午前二時の独り語り

菜央実

賃貸アパート

 段ボールで二箱。

 私の引っ越しはあっという間に完了した。

 家具家電付きの賃貸とはいえ、テレビ台の脇に飾られていた西洋人形がそれらに含まれるのかは疑問だが、可愛い同居人なら大歓迎だ。



 新生活が始まり、私は人形を持て余すようになった。いくら置く位置を変えても、毎日のように人形は床に転がっているのだ。元の位置に戻すのを億劫になった私は、押し入れに人形を仕舞うことにした。


 ふと、人形の背中の縫い目部分に細い紙が丸めて挟んであるのに気づいた。指先で摘まんで、所々黒ずんだ紙を伸ばす。


「さ、わ、る、な?」


 辛うじて読めた言葉を呟いた途端、部屋の照明が、消えた。

 直ぐに明るくなったが、手に持っていた紙がない。ただ、黒い汚れだけが指に残っている。消えた紙と何度洗っても落ちない汚れを気味悪く思いながら、私は人形を押し入れの奥へと仕舞った。



 か細く、すすり泣く声に目が覚める。

 暗闇に目を凝らす。声はすぐ目の前の押し入れからだ。震える手で照明のリモコンを押すも、反応しない。手探りでスマホを掴み、ライトをつけた。

 押し入れが僅かに開いている。ライトを上に向けると、一番奥に仕舞ったはずの人形と目が合った。

 私の叫び声が部屋中に響いた。


 すすり泣く声が一転して、ケタケタと笑う声へと変わる。突然、照明がつき、部屋が明るくなった。人形が自ら望むように床へと落ちる。不自然に曲がった顔が私を見つめる。

 私は狂ったように叫びながら、玄関へと向かった。

 ドアが、開かない。


「誰か、誰かっ、助けて」


 ノブを回し、ドアを叩き、部屋の向こうに必死で助けを求める。部屋の奥からは笑い声が続いている。

 やがて、ごぼごぼと音を立て、浴室から水が溢れてきた。床を伝う水は赤く濁っていて、私の足下を赤く染めていく。水に混じって、黒く、長い髪の毛が何本も足に絡みついた。


「お願いっ、開けて!」


 私の声に反応したかのように、ドアノブがゆっくりと回った。軋む音をたてながら開いたドアの向こうは、真っ暗だった。


 闇の中にあの人形が浮かんでいる。


 何かに縛られたように、体が動かせない。

 人形が私へと手を伸ばす。セルロイドの硬い手が私の指をぎゅっと掴んだ。

 冷や汗が一筋、首元を流れる。


『アリガト』


 無表情の人形から、嬉しそうな声が聞こえた。



「いえ、変わったことは何も。昔、殺人が? 怖いですね。

 この人形ですか? 可愛いでしょう。私のお気に入りなんです。少し指先が汚れてますけどね」




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午前二時の独り語り 菜央実 @naomisame

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