終章 スターライトメモリー

 今度こそ、みもりんを助けることができる。

 下剤が混入されたのはコーヒーだ。そして、これまでの転生によって得たスキルで、今の俺はみもりんとも会話ができるはずだ。みもりんがコーヒーを飲むのを確実に止めることができる。俺はこのために転生を繰り返してきたのではないか。


「わあ、美味しそう。ちょうどお腹ペコペコだったんだ。ひとつもらっていいですかあ?」

 みもりんがぬれ煎餅を食べようとしている。

 さっそく俺はみもりんに話しかける。

(みもりん、聞こえるか。コーヒーは飲んじゃダメだ)

『……え? だれ?』

(今は言えない。君の心に直接話しかけている。とにかくそのコーヒーを飲んじゃダメだ。ぬれ煎餅は食べてもいいが、コーヒーはダメだ。飲むなら、そうだな、しーぽんの飲んでるコーヒーと交換してみてはどうだろう?)

 すまん、しーぽん。

『ちょっと待って。いきなりなんなの?』

(戸惑うのはわかる。だが、そのコーヒーには下剤が入ってるんだ)

『え、そんなのわかってるよ?』

 え……?

 今、なんて言った? そんなのわかってる?

「それじゃ遠慮なくいただくね。どれにしよっかな〜…」

 下剤が入ってるのはわかってるということなのか? どういうことだ?

「……じゃあ、チョコクリーム味のこれっ!」

 みもりんがチョコクリーム味のぬれ煎餅をもしゃもしゃと食べる。

 胃の中に咀嚼されたチョコクリーム味のぬれ煎餅が落ちてくる。おそらく下剤の入ったコーヒーとともに。そしてーー


 来た。

 ぐるるる…と、激しい腸の蠕動。

 未消化のままの何かがどんどんと上方から押し寄せてくる。

 俺は押し流されそうになるのを必死に耐える。

(みもりん、トイレに行くんだ。早くトイレにーー)

「MIU-Cのみなさん、そろろそろでーす。ステージへお願いしまーす!」

「はーいっ」

(何故トイレに行かない。おい、聞いているのか)

『なによ、うっさいなーもう』

(どういうことだ。俺はみもりんを助けようとしてるのに)

『よけいなこと言わなくていいから。3曲くらいなら我慢できるし』

(それはたしかにそうだが、よくはないだろう。ていうか、なんで下剤が入ってるのを知ってたんだ。知ってるとわかって飲んだんだ?)

『そんなの決まってるでしょ』

(は? 決まってる? 何がどうして決まってるんだ?)


「ワアアァァーーッ」という怒濤の歓声が聞こえてくる。

 イントロとともに音楽が始まる。

 1曲目の『スターライトメモリー』。身体の内側に響き渡るみもりんの歌声。

「スターライトメモリー♪ 私の身体を駆け抜ける〜♪」

 みもりんが歌って踊る。激しいダンスと歌唱、スピーカーからの重低音がズンズンと身体中に響く。腸にも響く。

『なんか今日はいっぱい耐えられそう。4曲くらいいけるかな』

(いやまてどういうことだ)

 ドッドッドッ!とみもりんの心拍数が上がってくるのがわかる。

 はあはあと荒い息使いは、どこか熱を帯びている。身体の内側からきゅんきゅんと来る疼くような感覚。これはさっきしーぽんがトイレで排泄の音を聞かれたときに感じていたものに近い。もしかすると、みもりんは……。

 いや、そんなわけはない。

 俺は必死でその考えを打ち消し、腸の中で必死に踏ん張る。

 ぬる。ぬるぬるぬるぬる。小腸を滑り、やがて大腸に出る。ぬるぬるぬる。

 ダメだ、ここで踏ん張らないとーー。

 俺は必死に耐える。が、俺が耐えれば耐えるほど、みもりんの身体は熱を帯び、息使いはますます荒くなる。

『ああ、もうダメ……でも、こんなところで漏らしちゃったら……』

 ダメだ。もはや疑いようがない。

『……やだ、みんなに見られちゃう……見られちゃう……ああぁん……っ』

 間違いない。みもりんは、興奮している。

『……はあ…はあ…はあ……あぁ……ダメ、みられちゃううぅぅーーーっ!』

 俺は完全に理解した。みもりんは、自分で下剤を飲んだのだ。

 おそらくこれが初めてではないのだろう。ステージの前に下剤を飲み、漏らしちゃいけないと堪える。漏らせば大変なことになる。衆人環視の中、アイドルみもりんが下剤を飲んで便意を堪えているとは誰も思わない。そんな中で、みもりんはひそかに便意を堪える。耐える。もしも漏らしてしまったときのことを考えて。

 ありていに言えば、それはーー

 変態。

 そんな。みもりんが変態。そんなバカな。

 ショックで俺はもう何も考えることができない。身体に力が入らない。ぬるりと大腸の内壁を滑り、そのまま直腸に向かって押し流されてしまった。踏ん張る気力はもう俺には残されていない。みもりんは変態。大勢の前でこっそり下剤を飲んで、お漏らしに耐えることで興奮する変態ーー。

 俺の中で何かが弾けた。

 ならば、俺がみもりんのその願いを叶えてやろうーー。

 サビのフレーズ、みもりんの歌声が体内に響き渡る。

「スターライトメモリ〜♪ 身体中から溢れ出し、迸る〜♪」

 その瞬間、俺は一気に解放され、迸った。


 ぶばっ!

 ぶびばぶばばびっ!

 ぶりぶりぶりぶりぶりぶりーーーっ!


 視界が眩しい光に包まれる。

 どよめき。そして、誰かの叫ぶ声。

 あの悲鳴はしーぽんだろうか。

 音楽が中断される。

 水を打ったように静まりかえる会場。

 シュレディンガーのうんこ。観測するまでは不定。

 だが、ついにそれは『観測』された。

 ステージの上、スポットライトが俺を照らし出している。

 何千人もの観客が息を呑んで、俺を観測している。

 そして、俺もまた自分の姿を観測した。

 それは、『不定』が『確定』となった瞬間だ。

 みもりんは、うんこをする。した。

 不思議と俺は微笑んだ。満足げに。

 そのまま俺の意識は、ブラックアウトした。


                   ー了ー

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転生したら、アイドルのうんこだった。 よこちん。 @momonochichi

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