歪な関係の終着点

 発表は二位という結果に終わった。

 内容は素晴らしかったけれど、例のビデオによって時間をオーバーしたことが教師からの評価を下げた。一方で、生徒からの票は圧倒的な一位だったらしい。


 一位は直前に発表していたアッキーと愉快な仲間達。

 気になる景品はテーマパークのペアチケットだった。


 二位の景品はレストランの割引券。

 もちろん三人で一緒に行って心とお腹を満たした。


 あの日から何もかも変わった。


 例えばそれは私を見る同級生の目。

 悪意か無関心だった視線が好意的なモノに変化した。


 例えばそれは体育の授業。

 任意のペアを作る憂鬱な時間、声をかけられるようになった。


 例えばそれは、ちょっとしたグループワーク。

 たまたま同じ班になった人と雑談をするようになった。


 私は失態を重ねた。

 緊張して早口になったり、会話が続かなくてトリビアを披露してしまったり、後で思い出した時に恥ずかしくなるようなことばかりだった。


 だけど、嫌な気持ちは無い。

 私はずっとこういう日々を求めていた。


 ほとんど覚えていないけれど、もっと幼い頃は、こういう日々が当たり前だったのだと思う。だけど、いつの間にか何もかも変わってしまった。


 私は優等生になった。

 周囲からは期待の目が向けられるようになった。


 私はモテるようになった。

 男子からは媚びるような視線を向けられ、女子からは妬まれるようになった。


 私は人を遠ざけるようになった。

 煩わしい人間関係なら無い方が良いと思った。


 だけど寂しくなった。

 きっと無意識に対等な友人を求めていた。


 私の願いは唐突に叶えられた。

 全部、春樹さんと優愛さんのおかげだ。


 それを自覚する度、二重の意味で顔が熱くなる。


 初めて本気で恋をしたこと。

 初めての友人を、あんなにも嫌っていたこと。


 ──かくして。


 私と春樹さんは普通の恋人になった。

 私と優愛さんは普通の友達になった。


 そして、あっという間に二ヵ月が過ぎ去った。

 私は色々なイベントを春樹さんと優愛さんの三人で楽しんだ。それは、あれだけ頭を痛めた日々が、まるで夢か幻だったかのように平和な時間だった。


 だけど、まだスッキリしない。

 私が彼の出した問題に答えを出せていないからだ。


 ──なぜ急に態度が変わったのか。

 ──あの日、優愛さんと何を話したのか。


 私にはふたつの考え方がある。

 ひとつは考えないこと。今がとても幸せなのだから、知らなくても良いじゃないかという考え方。


 もうひとつは知的好奇心とシンプルな嫉妬。春樹さんについて、私の知らないことを優愛さんだけが知っている。とても幼稚な表現をすると、なんかやだ。


 知りたいけど知りたくない。

 矛盾した感情がぶつかりあった結果、現状維持が続いた。


 私達は不自然な程に普通だった。

 あれだけ歪な始まりだったのに、今それは影も形も残っていない。


 今日、二学期が終わった。

 明日から冬休みが始まる。


 私はワクワクしていた。

 春樹さんと過ごす初めての長い休み。楽しみじゃないわけがない。


 ここ数日、私は寝不足である。

 理由は夜通し計画を立て続けているからだ。


 ──だから、なのだろう。


 全てのリソースを自己研鑽に注いでいた頃と同じように、一を聞けば十や百を理解できるような思考能力を、いつの間にか取り戻していた。


 その全てを春樹さんと過ごす冬休みの為に使っていた。

 だってこれはチャンスだ。彼の顔をまともに見られなくなってから二ヵ月、数々の失態を帳消しにするには、それはもう素晴らしい計画を立てなければならない。


 だから、その瞬間まで気が付かなかった。

 あるいは意図的に目を背けていたのかもしれない。



『いつもの教室で待ってる』



 終業式の後、春樹さんから連絡を受けた。

 いつもの教室。それは図書室の近くにある場所のこと。


 私は違和感を覚えた。

 だって、わざわざ人目の少ない場所に行く理由が無い。


 二人で話がしたいのならば私の家にでも行けば良い。

 普通に下校するだけでも、その機会はいくらでもある。

 

 だから私は確信した。

 歪な関係の終着点は、この先に有る。


(……帰ろうかな)


 私は今の関係を気に入っている。

 何か秘密があるのならば、墓まで持っていけば良いとすら思う。


 数秒後、自分を嘲笑った。

 随分と丸くなったものだ。優愛さんを必ず地獄に堕とすと言っていた坂下輝夜は、どこに消え去ったのだろう。


(……行きましょうか)


 スマホを鞄に入れ、私は歩き始めた。

 移動時間は五分くらい。それほど長い時間ではない。


 歩く度に思考が加速した。

 色々な可能性が思い浮かんでは消え去った。


 例えばそれは幸せなケース。


 単純にいつもの場所を指定しただけで、何も考えていなかったとか。

 あるいは、お疲れ様会をするために、二人の思い出が最も多い場所を選んだとか。


 例えばそれは悲しいケース。


 私にとって好ましくない真実が明かされるとか。

 春樹さんのスマホを奪い取った誰かのイタズラとか。 


 例えばそれは──


(……着きました)


 体感にして、ほんの数秒。

 いつの間にか目的地が見える場所まで来ていた。


 あとは、ほんの数歩だけ。

 ドアの前に立って、軽く力を入れるだけ。


 ──


 ドクン、ドクンと鼓動が早くなる。

 息は浅くなり、視野はどんどん狭くなる。


 それは緊張のせいではない。


「……ぁ、ぇ?」


 世界から音が消えた。

 色も匂いも体の感覚さえも奪われた。


 残ったのは、それだけ。

 私の目に映る二人の男女だけ。


 ──高校二年生の二学期。


 私の人生が最も変化した三ヵ月。

 その終着点で目にしたのは、恋人と友人の姿。


 互いに目を閉じて、唇を重ねている姿だった。

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