茶番は終わり

「えへへ、今日は本当に良い一日でした」


 輝夜の寝室。


「出版社、良かったなあ。本好きの方と対面で話せるのは、やっぱり楽しいです」


 勉強机に頬杖を付いた彼女は、プリントアウトした写真を眺めながら言う。


「それから、春樹さんとの写真……うふふ」


 手元には使い終わったペンがある。


「スカイツリーで抱き付いてしまったことは反省点ですけど……でも幸せでした」


 その表情は恍惚としている。


「それに、春樹さん……」


 無邪気に笑う子どものように彼女は言う。


「なんて、残酷なのでしょう」


 輝夜は写真を見た。それは江戸城跡へ行く前に三人で撮ったもの。


「春樹さんの願いなら叶えますけど……」


 写真には春樹と輝夜、そして、黒く塗り潰された人物が写っている。


「優愛さん、とってもかわいそう」


 言葉とは裏腹にその声は弾んでいた。

 なぜならば、これは彼女が望んだ結果でもあるからだ。


「輝夜ちゃん」


 笑いを堪える。


「どこまで本気なのでしょうね」


 春樹を傷付けた優愛を地獄に堕とす。

 これは輝夜の中で決定事項となっている。

 今後よほどのことが起こらない限り、心変わりすることはない。


 優愛は春樹を諦めないことにした。

 輝夜は大歓迎だった。だって、それは優愛が最も苦しむ選択なのだから。


 輝夜はそれを知っている。

 好きな人が別の誰かと幸せそうに話している姿を見ることが、どれだけ苦しいことなのか知っている。気が狂いそうになるような胸の痛みを今でも覚えている。


「優愛さんの心が折れた後なら、本当の意味で友達になれるかもしれませんね」


 輝夜はハッとした。


「ああ、それ良い。良いですね」


 輝夜が考える友達の条件。

 互いの気持ちを分け合えること。


 輝夜は優愛が嫌いなわけではない。

 ただ、春樹を傷付けたことが許せないだけ。


 もちろん永遠に恨み続けることは無い。

 相応の罰を与えることに成功したならば、この件については忘れる。


 逆に、この件だけは絶対に忘れない。

 例え春樹が受け入れたとしても、輝夜だけは絶対に罰を与えることを諦めない。


「茶番は終わり」


 輝夜は不思議な気持ちだった。


「一日でも早く、彼女の心を折りましょう」


 長いこと他人を避けていた。

 友人はもちろん、普通に会話できるような相手も皆無だった。


「大丈夫、きちんと慰めてあげます」


 人が嫌いなわけではない。

 寂しいと感じる心なら輝夜にもある。


 むしろ、友達が欲しい。

 心から笑い合えるような相手が欲しい。


 だから──


「私と春樹さんが結ばれた後で、本当の友達になりましょうね。優愛さん」


 輝夜は、うっとりとした表情をして、写真の黒く塗りつぶされた部分を撫でた。


「大丈夫。悪いことは何もしません」


 輝夜は攻撃的な人間ではない。目的のために手段を選ばないタイプではあるけれど、他者を傷付けるだけの行動を選ぶことは絶対に無い。


 輝夜は決して春樹を傷付けない。

 だから優愛を攻撃することは無い。

 彼の精神的負担を増やすことになるからだ。


 輝夜がやろうとしていることは、とてもシンプル。

 春樹とイチャイチャするだけ。仲睦まじい姿を優愛に見せつけるだけ。


 もしも輝夜が悪い人間ならば、優愛はダメージを受けないだろう。

 むしろ「悪女から春樹を助ける」というモチベーションを得るかもしれない。


 しかし輝夜が善人だった場合はどうだろう。

 自らも「友人」として接することができる相手だったならば、どうだろう。


 輝夜は知っている。

 ほんの数週間前、輝夜の目から見た優愛は善人だった。春樹の隣に立つに相応しい人物に思えた。だからこそ輝夜は身を引いた。


「次は、優愛さんの番です」


 輝夜は写真を大切そうに両手で持った。

 それから微笑を浮かべ、優愛の写った部分を引き裂いた。


「次の次は、絶対に無いですけどね」


 優愛の写った部分を握りつぶしてゴミ箱に捨てる。

 そして手元に残った「綺麗な写真」を幸せそうな表情で見つめる。


「そうだ、明日は土曜日ですね」


 輝夜はスマホを手に取る。

 そして、春樹にメッセージを送った。

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