法少女1人は偶然巻き込まれた模様。


 タラゴン指揮の元、魔法少女イニーフリューリングの尊い犠牲により、死者1名での討伐に成功。

 なお、作戦遂行中にて、魔法少女マリンの覚醒を確認。

 特異種であるM・D・Wも特性である自爆機能を備えており、一般の魔法少女では防御不可と判断。

 またイニーフリューリングの戦闘は映像機器の故障により、途中から撮影不可となりました。


 楓は報告書と一緒に同封されていた、画像データや動画を見ながら確認をしていく。


(ありえない……これをイニーフリューリングが倒したというの?)


 映像で確認出来る上では、イニーフリューリングは優勢とは言えない戦いを繰り広げていた。

 努力程度では覆すことなど、出来そうにない。


 一体イニーフリューリングは、何を起こしたのだろうか?

 

 死んで当たり前。いや、死以外の可能性などあるはずがない。

 なのに作戦は成功し、ジャンヌが居なければ死んでいたかもしれないが、それでも生きて帰って来る事ができた。


強化フォーム覚醒した? いや、その程度で覆るはずがない。なら何が? 何があったというの?)


 イニーフリューリングもそうだが、このM・D・Wも不可解であった。

 確かに日本はS級以上の魔物が出難いとはいえ、年に数回は出るので、出現自体はおかしくない。


 だがこのM・D・Wはあまりにも殺意が高すぎる。

 ”始まりの日”から魔物が出現した原因は分かっているが、魔物の目的は未だに分かっていない。


 本当にイニーフリューリングは、偶然巻き込まれただけなのだろうか? 魔物側で何か思惑でもあったのだろうか?


 楓は報告書を確認しながら、思考の海に潜る。もしもイニーフリューリングに、魔物側が困るような何かがあるのなら……。


 本当の平和を夢みる事が出来るのかもしれない……と。


 世界が緩やかに滅亡に進み始めて50数年。楓はあり得るかもしれない可能性を模索し、魔物の居ない世界を夢みる。



(ねえイニーフリューリング。あなたは一体何者なの?)


 隣室に眠る彼女の事を思いながら、楓は報告書を閉じる。

 楓はイニーフリューリングの事を怪しがっている訳ではない。


 お茶会の時は多少怪しがっていたが、今回のM・D・Wの件や、タラゴンの反応からイニーフリューリングが善性という事は分かった。


 ただイニーフリューリングが心配なのだ。

 あれ程ボロボロに成り果てるまで頑張るなど、ただの少女が出来る筈がない。


 楓は彼女の濁った眼を思い出す。せめてあれだけでも改善出来れば……。

 その精神を普通の少女の様に戻すことが出来れば、と考える。

 

(そうです! 良いことを思い付きました!)


 楓は魔法少女になったばかりの子を通わす学園の事を思い出す。

 この思い付きが吉と出るか凶と出るかは、誰も分からない。


 分かるのはイニーフリューリングの、ハルナの精神に多大なダメージを負わすことになる事だけは、決められているのだった。

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