4章 想定外の百合

 しーぽんは、MIU-Cの中では比較的地味なポジションではあるが、4人のメンバーの中では理知的なイメージが強い。理知的というか、天然要素があまりないという感じか。ゆるふわ明るいというよりは、ひとつのことをひとり静かに突き詰めて考えるおたく的要素が強いキャラだ。

 そんなしーぽんだから、たぶんうんこはする。

 してもしなくても俺はどっちでもいいけど、たぶんする。

というか、うんこするしない問題はもういい。今回の転生での俺の課題は、みもりんに下剤を盛った犯人を見つけ出すことだ。

 チョコクリーム味の何かに下剤は入っていなかった。にもかかわらずみもりんのお腹は前回も大変なことになったと思われる。誰が、何に、下剤を混入し、どうやってみもりんに飲ませたか。この謎を今回の転生で解き明かすのだ。


 俺はこれまでの三回の転生で身につけたスキルでしーぽんに話しかける。

 しーぽんは現実派だからどこまで話が通じるわからないが、やってみるしかない。

(しーぽん、聞こえるか。君に頼みたいことがある)

『……え? なに? 誰?』

(私の正体については詳しくは言えない。が、私は今、君の脳に直接語りかけている)

『やだ、なに、これ……。私、頭がおかしくなっちゃった……?』

(大丈夫だ。君は正常だ。それより頼みがある。今、みもりんはうずらちゃんが差し入れに持ってきたチョコクリーム味の何かを食べているはずだ)

『え……、チョコクリーム味のぬれ煎餅のことですか?』

 ぬれ煎餅。

 チョコクリーム味の。

 まさかそう来るとは思ってもみなかった。クッキーやシュークリームかと思っていたが、ぬれ煎餅だったか。うずらちゃんの差し入れセンスはどうなのか。素敵なのか。いや、今はそれもどうだっていい。


(……そう。そのぬれ煎餅だ。みもりんが今、口にしてるのは、そのぬれ煎餅だけか? 他に何か口にしてないか?)

『コーヒーを飲んでますけど……』

 それだ。たぶん、そのコーヒーに下剤が混入されている。

(しーぽん、止めるんだ。みもりんがそのコーヒーを飲むのを)

『もう飲んでますけど……』

 飲んでしまったのか。遅かったか。

 ならば、しかたない。ここは下剤の混入経路を特定する意味も含めて、しーぽんにも飲んでもらおう。許せ、しーぽん。これもみもりんのためだ。

(わかった、しーぽん。では、みもりんのそのコーヒーをもらって、君も飲むんだ)

『え…? で、でも、それって……間接キス、というか……』

 戸惑い、恥じらうしーぽん。鼓動が高鳴るのが腸にまで伝わってくる。

 俺はすぐに理解した。

 しーぽんの体内にいるからこそわかるしーぽんの想い。感情。

 そうだったのか、しーぽん。ガチでそうだったのか。みもりんのことが……。

 想定外の百合に俺の心はかき乱される。良い。これはとても良い。だが、今は喜んでる場合じゃない。俺は心を鬼にして、しーぽんのその感情さえも利用することにする。


(そうだ。みもりんと間接キスだ。みもりんもそれを望んでる)

『みもりんも望んでるって、それ、もしかして……』

(そうだ。みもりんもしーぽんのことが好きだ。みもりんは誘っているのだ。そのコーヒーをしーぽんに飲んで欲しくて。カップに唇をつけてほしくて)

『そ、そんな……』

(みもりんの想いに応えるチャンスだ。さあ、早く飲んで)

『みもりんも私のことを……。わかりました!』

 しーぽん、以外とチョロいな。理知的なキャラじゃなかったか。

「みもりん、それ、私にもちょうだい」

 しーぽんの声が聞こえた。

 ごくんっ。

 みもりんのカップのコーヒーを飲むしーぽん。

 食道から胃に向かって液体が降りてくる。

 そしてーー

 来た。

 ぐるるる…と、激しい腸の蠕動。

 未消化のままの何かがどんどんと上方から押し寄せてくる。

 やはり下剤はコーヒーに混入されていたのだ。


『え、やだ、どうして。お腹が……』

 しーぽんの戸惑いの声が聞こえる。

 同時に、スタッフの声。

「MIU-Cのみなさん、そろろそろでーす。ステージへお願いしまーす!」

『そんな。どうしよう、こんなときに……』

(トイレだ、しーぽん)

