吼えろ! 降雷ボルトチェンジ

 応接間で赤色灯が点灯し、異常事態を告げるブザーが鳴り響く中で、キュクロプスは三杯目のブランデーを飲み干した。ダブルスピナーは通信機を片手に、余裕を無くした表情で通話を続けている。

「全てのソルジャーズを改造手術室に集結させろ、クインビーとアサルトワスプが来るまで徹底的に消耗させるんだ。担当のポイズンフォグはどうした……脱走者の片方と相討ち? メガボルトの被験体が両方脱走騒ぎを起こしたのか!?」

「失礼します!」

 応接間の扉を突き破るように開き、スーツ姿の男が入ってきた。彼はダブルスピナーの秘書にあたり、生身のまま黒王派で働くエージェントでもある。彼もまた、今の上司同様口角泡を吹いて状況を報告せんとしていた。

「キュクロプス殿の前でお見苦しい所を晒してしまい申し訳ありません! 緊急事態の報告ですが、通信中につき口頭の伝令に参りました!」

「なんだ!?」

「外部から二名の侵入者です! 南西のダクトから入り込み、工場地帯を強行しつつ電産室へ向かっております! か、片方は……改人です!」

 ダブルスピナーは形の良い目を大きく見開いた。驚愕のあまり鼻の穴が大きく広がり、口はだらしなくポカンと開く。

 敵対的な改人の侵入。それは改人と黒王派の存在を確実に認識し、ダブルスピナーがいる秘密工場の場所を特定している組織的存在からの攻撃を意味する。仮に侵入者を始末したとして秘密工場の場所は既に握られており、今後の攻撃は不可避。現在は脱走者の対処に人手を割いているので侵入者を逃さないということさえ困難である。本部からの応援は間に合うはずもなし。つまりは……。

「詰みだな。」

 状況を一言で言い表すと、キュクロプスは四杯目を一息に飲み干した。人工筋肉が代謝促進機能を持つため、改人が酔うことはない。それを差し引いてもかなりのペースであった。自らのポストを脅かしうる優秀な後輩の失墜ぶりに、酒が旨くて仕方ないのだろう。

 だが、キュクロプスは五杯目には進まなかった。代わりに鷹揚な所作で立ち上がると、ダブルスピナーを見てこう言った。

「脱走者を殺して侵入者を捕らえてみせろ。そうすれば俺は黒王に申し開きをしてやれる……この基地の指揮官は優秀、されど敵軍はさらに優秀。函館山のように取り潰すのは得策とは言えない、とな。」

「キュクロプス殿……。」

 ダブルスピナーは息を呑んだ。キュクロプスの案が通れば、この中部山地秘密工場の寿命は伸びる。敵にバレたせいで放棄するという判断は、延期するか見送られるかもしれない。施設の役割も、兵器の生産拠点から陽動のための要害に変わる可能性もあるが、それでも生き延びる可能性は生まれる。

「時価三十万円クラスもいいがな、安物のブランデーの飲み方を教えてやろう。お前が生きて帰ったらの話だがな。」

 秘書の向ける不安そうな視線とキュクロプスの捻くれた激励を受け、ダブルスピナーは唇を引き結び、瞳に光を宿した。それは、自分の城を荒らされた怒りの表情でもあった。そこには大慌てで秘密基地を守ろうとする、融通の効かないエリートの顔はなかった。肥大化したエゴのままに暴力を振るう、人類の敵、改人の顔だった。

 ダブルスピナーの顔に改人のあるべき姿を垣間見て、キュクロプスは満足げに言った。

「それでいい。いけっ、邪魔する奴らを捻り潰せっ!」





 改造手術室の外には、灰色の壁と金網の床でできたトンネル通路が伸びていた。右に出れば大型搬入口……つまり出口であることは体内のセンサーで把握したが、敢えて左に向かった。易々と出ていくつもりはないからだ。

 装甲パンツとゴテゴテしたジャケットが、無風のトンネルでふわりとはためく。磁力か、あるいは静電気の作用だ。それはモモの闘志とシンクロしていた。やがて闘志は電撃として放出され、足下の金網の数カ所を溶断した。モモの体は雷を纏い始めた。曲がり角から最初に出てきたソルジャーズが、放電現象を浴びて倒れた。

 トンネルの前後から警棒を持ったソルジャーズが現れ、あっという間にモモを取り囲む。モモは不敵に笑い、獰猛な笑みを浮かべた。戦いの始まりを告げる呪文はもう知っている。この身に眠るマシンが、この身に力を与える術を教えてくれる。

