奇跡に臆したわけでは
藤泉都理
奇跡に臆したわけでは
こ、こ、これは。
高校生が下校する時刻であった。
いつもならば、高校生に超絶人気のあるこのお店には長蛇の列がなしているのに。
今日は、ひとっこ一人いない。
しかも高校生ばかりか、近所のおばちゃんおじちゃんおじいちゃんおばあちゃんおこちゃまたちも、いない。
いるのは、お店の前に立っている私と、店員のお姉さんだけ。
こ、こ、これは奇跡だ。
カヌレ専門店であるこの店で特に人気があり、毎日空のショーケースしかお目にかかったことがないマロンクリームが乗っているカヌレが残っているばかりか、山積みの状態になっているのも。
私は周囲を忙しなく見回した。
けれど立ち止まっている人は、いない。
商店街の端っこにあるこのお店を素通りする人こそいるが、立ち止まる人は誰も。
しかもしかも。
いつもは一人一種類二個までと数量限定の注意書きが置かれているのに、今日はご自由にどうぞの札が置かれているばかりか、ショーケースをガン見している私を見て微笑んでいる店員のお姉さんも心に直接話しかけて来る。
ほら今がチャンスよ今しかないわ思う存分買いなさい、と。
いやこれは何かの罠だ騙されるなこんな奇跡などないと躊躇していると。
買うならいつ。今でしょ。
ぶわりと。後ろを通り過ぎた通行人が巻き起こす風が言葉と共に背中を押した。
私は抗わずにふらりふらりと距離を縮めて、ショーケースにくっつかんばかりに近づくと、店員のお姉さんに言った。
マロンクリームが乗っているカヌレを指さして。
「それ、二つください」
(2023.4.23)
奇跡に臆したわけでは 藤泉都理 @fujitori
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