3章 バタフライエフェクト的な何か
うずらちゃんがうんこをするかしないか問題については、この際もうどっちだっていい。当面の課題は如何にしてみもりんを助けるかだ。
それにしても、差し入れを持ってきた張本人であるうずらちゃんのうんこに転生するとは運命の導きなのか。もしかすると、チョコクリーム味の何かに下剤を仕込んだのはうずらちゃんという可能性もある。うずらちゃんが何故そんなことをするのかはわからないが、もしかするとMIU-Cのセンターポジションからみもりんを引きずり下ろそうと企ててのことかもしれない。うずらちゃんがそんな腹黒いわけはないが、これもまた『不定』だ。腹黒いうずらちゃんは観測されていない。シュレディンガーのうんこと同様、観測されるまでは『不定』なのだ。
が、腹黒いかどうかはさておくとしてもチョコクリーム味の何かに下剤を仕込むチャンスが一番あったのはうずらちゃんだ。他のメンバーも差し入れは食べているが、その中でもみもりんの好きなチョコクリーム味にのみ下剤を混入することができる。
ならば、どうやって確かめるか。うずらちゃんがもし犯人なら、話しかけて心の声を聞けばわかるかもしれない。「そうなり。わたしが犯人なり〜」とか。いや、うずらちゃんに限ってそんなことはーー。
などと考えていると、「おはようございまーす」とみもりんの声が聞こえた。
みもりんが楽屋に入った。もう時間がない。こうなったら手段を選んでいる場合ではない。うずらちゃんが下剤を仕込んだ犯人かどうかを確かめる一番てっとり早い方法。それは、うずらちゃんにチョコクリーム味を食べさせることだ。もし、うずらちゃんが犯人なら絶対に食べないだろう。逆に犯人でなければ、あっさり食べるのではないか。
俺は、さっきいっちょんにやったのと同じようにうずらちゃんに話しかけた。
(チョコクリーム味を食べるんだ。みもりんが食べる前にチョコクリーム味を)
『……え? なに?』
あっさり通じた。
さっきよりも簡単に通じた。
3度目の転生で俺のスキルも上がったのか。ならば、話は早い。
(チョコクリーム味を食べるんだ。みもりんが食べる前に早く!)
『なんなり? あなた、誰なり?』
うずらちゃんは心の中の声までも語尾に『なり』をつけている。可愛い。天然可愛い。そんなうずらちゃんがみもりんに下剤など盛るわけがない。しかし、落ち着け俺。語尾と腹黒さに相関関係はない。ここは心を鬼にして続けることにする。
(私の正体については今はまだ言えない。だが、ここで君がチョコクリーム味のそれを食べるかどうかに、世界の命運がかかっているんだ)
『世界の命運! ひょっとして、未来から来た誰かがわたしの脳内に直接話しかけてきてるなり?』
さすが、うずらちゃん。脳内設定で無茶な状況設定を都合良く解釈してくれる。
(まあ、そんなところだ。とにかく時間がない。早くチョコクリーム味を食べるんだ)
『でも、チョコクリーム味はみもりんの大好物なり。イチゴバナナ味じゃダメなり?』
(イチゴバナナ味じゃダメだ。チョコクリーム味でなければ)
『なんでチョコクリーム味でないとダメなり? ……はっ! それって、もしかしてバタフライエフェクト的なアレなりか!?』
うずらちゃんの中二病に救われた。俺はその話に乗っかって続ける。
(そうだ。ブラジルの腸ーーもとい蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こす的なアレだ。みもりんがここでチョコクリーム味を食べると、アレがアレしてソレがこうなってさらにアレになって最終的に世界が滅亡するんだ)
『わかったなり! 世界を救うためにチョコクリーム味をわたしが食べるなり!』
あっさり信じた。うずらちゃんチョロ可愛い。しかしこんなんで大丈夫かうずらちゃん。壺とか買わされたりしないか。
やがて、うずらちゃんがチョコクリーム味の何かを手に取ったらしく、みもりんの声が聞こえてくる。
「あーっ、チョコクリーム味は私が食べたかったのに〜っ」
「これはみもりんに食べさせるわけにはいかないなり。世界を救うためなり」
そして、咀嚼音。
うずらちゃんがチョコクリーム味の何かを食べている。
どうやらうずらちゃんは犯人ではなかったようだ。悪いことをした。まもなくうずらちゃんはお腹を壊すだろう。だが、心配ない。俺がいればなんとかなる。本番前にうずらちゃんをトイレに導くこともできるし、たとえトイレに行けずにステージに立つことになったとしても、3曲くらいならなんとか踏ん張れる。さあ、来い!
