魔法少女タラゴンが行く

「珍しいわね。日本でS級以上の反応なんて」

 

 妖精界の特別ランカー用待機室に、警報が鳴り響いた。


 S級以上の魔物の出現に備え、日本では最低1人から2人がここで待機している。

 警報が鳴った場合、速やかに出撃し、現地の魔法少女と協力して魔物を討伐するのだ。


 S級以上となると、その破壊力は凄まじく、B級やA級で使われてる結界よりも、一段階強度の高い物が使用される。


 性能に見合った燃費なので、そうそう使えないが、S級出現時はそれなりの数の魔物も一緒に現れるので、今のところは採算が取れている。


 もし赤字になった場合は、魔法局が支払うこととなる。

 

 席を立ち、今日の当番だったタラゴンは、ワクワク顔で準備を始めた。

 魔物が出なければ、ここ待機室で1日を過ごさなければならないので、魔物が出るのは嬉しい限りなのだ。

 

 「此方タラゴン。情報を頂戴」


『ポイントは群馬県の南部となります。テレポーターに座標設定してあるので、何時でも出れます。また、魔法局北関東支部の3人が後詰めとなります』


 タラゴンは少し人数が少ないなと思うが、魔法局北関東支部の現状を思い出す。


 日本に6つある魔法局の中での閑職、それが魔法局北関東支部なのだ。


 先日も3人居る魔法少女の内、2人が不祥事を起こしたり、もう1人も結構酷い怪我をしたりしている。


 怪我についてはイニーフリューリングが治したため、大丈夫であったが、イニーフリューリングが居なければ、魔法少女が1人減っていただろう。


 そんなこともあるので、タラゴンは少しだけ嫌な顔をするが、魔物は自分1人で皆殺しにすれば良いやと、開き直る。


 特殊な魔物でもない限り、たかがS級など、タラゴンにとっては雑魚と変わらないのだ。 

 

 タラゴンがテレポーターで現地付近に跳ぶと、運が良いのか悪いのか、丁度北関東支部の3人と鉢合わせした。


「今日はよろしくお願いします!」

 

 最初に、タラゴンに気付いたマリンが挨拶をして、それにつられる様に2人も挨拶をする。

 タラゴンも生返事で返し、直ぐにS級の討伐についての話を進める。


「S級と強そうなのは私の方で対処するわ。貴方達は3人一緒に動いて、遠距離攻撃型から倒していって。A級以上には手を出さないでね」


「私達だって、A級位倒せるわ!」

 

 タラゴンは少しの気遣いと、自分の楽しみのために提案するが、不祥事を起こした魔法少女の片割れ、ブルーコレットが反発する。

 

 ブルーコレットは不祥事以降、周りからの視線や晒上げに辟易としていた。ここで改心して、真っ当になれば良かったのだが、ブルーコレットは違った。


 魔法少女としての自分に優越感を持っており、一般人の件も、何故あんな所にいたのかと、逆恨みしている。


 なので、今回のS級討伐を上手く使い、これまでの悪い評価を、一掃しようと企んでいた。


「私の決定に逆らうならいらないわ。貴方達は名目上後詰めだけど、これは教育なのよ」


 S級はタラゴンや他のランカーにとっては雑魚と変わらないが、未来永劫タラゴン達が居ることはない。

 後詰めとは、後輩となる魔法少女への指導であり、教育なのだ。

 

「すみません! ほら、コレットも頭を下げて!」

 

 スターネイルが直ぐにあやまり、ブルーコレットの頭を下げさせる。

 ブルーコレットは内心で悪態を付きながらも、抵抗はしなかった。


 完全に蚊帳の外となっているマリンは、やるせない気持ちになっていた。

 一時とは言え、この2人に自分の後を託そうとしていたのだ。スターネイルは兎も角、ブルーコレットを見ていると、あの時死ななくて良かったと思った。


 一応話は纏り、ポイントにて待機するために移動を始めると、異変が起きる。


「はぁ!? 結界! どうして!」


 指定ポイントよりも遠く、まだ魔物が出現していない筈なのに、展開される結界。


 その結界は魔法少女だけではなく、一般人も取り込んだのであった。


 一瞬驚いたタラゴンであったが、これまで戦ってきた魔物の中で、結界を使う特殊個体の事を思い出す。

 自らが展開した結界に獲物魔法少女を閉じ込め、自分の得意なフィールドで戦うのだ。

 

