魔法少女達の想いと現実

 作戦会議後、マリンはその場に残って呆然としていた。

 今回討伐することとなった特殊S級超大型魔物特S級マザーM・ディザスターD・・ウォールW


 そこら辺の魔法少女では、近づく事さえできずにやられてしまう魔物。

 過去に戦ったタラゴンでさえ、討伐時には10人を越える犠牲を出すことになった。


 それを相手に1人で戦わなければならないイニーフリューリングの事を思うと、マリンは自分が不甲斐なくて仕方なかった。


 自分では何の役にも立たないのは分かっている。タラゴンが、苦渋の選択をしたのも分かっている。

 それでも、イニーフリューリングの犠牲を仕方ないで片づけられるほど、マリンは薄情ではなかった。

 

 ここに来るまででさえ足手まといであり、最後の戦いまでも後ろに回されるのは、マリンの魔法少女としての矜持が許さない。


 ……だが、マリンに出来ることは何もない。もしもマリンにタラゴン程の力があれば話は違ったかも知れないが、そんな力はマリンには無い。


 魔法少女の魔法能力は思いの強さが関係していると、言われている。

 それは昔に比べて、弱い魔法少女が増え始めてから、噂されるようになった事だった。


 例えばブルーコレットやスターネイルは魔法少女になれるからなっただけの少女だ。2人でB級をやっと倒せる程度の強さである。


 対するマリンは魔法少女になれる才能があり、魔法少女として戦いたいから魔法少女となった。上記の2人とは違い、B級も個人で倒せ、相性次第ではそれ以上も倒すことができる。


 タラゴンの場合は、マリンと似たような感じだったが、M・D・Wとの戦闘以降爆発的に強くなった。


 前9位の先輩と、同僚となる魔法少女が、自分を残して死んだことによる精神的負荷。魔物に対する憎悪や、自分の不甲斐なさから来る怒り。


 それによりタラゴンは死に物狂いで特訓し、魔物を倒す日々を過ごす内に、今の地位ランキング5位まで上り詰めた。


 その道中に秘められた思いは、狂気と言っても過言ではなかった。

 それ程までの何か想いがなければ人は、魔法少女は強くなれない。

 

(イニーフリューリング……)


 マリンが彼女と会ったのは、今回を入れて3回だ。1度目は結界の中で。2度目は妖精界で、そして再び結界の中で……。

 命を助けられようとしている。


 その命イニーフリューリングを代償にして……。


(仕事か……。それであなたに何が残るの?)


「これで帰れば私達もS級を討伐したことになるんでしょ? 大変だったけど、楽で良いわね」


「あの子、確かに強いけど、絶対何かおかしいよ。あんな眼普通は出来るはずないよ……」

 

 1人の魔法少女を思い、力の無さを嘆いてる彼女の耳に、同僚の声が聞こえた。

 それはマリンの堪忍袋を破るのに、十分な言葉だった。


 ゆっくりと立ち上がったマリンは、2人に近づいていく。スターネイルとブルーコレットはそんなマリンに気づき、話しかけようとするが、マリンの冷たい眼を見て言葉に詰まる。


「2人はこのままで良いの? 私達の方が年上なのに、あの娘イニーフリューリングを見殺しにするの?」


「そうは言っても私達じゃ無理だよ。あんな魔物に勝てるわけないよ」


 マリンの問い掛ける様な、悲痛に震える声にスターネイルは返す。

 私達は所詮ただの魔法少女。タラゴンや、何かが可笑しいイニーフリューリングとは違うのだと。


「でも、あの娘が勝てば私達のランキングも上がるし、苦労しないで勝てるならそれで良いじゃない」


 スターネイルに追随するブルーコレットだが。

 この2人には誰かが死んでも、自分が助かればそれで良いとしか考えていないのだと、マリンに感じさせた。


 何て浅ましいのだろうか? 何故私は、こんな2人に後を託そうとしたのだろうか?

 あまりの物言いに吹っ切れたマリンは、2人を殴り飛ばしてその場を去った。


(私は……私は!)


 マリンはぐるぐると回る思考に苦しみ、フラフラと歩いていると、見たことがある白いローブ姿の者が横になっているのを見つけた。


 綺麗だった白は殆どを赤黒く染め、靴すら履いてない足は土で汚れている。

 マリンは何も考えずにイニーフリューリングの方に足を進める。

 華奢な身体に低い背。そんな彼女は薄汚れ、血塗れになりながらも一般人を救い、合流を果たした。


 そこでマリンは違和感を感じた。イニーフリューリングがこんなに傷ついているのに、スターネイルは綺麗なままだった。


 私達や一般人の為に、この子に命を懸けさせるのは本当に正しいのだろうか?


