視線で人が殺せたら
そんなの大量殺戮兵器だね。
※
「ありもしない空想で物を語るなんて愚の骨頂であり思考能力の低下に繋がるうえまともな判断が下せなくなる原因になりかねないし、思い込みほど救えないものはない。つまり、今言った仮説は何の役にも立たない上ありもしない空想の産物であるとして、論ずる必要性もない。以上会話終了お疲れ様。課題が首を長くして僕を待ってるんだ。失礼するよ」
ガタン、と無情にも彼は分厚い資料を小脇に抱えて立ち上がった。
銀縁フレームの四角い眼鏡を中指で押し上げ、食堂の机に突っ伏した私を見下している。冷たく私を見る彼の名は
「課題より優先すべきは友との友情でしょーが」
雪は私を一瞥して冷ややかに言い放つ。
「大学に入って二年経つけど、その間君なんかを友人だなんて思ったことは一度としてないな。友とはお互いに不足している部分を補う存在を指し、利用出来ないなら友人とは呼ばないことにしている」
「うーわ、最低ー。じゃあ私が今度の部誌に載せる小説のネタに困っているとしても、雪は一切関与してくれない上見捨てて課題の元へ走り去って行ってしまうってわけね?」
「…………小説の話としては面白いと思う。ただ、どんなにいい素材でも使い手が悪ければ腐らせるだけ」
「遠回しに私に実力がないって批判してんの?」
机に突っ伏して雪を見上げながら、私は不機嫌に尋ねる。
すると、雪は私から視線を外してもう一度フレームを押し上げた。
図星かい。
「かー、ムカツク」
「まだ君の発言を肯定していない」
雪は少し苛立ったようだ。口調が苦い。私は改めて雪を見上げた。
冷ややかに私を見下している雪。
その視線はどこまでも冷たく冷徹。
私を射て余りあるほどの冷やかさ。
さっきまで自分が題材にしようとしていたことを思い出した。
視線で、人を殺せるとしたら。
あり得ない空想だと雪は笑った。
だが、雪の視線こそが人を殺すには相応しいのだと私は思う。
人を殺すのは殺意ではない。徹底した無関心こそが人を殺すのだ。
自分を見ているはずの視線が実は自分を通り越していると知った時、きっと私は絶望する。
こんな精神論を雪は嫌うな、と思った。なので、物理的肉体的に死を与える方向で小説の内容は考えるとしよう。
何だかんだ言って、雪は私の書く物を読むし、必ず批評する。
頼んでない上辛辣だから、聞いてて耳が痛い。
「聞いているのか?
キッと私を睨むその視線。
私は「聞いてる」と生返事をしながら、ぼんやりと雪を眺めた。
もしもこの視線が、人を睨むだけで殺せるというのなら、きっと私は、両手の指じゃ足りないくらいに死んでいる。
短編集 藤島 @karayakkyou
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