 それだけなら問題ないのだが、今回は結界の規模が広い。

 何せ、出現予想されているポイントまでそこそこ距離があるのに、既に結界に閉じ込められたのだ。


 それが意味する事。すらも結界に閉じ込められた可能性が高い。

 そう導き出したタラゴンは、直ぐに指示を出す。



「スターネイルとブルーコレットは二人で周囲を見回って来なさい! マリンは一応私に付いてきな!」


 その声には有無を言わせない気迫があり、命令を出されたスターネイルとブルーコレットは行動を開始しようとするが、ここで更なるアクシデントが起こる。


 

 「なっ! そんな事あり得るの!」


 既に結界の中の筈なのに、スターネイルの姿が吞まれるように消えていく。

 正にそれは、に呑まれるようだった。


 そう、この結界はアクマが解析した通り多重構造となっており、スターネイルは運悪く、結界の1つに呑まれてしまったのだ。


 長年魔法少女をやって来たタラゴンでさえ、このような事は初めてであり、今回の魔物の危険度を上方修正した。


 結界に呑まれたスターネイルは、急に変わった景色に戸惑い、不安そうに辺りを見回していた。


「えっ? コレット! マリン!」


 2人の同僚を呼ぶが、応える者は居らず、スターネイルは不安で押しつぶされそうになる。

 ブルーコレットと違い、スターネイルは不祥事以降、精神が不安定になっていた。

 手を下したのは自分ではないが、罪の無い一般人を殺してしまった事。


 もしあの時……なんて陳腐な事を思い、死んでしまったと思われるあの人に謝りたいと思っている。


 そんな事が叶う事は無いだろうと、本当は分かっているのに……。


 そんな精神状態で隙を晒しているスターネイルを、魔物が見逃すはずがない。

 ここは結界の中、魔物の巣窟なのだ。


「ヒッ! あっ……」

 

 突如襲った衝撃と共に、スターネイルの意識は闇に落ちていくのだった……。


 そんなスターネイルの事を心配するものの、タラゴンは他の2人と共に、巻き込まれたと思われる一般人を探すために、結界内を探索していた。


 だが、切り替えの出来るタラゴンとは違い、他の2人は違う。一応とはいえ、同僚が目の前で消えた事に、ダメージを受けていた。


 勿論そんな状態の2人を、同行させたくないタラゴンだが、もしも一般人が結界内に居た場合、護衛役が必要になってくる。腐っても魔法少女なので、一般人よりも役に立つ。


燃えなフレイム


 タラゴンは突如現れた魔物を魔法で焼き尽くす。魔物が消えると共に変わる景色に、タラゴンは長年の経験から嫌なものを感じた。

 その事に思考を取られそうになるが、自分達とは違う声が聞こえてきた事により、考えるのを一旦止めた。


「2人共急ぐわよ!」


 周りはジャングルに変わっており、視界と道が悪い。その中を、声がする方に駆け出す。

 鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて行くと、魔物と思われるツタに捕らわれた人が見えた。


(ちっ! こんだけ草木があると相性が悪いわね。人質なんて癪な真似をするとは……)


 魔法能力とフィールドの相性が悪い事に、タラゴンは内心で悪態を付くが、此方には刀と槍を持った魔法少女が居るので、救助は2人に任せる事にする。


「魔物のヘイトは私が取るから、救助は任せるわ」


 返事を待たずに、タラゴンは駆け出す。攻める分には相性の悪い場所だが、繰り出される攻撃を防ぐ分には問題ない。基本は避け、当たりそうな奴は最小の火力で爆発させればいいのだ。


 防戦一方となるタラゴンだが、ここで微かな違和感を魔物から感じた。これまでも触手や蔦の攻撃をしてくる魔物とも戦ってきたのだが、妙に歯ごたえが無いのだ。その原因が、このヘンテコな結界のせいなのか、或いは他に何か要因がるのか……。


 ワクワク顔で魔物の討伐に来ていたタラゴンは、もうそこには居なかった。


 一般人の救助も危なげなく進められ、救助が終わると共に、タラゴンは魔物の核となる場所に突っ込み、殴って粉砕した。


 助けられた人は疲れ果てているが、主だった外傷も無く、タラゴンは一先ず安心する。

 しかし魔物が倒されたので、風景は塗り替えられていき、新たなフィールド結界に彼女らを誘う。


(一体どうなっているの? スターネイルは消えちゃうし、魔物を倒す度景色が変わるし……)

 

 魔法少女としては多少腕が立つマリンだが、これまでとは全く違う状態に戸惑いを隠せないでいた。

 戦力としては頼りになるタラゴンもいるが、それは何の慰めにもならない。


 そして、結界に巻き込まれていた一般人を見つけた事により、自分達がかなり危うい状態である事を再確認させられた。


 結界が敵の物なので、今の状態が放送されているか分からないが、一般人が居た以上はそれを助けなければならない。問題なのは、助けなければならない一般人の、総数が分からない事だ。


