最終章 カノジョの選択(約3万文字)
めんどくさいなぁ
「お帰りなさい」
家に帰るとお母さまが玄関の先で正座していた。
お母さまに嘘は通じない。だから私は白状することにした。
「恋人と旅行に行っておりました」
「まぁ!」
お母さまはパッと笑顔を咲かせた。
「輝夜さん、いつの間にそんな方が?」
「ほんの半月ほど前です」
「なぜ紹介してくださらなかったの?」
うるさいなぁ……。
「お母さまが、家にいらっしゃらなかったので」
「ごめんなさい! そうですよね。大事なことは直接伝えたいですよね。輝夜さんの気持ちを汲み取れなかった愚かな母を許してください」
「いえ、とんでもございません」
「ありがとうございます。輝夜さんは優しいですね」
早く終わらないかなぁ……。
「ところで、お泊りデートでしたか?」
「はい。天体観測をするために」
「あらあら素敵ですね。しかし高校生の男女が泊まりで旅行とは関心しません」
「清い交際をしております」
長いなぁ。
「もちろん輝夜さんのことは信頼していますよ! しかし男は等しく……いえ、
「彼は、お父さま以上に誠実な方ですよ」
「あらあら。言うようになりましたね」
足、疲れたんだけどなぁ。
「彼は成績優秀な方?」
「数学は私よりも上です」
「素晴らしい。是非その方と勉学に励み、輝夜さんの価値を高めてください」
こういうところが本当に嫌い。
試験の成績とか、スポーツの大会で結果を残したとか……心底どうでもいい。
私が好きなのは、自分の目で見て感じたことを理解して受け入れられる人だ。他人が決めた評価で自分の意思が左右されるような人、全く好きになれない。
「輝夜さん。何度も言いますが、やれイケメンだとか、そのような一円の価値も無いステータスに騙されてはなりませんよ」
「もちろんです。お母さまは心配性ですね」
「当たり前です。大事な一人娘なのですから」
お母さまは、いつもこんな感じだ。
家に帰るのは十日に一度ほど。普段は会社を経営するため忙しなく働いている。
お母さまは私を大事にしてくれる。おねだりすればいくらでもお金をくれる。夜食をリクエストすれば必ず作ってくれる。会いたいと言えば仕事を休んでくれる。仮に「母親の評価シート」があるなら、ほぼ満点を取れる理想の母親と言えるだろう。
だけど私は好きじゃない。
お母さまは、私を見ているようで、見ていない。
「ところで輝夜さん、聞いてください」
「なんでしょうか」
「龍臣さんの話です」
その最たる例がこれだ。
お母さまが愛しているのは、お父さまだけ。
私のことなんか見ていない。
彼女は自分の娘ではなく、お父さまの娘を愛しているだけなのだ。
そのことに気が付いてから──顔を見るだけで虫唾が走る。
「……申し訳ありません。長時間移動の後なので、一旦お風呂に入りたいです」
「あらっ、私ったら──」
はい、終わり。ぜーんぶシャットアウト。
あーあ、嫌な気分だな。せっかく春樹さんと……
(……気持ち悪い)
お母さまに近付いている感覚がある。
恐らく外見は髪を切ればそっくりになる。
男性に依存する性格も遺伝しているような気がする。
妙に察しが良いところとか、愛が重い部分とか、怖い程に似ている。
(……とても不愉快です)
その後の記憶はおぼろげにしか残っていない。
ただ……いつものように、地下室の机に穴が増えた。
* * *
『死ねよ淫乱クソ女』
教室に入ると机の上に紙が置かれていた。
視線を感じた方に目を向けると二人の女子生徒が居た。
この学校には、春樹さんと優愛さんを理想のカップルとしてアイドルのように応援する謎の勢力が存在している。恐らく、その人たちに目を付けられた。
原因は社会科見学へ行く前のグループワーク。
春樹さんと仲睦まじい様子を周囲に見せつけた翌日あたりから、このようなことが始まった。見知らぬ人に呼び止められたり、品の無いメッセージが届いたり……本当に煩わしい。
(……今回は、どうしようかなぁ)
一人くらい見せしめで潰そうかな。
でも、その話が春樹さんに伝わるのは嫌だ。
(……めんどくさいなぁ)
紙を丸めてゴミ箱に捨てる。
それから席に戻って本を開いた。
無視することに決めた。
大丈夫。慣れている。実害が出ない限りは無視で良い。
(……結局、どの学校も同じか)
このような煩わしい出来事が嫌だから人を遠ざけた。
それなのに……まあ、いっか。本を読もう。関わるだけ時間の無駄だ。
(……春樹さん以外、いらないなぁ)
自分の席で背筋を伸ばし、本を読む。
周囲からは絶えず声が聞こえる。私とは無関係な声と、私に悪意を向ける声。
よく聞こえるのは楽しそうな声なのに、その輪の中に私が入ることは無い。
うんざりする。
いっそのこと全部消えてしまえと思う。
春樹さんだけ残ればいい。
地べたに寝転がって星空を見上げた時みたいに、二人だけの世界があれば良い。
それはきっと、この上なく幸せな世界だ。
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