私だけを見て
失敗した。想定が甘かった。
最悪だ。こんなの絶対にダメ。私の舌を引き抜いてでも避けるべきだった。
私のせいで春樹さんがもっと苦しむ。
それを認識した私は──心から嬉しいと思ってしまった。
春樹さんは優愛さんのことが好き。でも、これは悪いことじゃない。だって二人は幼い頃からずっと一緒なのだ。仮に春樹さんがたった一度の出来事で優愛さんを嫌いになれるのならば、他の人物はどうなるだろうか。きっと些細なことで嫌いになる。そんな人と一緒に居てもストレスが増えるばかりだ。
だけど彼は優愛さんを受け入れた。
自分の常識と違う事柄に「おかしい」というレッテルを貼り付けず、寄り添って、相手の目線になって考えた。なんという器の大きさなのだろう。大好きだ。
春樹さんは、他人を理解することができる。
自分勝手な偏見でカテゴライズすることは決して無い。
だから、本当の私を見せられる。
きっと彼は本当の私を受け入れてくれる。
でも、それは今じゃない。
もっと彼と親しくなった後にする。
焦る必要は無いと思っていた。
春樹さんと優愛さんが二人で歩いた道。二人で食べた物。二人で行った場所。色々な思い出を全部、ゆっくりと上書きするだけで良いと思っていた。
間違いだった。
見積もりが甘かった。
二人を引き離す必要がある。
だから彼を遠い場所に連れ出した。
だって、見ていられなかった。
あんなにも辛そうな顔をした彼を放置したら、きっと一生後悔する。
昔おじいさまと見た星空の下。
彼から事情を聞いた私は、気が狂いそうだった。
一緒の部屋で寝た?
……あんなことがあった後で、まだ彼に縋るの?
気持ち悪い。信じられない。
そして何より……気が付いてしまった。
彼を苦しめているのは、私だ。
結局、春樹さんと優愛さんは両想いだった。
私が間に入らなければ、今頃は元通りになっていたかもしれない。
身を引くべきだ。
私が消えれば、彼の苦しみも消える。
──無理。絶対に無理。
私の方が好きだ。私は絶対に裏切らない。私の方が春樹さんのことを考えてる。彼が最も幸せになれるパートナーは優愛さんなんかじゃない。
何をしよう。何をするべきだろう。
どうすれば、彼は理解してくれるのだろう?
考えて、考えて……ふと、気が付いた。
私と彼の関係は、一方通行だ。彼が私のために何か行動してくれたことは無い。
でも優愛さんは違う。
病院に行ったり、その後のケアをしたり……。
ズルいよ。そんなの。
あいつは春樹さんを苦しめてばっかりなのに……なんで、なんで、なんで。
──だったら、私も悪い子になろう。
春樹さんの事情なんて知らない。
ぜーんぶ無視して、私の欲求を優先しよう。
これまで隠していた汚い私を彼に見せよう。
独善的で、嫉妬深くて、欲求不満で、人肌恋しい部分を見せよう。
──如何でしたか?
私、春樹さんになら全部あげても良いですよ。なんでもしてあげますよ。
だから、どうか、お願いします。
優愛さんなんか忘れて……私だけを見てください。
【あとがき】
以上、第三章「私だけを見て」でした。
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