 そんな時だった。イニーフリューリングがマリンに視線を向けたのは。


「貴女はこれで良いの?」


 マリンの口から、自然と声が漏れる。


 イニーフリューリングにはまだ未来があるはずだ。こんな眼をする程の、苦労をしてきたはすだ。


 そして今、短い生を終えようとしている。

 自分達が不甲斐ないせいで。


「……それが仕事ですから」


 少しの間の後、イニーフリューリングが答える。

 それが普通だと、当たり前だと言うように。


 ああ、この娘はやはり狂っているのだろう。死を前にしても変わらぬ瞳が、マリンには寂しくて仕方ない。


「帰って……来れるの?」


 いや、それが叶わぬ願いだという事はマリンには分かっている。それでも、聞かずにはいられない。

 万が一でも可能性があるのなら、きっと頑張れるから……。

 例え嘘だと分かっていても、「帰って来る」と答えてほしい。


「……はい」


 嘘だろうと、そんな事は分かる。だが、ここで感情を荒げたところで何も変わらない。マリンには、このが本当になる事を祈るしかない。


 だから信じよう。この嘘を。イニーフリューリングは自分に言ったのだ「魔法少女に不可能はない」と。

 

「……あなたを信じるわ。だから、必ず帰ってきてね。私待ってるから……」


 マリンはイニーフリューリングの返事を聞かずに、その場を後にした。あのまま居れば、また泣いてしまうから、せめてイニーフリューリングが困らないように……。


 作戦開始まで残り15分。


 タラゴンは廃墟となっているビルの中で、一番高い場所に上ってM・D・Wを見ていた。


 目測でおよそ50キロ。地球でなら見えないが、別空間であり、盤上の世界である結界の中でなら、朧気ながら見ることができる。


 あいつM・D・Wのせいで、また誰かを犠牲にしなければならない。1人の魔法少女か、その他大勢の命か……。


 作戦では話さなかったが、イニーフリューリングと共に、タラゴンがM・D・Wの討伐に出たのなら、イニーフリューリングが犠牲になることはない。


 M・D・Wを倒すのに苦労するだろうが、最後の爆発からイニーフリューリングを守ることができる自信が、タラゴンにはある。

 

 その代わり、その他全員が死亡する結果になってしまう。

 魔法少女は魔物を狩り、一般人を守る存在だ。幾ら幼くても、それは絶対なのだ。


 何か……何か、皆が助かる方法はないだろうか?

 タラゴンは考えるが、出てくるのは最小1人の犠牲による、最大その他全員の成果だけだ。


「私はまた、背負うのね……」


 因縁の相手となるM・D・W。過去に相手をしたものより強い相手を新人イニーフリューリングに任せなければならない。


 もし彼女が負けたのならば、タラゴンは諦めて、全員を犠牲にする道を選ぶしかない。

 しかし、一度イニーフリューリングと戦ったタラゴンは、彼女がM・D・Wに負けるとは考えていない。

 いや、考えないようにしている。


 シミュレーションとはいえ、自分相手に一歩も引かず。最後は重傷を負わされた。そんな負けず嫌いな彼女が負けることを、勘定に入れていない。


(帰ったら、楓やグリントに怒られるだろうな……)

 

 希望の星となるはずだった魔法少女の、早すぎる死。

 特にグリントは、自分のファンだと言ったイニーフリューリングを、いたく気に入っていた。


 土下座で済めば良いな、とタラゴンは思う。


(折角だし、これを機に引退するかな。私も疲れちゃったし)

 

 今年で22歳となるタラゴンは、魔法少女の中ではそこそこ古参に分類される。

 

 幾度となく犠牲と妥協を強いられてきたタラゴンは、疲れてしまっていた。

 今回のM・D・Wの討伐は、日本では称賛される結果になるだろうが、これ以上の重荷に耐えられるほど、タラゴンは強くなれない。

 

 今回の件の後始末や、自分の後釜等の話もあるだろうが、隠居をしようと、タラゴンは決めたのであった。


 その為にも、この戦いを最小1人の犠牲をもって、最大その他全員戦果生還で終わらせる必要がある。


 もしも恨むなら、不甲斐ない自分を恨んでほしい。

 タラゴンはその思いを胸に秘め、準備を開始する。


 作戦開始まで残り1分。

 

 瓦礫から起き上がり、最終確認をするイニーフリューリングとアクマ。

 力を望み、されど叶わぬ願いに打ちひしがれるマリン。

 未来の自分達の栄光を夢見る、スターネイルとブルーコレット。

 

 そして現実に敗れたタラゴン。

 

 マザーM・ディザスターD・・ウォールW討伐作戦が、開始される……。

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