が、しかし。
来ない。
うずらちゃんが咀嚼したチョコクリーム味の何かが胃の中に落ちてくるのを頭上に感じてから十分に時間が経ったにもかかわらず、来ない。みもりんのときは食べてすぐに来たのに。何故だ。下剤が仕込まれていたのはチョコクリーム味の何かではなかったのか? 今頃みもりんのお腹の中は何か別の物に仕込まれていた下剤によって大変なことになっているのか? それを確かめる術はないが、とりあえずさっきのいっちょんのときと同じようにうずらちゃんをトイレに行かせ、一緒にみもりんを連れて行ってもらおう。それで万事解決するはずだ。
俺は、さっきと同じように腸の中を下ろうとした。ぬるぬると小腸を抜け、大腸に入る。このまま一気に直腸に向かい、うずらちゃんに便意をもよおさせ……あれ?
行けない。
大腸の入り口付近からそれ以上先へは進めない。まるで石のような、めやくちゃ固い何かが詰まっている。これは……。
便秘だ。
うずらちゃんは便秘だ。
これでは、うずらちゃんに便意を催させることが出来ない。トイレに行かせることが出来ない。俺は必死で石のように固まったうんこの壁を押すが、相当に頑固な便秘らしく、びくともしない。いったい何日分溜まってるのか。うずらちゃん、大丈夫か。みもりんのお腹も心配だか、うずらちゃんの健康状態も心配になってくる。そうこうしてるうちに、スタッフの声が聞こえる。
「MIU-Cのみなさん、そろろそろでーす。ステージへお願いしまーす!」
「はーいっ」
うずらちゃんもステージに向かう。
身体の外側から、「ワアアァァーーッ」という怒濤の歓声が聞こえてくる。
「スターライトメモリー♪ 私の身体を駆け抜ける〜♪」
1曲目が始まる。しかし、名曲『スターライトメモリー』が全く頭に入ってこない。
みもりんは今どうなっているんだ。耐えているのか。耐えられるのか。それとも下剤は回避されたのか。ならば心配する必要はないが、もし、みもりんのお腹の中が今大変なことになっているとすれば、俺なしでは1曲歌うのが限界の筈だ。ここは、なんとしても2曲目に入る前にみもりんをトイレに行かせなければならない。下剤を盛られたなんて杞憂であればそれでいい。とにかくトレイだ。
俺はうずらちゃんに話しかける。
(うずらちゃん、歌いながら聞いてくれ。チョコクリーム味による世界滅亡の危機は回避された。だが、ここに新たな問題が発生した。宇宙の滅亡の危機だ)
『今度は宇宙! どういうことなり!?』
間奏の合間にうずらちゃんが応える。
(またバタフライエフェクトだ。宇宙の滅亡を回避するには、1曲目が終わったあとにみもりんをトイレに行かせなければならない)
『トイレ……?』
(そうだ。しかしステージはもう始まっている。ここは君の腕の見せ所だ。1曲目が終わったところで、無理矢理MCに入るんだ。完全なアドリブになると思うが、宇宙滅亡の危機を回避するためだ。宇宙の命運はうずらちゃんのアドリブにかかっている)
『わたしのアドリブが宇宙を………堪えきれない〜♪ ダメよ、もうこれ以上は〜♪」
唐突に入る『スターライトメモリー』のうずらちゃんパート。
かまわず俺は続ける。
(そのまま聞いてくれ。MCをしながら、さりげなくみもりんに囁くんだ。『今のうちにトレイに』と。そして、みもりんが戻ってくるまで、愉快なMCでなんとか場を持たせるんだ)
『わかったなり………スターライトメモリ〜♪ 身体中から溢れ出し、迸る〜♪」
自分のパートの歌唱を合間に入れつつ俺と心の中で会話するうずらちゃん。すごい。うずらちゃんのプロ根性と中二魂に感服する。そして、『スターライトメモリー』の歌詞と漏れそうなうんことの親和性に戸惑う。今後、俺はどんな気持ちで『スターライトメモリー』を聴けばいいんだ。
ジャジャン♪
1曲目『スターライトメモリー』が終わり、2曲目『恋のふるふるセプテンバー』のイントロが流れ出れ出したとき、うずらちゃんが進行にないMCを始めた。