『でも……』

(今、みもりんのお腹の中も君と同じ状態になっている。ステージに立つ前にみもりんを引っ張ってトイレに行くんだ)

『みもりんのお腹が……? トイレに……? 何を言ってるんですか! どなたか知りませんが、みもりんを侮辱するのは許せません!』

(え? 何を言ってるんだ。どうした急に、しーぽん)

『どうしたもこうしたもありません! みもりんがうんこなんてする筈ないじゃないですか!』

 ここにもいたか。まさかの同志だ。

 だが、喜んでる場合じゃない。なんとか説得しないと大変なことになる。

(落ち着け、しーぽん。みもりんのうんこはシュレディンガーの猫なのだ。観測されるまでは『不定』。だから、決して誰にも『観測』させてはならない。『観測』さえされなければいいんだ。だから、みもりんをトイレに連れて行く。みもりんはお腹の中にある何かを排出するかもしれない。が、それは『観測』されるまでうんこではないのだ。そして、それは『観測』する前に流される。だから『不定』のままだ。みもりんはうんこをしたことにはならない。だが、ここでもしみもりんをトイレに連れて行かなければ、みもりんのうんこはステージの上で何万人もの観客に『観測』されてしまうかもしれないのだ。それを阻止できるのは、しーぽん。君だけだ)

『私だけ……』

(そう、君だけだ。そして、君自身のお腹ももうそろそろ限界なんじゃないのか?)

 俺自身もいつのまにか上方から降りてくる未消化のあれやこれやに流されて、すでに大腸の入り口付近まで来ている。

『わかりました! やってみます!』

「あ、あの、すみません、ちょっとトイレに!」

 しーぽんがスタッフに声をかけた。そして、みもりんにも。

「みもりん、一緒に行こ!」

 成功だ。しーぽんが駆け出す振動が伝わってくる。

「ちょ、ちょっと、しーぽん……」

 戸惑いつつも、みもりんも一緒についてきたようだ。よかった。これでみもりんは救われた。シュレディンガーのうんこは守られた。みもりんのうんこは、『不定』だ。


 しーぽんがトイレに駆け込む。バタンと個室のドアが閉まる音。ほとんど同時に、おそらく隣のトイレの個室のドアも閉まる。そして、聞こえてくる排泄音。


 ぶばっ!

 ぶびばぶばばびっ!

 ぶりぶりぶりぶりぶりぶりーーーっ!


 間に合ったーー。

『ねえ、この音……。本当にみもりんはしてないんですか?』

(ああ。どんな激しい音が聞こえようとも、『観測』さえしなければ『不定』だ。さあ、しーぽんも。そろそろ限界の筈だ)

『でも……、みもりんに音を聞かれちゃう……』

(大丈夫だ。しーぽんもみもりんの音を聞いたんだ。みもりんもきっとしーぽんの音を聞きたがっている。トイレの壁1枚を隔てて、お互いの音を聞かせ合う。どんな関係にも勝る素敵な関係だと思わないか。二人だけの秘密。みもりんもそれを望んでる)

『お互いの音を……みもりんも望んで……』

 次の瞬間。


 ぶびっ!

 ぶばばばびびぶばーーっ!

 ぶりぶりぶりぶりぶりぶりーーーっ!


 激しい排泄音とともに俺は排泄された。

 その瞬間、俺はしーぽんの心がきゅん…と微かに疼いたのをたしかに感じた。

 しーぽん、変な趣味に目覚めなければいいが。

 しかし、そんな心配をしているヒマもなくフラッシュバルブの音が響き、俺は下水へと流され、意識はブラックアウトした。

 ごめん、しーぽん。

 だが、我が人生に、一片の悔いはなし。


     *   *   *


 気がつけば、俺は真っ暗な闇の中にいた。

 かすかな蠕動を感じる。全身が粘膜のようなものに包まれて暖かい。まるで子宮の中にいる…………やはり、またか。今度は誰のうんこだ。MIU-Cのメンバーを一巡りして、次はスタッフの男のうんこだったりしたら嫌だな……。あたりを見回せば、半分溶けかけた人参の欠片が見える。その横にあるのは、あれはたたぶん乾燥肉の類い、ベーコンか何か……ん? どこかで見た未消化物。

 これは、もしかして、まさか……。

「おはようございまーす。遅くなってすみません。渋滞でタクシーが動かなくて〜」

 みもりんの声が体内に響いた。

 俺は、再びみもりんのうんこに転生したのだーー。

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