「降・雷ッ、ボルトチェーンジ!」

 上着を翻し、左手首に右手を叩き付ける。すると彼女の周囲にスパークが散り、その後輝く雷電が体を取り囲んだ! 変化は一瞬だった。頭から禍々しい二本角が生えた。髪は伸びて癖毛と化し、真ん中は真紅に、両脇は黄金色に変色する。上着とハーフパンツは粒子に分解され、鎧武者の下半身を思わせる装甲ズボンと、肩を覆うプロテクターに作り変えられた。ボディスーツには黒の他に赤と黄色が浮かび上がり、複雑な模様のパターンを描く。装甲ズボンから取り出したサングラス型デバイスを装着し、彼女の変化は終了した。

 そのプロセスの間に巻き起こる電撃の奔流にソルジャーズは身構えていたが、変化が完了した途端に一斉に襲い掛かった。同じ動画を並べたかのような警棒振り上げモーションと、猛烈な突撃! それを一撃で吹っ飛ばす強烈な回し蹴り!

「食らいやがれェ!」

「ヒュイーッ!」

「ヒュイィ!」

 その横薙ぎの蹴りはまるで草刈鎌のように鋭く、ソルジャーズ三体の胴体を一息に切断、戦闘不能になったソルジャーズは自爆機能によって木っ端微塵と化す! 反対側から襲い掛かる二体も同様に対処され、爆散!

「うォら!」

「ヒュイーッ!」

「そォら!」

「ヒュイーッ!」

「だるァ!」

「ヒュイーッ!」

 お返しとばかりに飛びかかり、正拳突き、右フック、左アッパー。一体の腹部が砕け、一体の上半身が砕け、一体の頭が砕ける。三つの爆炎!

 前方最後の一体を、蹴り石代わりに蹴っ飛ばす。そいつの爆炎を背に、反対側へドロップキックで飛び込む! 一本の巨大な矢のようにぶつかると、まとまっていたソルジャーズは一体残らず粉微塵となり、破片全てが自爆した!

 轟々と燃える焔を背にして、それに負けぬほど燃える闘志を胸に、モモは叫んだ!

「響け雷! 叫べ電! 世に悲劇の蔓延るさだめ無し! 聞けェ悪党共! 我こそ愛と平和の使者……魔法少女、メガボルトォ!」 

 更なる爆発がメガボルトを襲う。ソルジャーズの自爆ではない。メガボルトのサングラス型ヘッドマウントディスプレイはプロペラ浮遊する複数機の小型ドローンを捉えた。うち一機がすぐ隣で炸裂し、その周囲を飛ぶ随伴機が同時に起爆する! 爆炎と破片と衝撃波を浴び、メガボルトはトンネルの壁に叩きつけられた。

 爆発を潜るように、一体の改人が現れる。右腕に杭を搭載したガントレットを装着し、背中に蜂に似た羽を付けた青いフライトジャケットの改人である。戦闘機パイロットのそれを模したヘルメットから、殺意に満ちた目が透ける。

 改人はガントレットを突き出すと、そのままメガボルトへ突っ込む! 杭が目前へ迫る!

 メガボルトは首を左へ傾けて、致命攻撃を避ける。ガントレットから射出された杭がトンネルの壁に突き刺さった。

「ン何が魔法少女だ、脱走者風情が。俺のパイルは炸薬と電磁加速の二重システム、一瞬であの世へ送ってくれる。」

「楽しい玩具だな、蚊が止まるかと思ったぜ!」

「ぐおぉっ!?」

 メガボルトは敵改人アサルトワスプの腹を蹴って吹っ飛ばすと、横へ跳んだ。一瞬前までいた場所へ、自爆ドローンが殺到する! 爆ぜる爆ぜる、壁が爆ぜる!

 アサルトワスプ、二度目の吶喊。ドローンの自爆攻撃を嫌って隙を見せたところを、虫羽型飛行ユニットによる高速移動からのパイルバンカーがアサルトワスプの狙いだ。

 ドローンは同僚の改人クインビーが操作しており、巧みな動きでアサルトワスプへの誤爆率を無くす。よってアサルトワスプはただただ一撃のタイミングを狙えば良い。そしてそのタイミングとは、ドローンから逃げるため背を向けた今なのだ!