 今回は運良く助ける事が出来たが、次はどうだろうか……。

 魔物の数も、実際の相手の全容すら掴めていない。緊急事態と言ってもよい状態だが、恐らく増援となる魔法少女が来ない事も、何となく理解している。


 前回の時蜘蛛型魔物もそうだが、マリンは結界内での運の無さに、人知れずため息をつくのだった。


 実際に一般人が居た事により、更なる危機感を持ったタラゴン達は、休憩を少し取った後に、速やかに行動を開始した。

 

 斥候兼前衛としてタラゴンが動き、一般人の護衛兼後衛としてブルーコレットとマリンが援護をする形を取り、新たなフィールド結界での探索を行った。


 広野。山岳。砂漠。住宅街。様々な結界で魔物と戦い、15回の戦闘で10人の救助に成功する。


 助かった事に喜ぶ人と、助けられたことに安心するマリンとブルーコレットとは裏腹に、タラゴンの表情は優れなかった。


 魔力的には余裕があるが、体力は度重なる戦闘や、環境の変化で減っており、万全とは言い難い。

 守らなければならない者が増えれば増えるだけ、此方は不利になる。


 何より見知った魔物ですら、何時もより弱く感じた事が、タラゴンの懸念となっていた。

 

 そして、その懸念は最悪な形で現実となる。

 16回目の戦闘が終わり、世界が塗り替わった先で、タラゴンは全てを理解した。

 

「ハハ、そうなのね。こいつなのね」


 荒廃としており、鼻に付く鉄の臭い。度重なる戦闘の果てに、捨て去られた様な世界。

 遥か彼方に鎮座する超大型である機械型の魔物。


 姿形がぼやけていても、タラゴンはその存在を、片時も忘れる事がなかった魔物。

 特殊S級超大型魔物特S級、通称 マザーM・ディザスターD・・ウォールW


 魔物の中でも珍しい機械型の魔物で、結界内に閉じ込めたの力を吸収する。

 M・D・Wの厄介な所は、その場を動かずに、攻めてくる者だけを攻撃するのだ。戦艦を積み重ねたかの様な見た目をしており、砲撃は勿論、近づいて来た敵に対しては自ら魔物を生み出して迎撃させるのだ。


 時間が経つほど強くなり、懐に入っても生み出した魔物が邪魔をしてくる。マザーMであり、ウォールWと呼ばれる所以である。


 ならばディザスターDとは何か? M・D・Wは倒される際に、超広範囲の自爆をするのだ。

 タラゴンは初めてM・D・Wと戦った時に、この自爆によって沢山の仲間を失っている。


 それはタラゴンがランカー5位になる前の話であり、ランカーになる切っ掛けとなった事件であった。その時の被害は、当時の9位と15人の魔法少女だった。


 タラゴンは魔法能力の関係で死ぬ事は無かったが、それでも重傷を負う事となった。

 そして遥か彼方に見えるM・D・Wは、これまでの仮説から特殊個体であると、タラゴンは考えていた。


 M・D・Wを倒す事は恐らく出来るだろう。その代わりに、全て自分以外を犠牲にしなければならない。

 自分が攻めればM・D・Wの攻撃や最後の自爆を防ぐ手段がなく、この場には自分以外M・D・Wと戦えるものが居ない。

 

 この場に居るマリンとブルーコレットではM・D・Wに近づく事も出来ずに殺されるのが目に見えていた。


(どうすれば良い。ここまでやって来て、私に全てを犠牲にしろと言うのか!)


 タラゴンの葛藤は相当なものだった。過去に自分が辛酸を舐めさせられた相手に、2度も犠牲を払う事は、タラゴンには許容できなかった。


 だが、時間が経てば経つ程M・D・Wは強くなる。せめて、か、それに近い実力を持つ者が1人居れば……。


 そう願うタラゴンであったが、決断の時は待ってはくれない。


 ここでM・D・Wを倒さなければ、此処に居る人数とは比較できない程の被害が出る。それが分かっているタラゴンが決断しようとした、その時だった。


 直ぐそばで風景が歪み、そこから人が現れたのだ。

 白かったと思われるローブは血と土で汚れ、常に顔を隠す為に被っていたローブは、根元から千切れていた。

 その後方には20人程の人と、結界に呑まれたはずのスターネイルが居る。


 流れる川の様な美しい髪とは反対の、淀んだ海の様な青い目を持つ魔法少女。


 イニーフリューリングが、タラゴンの窮地を救うが如く現れたのだった。

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