毎日小説No.20 想い人

五月雨前線

1話完結

 小学3年生の時、僕は貴方に恋をしました。


 初めて貴方を見た時、雷に打たれたかのような衝撃を受けました。


 美しい。この世に存在するどんなものよりも、貴方は美しかったのです。


 中学3年生の時、私は貴方に1回目の告白をしました。ラブレターを送ったのです。


 しかし、そんな告白の仕方じゃ気持ちは伝わらないと気付きました。手紙では、直接気持ちを伝えることは出来ませんよね。生憎当時の私には、貴方に会いにいく手段もお金もありませんでした。いつか貴方に会いに行けるその日まで、私は毎日貴方に手紙を送り続けました。少しでも貴方の意識をこちらに向けさせるために。


 そして大学生になり、遂にチャンスが巡ってきました。身を粉にしてアルバイトを続けた結果、多額のお金を手にするに至ったのです。ああ、これでようやく貴方に会いに行ける。私は嬉しさのあまり涙を溢しました。


 飛行機や電車、バスを経由して、とうとう貴方のいる場所に辿り着きました。私はその場で愛の告白をし、貴方に抱きつこうとしました。


 しかし、貴方に触れられることは叶わず、代わりに警報が鳴り響き、制服を来た屈強な男達に取り囲まれてしまいました。


 彼らは、僕と貴方との感動的な邂逅を邪魔したのです。僕の中で怒りが煮えたぎりました。気付くと僕は自動小銃を取り出し、邪魔な存在に向かって発砲していました。


 大事な告白の場面を台無しにしやがって。死をもって償え。


 そうやって十数人程撃ち殺したところで、反撃を喰らってしまいました。私は銃弾を大量に撃ち込まれ、その場に崩れ落ちました。


 死ぬ間際、貴方は私に微笑を浮かべてくれました。いつもと変わらぬ微笑を見た私は、この上なく幸せな気分に浸りました。貴方に看取られながら死ねるなら、本望です。私は掠れた声で愛しの人の名前を叫ぶと、そっと息を引き取ったのでした。




***


 次のニュースです。


 2025年8月4日、ルーブル美術館で銃乱射事件が起きました。


 犯人は日本人で、名前は成田雄三郎。大学2年生。モナリザの絵の前で突然暴れ出し、自動小銃を取り出して美術館の職員、及び警備員を攻撃。14人が死亡、5人が重軽傷を負いました。また、成田はその場で銃殺されています。


 成田の自宅を捜査した捜査員によると、成田の家の中にはモナリザの写真が大量に貼られており、日記には小学3年生の頃からモナリザに恋をしていたという旨の記述が残されていました。また、ルーブル美術館宛に数千枚もの手紙を送っていたという事実も報告されており、犯人の精神構造や異常性について専門家が意見を交わしているとのことです。




***

 世界で最も有名な絵、と称されるモナリザ。


 その絵に不思議な力が宿っていることを知っている人間はごく僅かだ。


 目が合った人を惑わす魔性の瞳によって、どれだけの人の人生が狂わされてきたのだろうか。成田の事件は氷山の一角に過ぎない。モナリザの瞳に引き込まれたが最後、恋に落ち、モナリザのために奇行に走ってしまうのである。自分の命すら、顧みずに。


 モナリザの力は正体不明。故に、次にモナリザによって人生が狂わされるのは、今この文章を読んでいる貴方かもしれない……。


                            完


 


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