「みなさーん、こんにちは〜。ここでちょっとMCタイムなり〜!」
「ちょっとどうしたの、うずらちゃん、まだ次の曲が……」
2曲目のイントロが尻すぼみに中断される。
「いいからいいから、ちょっと休憩なり!」
言うと、うずらちゃんは、みもりんに小声で囁く。
「ここは私に任せるなり。みもりんはトイレに」
「え……」
「早く。宇宙の滅亡を救うためなり」
「な、なんだかわからないけど、ありがとう、うずらちゃん…!」
みもりんがバックステージに向かって駆けていく気配がする。
よかった。上手くいった……。
この後、うずらちゃんの見事なアドリブMCによって場は盛り上がった。うずらちゃん、すごい。プロだ。そして可愛い。
やがてみもりんがステージに戻ってきて、ライブが再開される。安心した俺は、うずらちゃんの中でたっぷりと最後までMIU-Cの名曲の数々を堪能することができた。
そして、今回はそれだけでは終わらない。便秘ということはつまり。俺はしばらくこのままうずらちゃんの大腸の中に居続けることができる。ちょっとワクワクしてくる。ドキドキする。みもりんとうずらちゃんはプライベートでも仲良しだ。2人きりのときはどんな会話をするのだろう。誰にも見せたことのないであろうオフショットを、俺はうずらちゃんの大腸の中で聞くことができるのだ。こんな贅沢があるだろうか。しかも今日のライブは名古屋だ。東京へは戻らずホテルに泊まるに違いない。もしかして、みもりんと同室だったりするんだろうか。ふたりで一緒にお風呂に入ったりするんだろうか。一緒のベッドで眠るんだろうか。ベッドでどんな話をするんだろう。妄想が際限なく広がるーー。
が、しかし。
その夜、ライブのあとの打ち上げの居酒屋で、うずらちゃんは鯛の刺身を食べてあたり、俺はあっさり居酒屋のトイレに排出された。あぁ、うずらちゃん。もう少し君の中にいたかったよ。だけど、食中毒なら仕方ない。むしろこれでよかった。うずらちゃんの頑固な便秘が解消されたのだから。それにどのみち俺はうんこ。遅かれ早かれ、下水に流される運命なのだ。
俺は排泄される寸前、うずらちゃんに話しかけた。
(ありがとう、うずらちゃん。どうやらお別れのときがきたようだ)
『え、ちょっと待つなり。こんなところでお別れなんてそんな……』
(君のおかげで世界は……宇宙は……救われた。これからも、みもりんのことをよろしく頼んだよ。みもりんのことを守ってやってくれ……)
「うん、みもりんのことは任せて。少しの間だったけど、あなたとお話できて楽しかったなり……」
俺は、自分を恥じた。腹黒なんて一瞬でも疑った己を恥じた。うずらちゃん、なんていい子なんだ。なんだか涙が溢れ出してくる。
次の瞬間。
ぶぼっ。
ぶぶぶぶふびびびびっ。
ぶぼばぼばばばばばああああーーっ。
俺は石のように固まったうんこととともに居酒屋の便器にぶちまけられた。
フラッシュバルブの音が無常に響く。俺は自分が泣いているのか、それともただ便所の水にまみれているだけなのか、わからなくなった。わからないまま下水に流され、俺の意識はブラックアウトした。
我が人生に、一片の悔いはなし。
* * *
気がつけば、俺は真っ暗な闇の中にいた。
かすかな蠕動を感じる。全身が粘膜のようなものに包まれて暖かい。まるで子宮の中にいるようだ。子宮の中にいたときのことは覚えて…………うん。なんとなく予想はしてた。またこうなるんじゃないかと思ってた。あたりを見回せば、未消化のトマトの皮らしき欠片が見える。
やはり。
俺は、またうんこに転生したんだな。
今度は誰のうんこだ? 順番から言うと、おそらくーー
「おはようございまーす」
体内にくもぐった声が響いた。
この声は………楪葉しおり。MIU-Cの4人目のメンバー、しーぽんだ。
俺は、しーぽんのうんこに転生した。
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