「そのまま追いかけさせろクインビー!」

「ラジャー。」

「これで終いだーッ!」

 アサルトワスプの虫羽が三倍の速度に加速、一気にメガボルトへ迫る! メガボルトは突如振り返り、金網の床に赤熱のブレーキ跡を刻み付ける!

「今更迎撃を狙おうと無駄だぁ! ドローンで甚振ってから殺す!」

 アサルトワスプは接近を中止。クインビーのドローンが停止したメガボルトへ殺到する。一斉の自爆攻撃が今、行われ……。

「待ってたぜェ、この瞬間をよォ!」

 その直前、メガボルトは両腕を足下へ打ち付けた!

「降雷ィ、スパークウェーブッ!」

 メガボルトの前方に雷の壁が現れ、ドローン達を呑み込む。高圧電流に晒された自爆ドローンは搭載した火薬もろとも爆発! その爆炎と衝撃波が、ドローン攻撃で生まれるはずのメガボルトの隙を狙うために様子を見ていたアサルトワスプを襲う!

「のがっ!?」

 思わず防御の姿勢をとったアサルトワスプに、メガボルトが躍り掛かる。その右腕は眩いばかりの稲光に包まれていた!

「降雷ィイ! マグナムパァアアアンチ!!」

 降雷マグナムパンチとはメガボルトの必殺技である。腕に収束した電気エネルギーの熱量によって敵の装甲を劣化せしめ、合成人工筋肉の膂力を乗せた拳の衝突で敵の装甲を突破し、そしてそこへ電気エネルギーを流し込む三段構えの対改人用打撃マニューバーである!

「ぬぐぉおお!?」

 対するアサルトワスプは纏わりつく爆煙を振り切り、パイルバンカーを突き出す。交差する拳、クロスカウンター! アサルトワスプの拳はメガボルトの頬を掠めた。メガボルトの拳は、アサルトワスプのヘルメットへ届いた! スパークが迸り、砕け散る!

「やられた……? 大口を叩いておいてこれか!」

 プレートメイルに似た装甲に覆われた改人、クインビーが吐き捨てる。背中に背負った六角柱の先端が開き、そこからドローンが飛び立っていく。邪魔な味方はいない、残存のドローンで一気にケリをつける。そう考えながら、クインビーは曲がり角から様子を伺う。そこへ飛び込んでくるアサルトワスプの残骸!

「なっ!?」

 ソルジャーズ同様、改人も戦闘続行不可能なダメージを負えば自爆機能が起動する。そして現在クインビーの周囲には二十を越す自爆ドローンを近くに浮かせている。

 自爆用とはいえ誘爆程度で火薬が起爆するような設計ではない。だがメガボルトの電撃は、クインビーのドローンが搭載する火薬を自爆させる程のエネルギーを発するのだ。改人の自爆も合わされば、尋常ではない炸裂が生まれる!

「降・雷ッ! サンダーシュートォ!」

 メガボルトが腕を振り抜き、電速の光を投げ付ける。退避は……間に合わない! 雷撃の矢が複数台のドローンを貫くと、その熱量で搭載する火薬が炸裂! 同時にアサルトワスプの残骸も自爆! 相乗する爆発のエネルギーによって、残りのドローンもまとめて誘爆! クインビーはまともに巻き込まれる!

「うぎゃあああっ……!」

 巨大な爆炎の中に、クインビーの自爆が混じって消えた。トンネル内部が揺れるほどの凄まじい衝撃、逃げ場を求めて荒れ狂う噴炎を浴びながら、メガボルトは獰猛な笑みを浮かべた。

「ちっと派手にやりすぎたかァ?」

 金網の床は完全に溶け去り、剥き出しのコンクリートには満遍なく焦げ跡が刻まれている。煙が周囲を完全に覆い隠し、酸素濃度が急激に下がっていく。周囲には燃え残った火が弱々しく揺らめいていた。

「だがまだこんなもんじゃ済まさねェ。次ァどいつだ!」

 挑発するように叫びながら、メガボルトは敵が来る方向を既に見出していた。真上からの攻撃を内蔵センサーに感じたのだ。コンクリートの天井を突き破り、回転する鉄腕が現れた!

「私だ。」

 マッシヴなボディ、モトクロスのそれに似たシャープなヘルメット、銀一色で塗られた全身、そして左右で正逆の回転を続ける両腕! 黒王派の指揮官級改造人間、ダブルスピナーの急降下ドリルアーム攻撃だ!

 









 

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粉砕・破壊・必殺・無敵 魔法少女メガボルト @alpharfa114541

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