第5話

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 客間から離れリビングへ向かうと、俺は知らぬ間に玄関に居座っていた村長に気がついた。

 どうかしたのかと近づくと、村長はギョッとした顔を見せる。


「い、いやー、話し合いがどうなってるのかと気になっての。心配で見にきたんじゃ。して、話はもう終わったのか?」


 村長はどこか気忙きぜわしい様子で、俺と居間とを見比べた。


「いえ、二人はまだ迷ってる途中です。王都に行って冒険者になるか、この村に留まって村人として過ごすか。簡単には決められない事です」

「ふむ……お主は二人が冒険者になる事に反対ではないのか? さっきも冒険者たちの前で強情張ってたじゃろ」

「まぁ、確かに冒険者になって欲しくない気持ちはあります。とはいえ、俺が勝手に決めていい事とも思えないですし。本当は冒険者たちにステータスを見せる段階でアリスを止められたらよかったんですけど……」


 あの時、アリスを止めれていればまた違う結末になっていただろう。

 けれど事の顛末を悔いていてもしょうがない。


「なるほどの。そうかそうか、その通りじゃの」


 俺が今の状況を簡単に話すと、不安げな様子から一転して村長は表情を綻ばせた。


「では、ものは相談なんじゃが……なんならワシが決断を下してやっても良いぞ?」

「……はい? 村長がですか?」

「うむ、ワシがじゃ」


 村長の提案に一瞬驚く。だが、俺は直ぐにその真意を察する事が出来た。

 なるほど。多分村長は、アリスとアリアに村に留まっていて欲しいのだろう。しかしオリヴィアさんがいる手前、自分の意見を押し通す事も出来ない。

 そのため、こうして俺の所に助言する様な形で現れたというわけか。


「確かに村長の意見も考慮に入れるのも、一つの考えかも知れませんね」


 村長には色々とお世話になった。

 俺が父親代わりとして妹二人を育てたとは言え、子供ではやはり限界がある。

 怪我や病気など急事の際に、村長は真っ先に手を差し伸べてくれたのだ。その点は感謝している。

 だが許せないのは、その恩義を笠にきて村長は村で一番可愛いアリスとアリアを自分の孫たちにめとらせるなどと公言しているのだ。

 そんな事は俺が絶対に許さない。絶対に。

 しかも風の噂で聞いた話じゃ、俺たちを助けたのも親切心によるものではないらしい。

 自分に何かあった時のためにと、村長は父さんから大金を預かっていたのだ。

 そんなずる賢い村長の魔手から逃れるには、妹二人に王都へ旅立ってもらうのが良いのかもしれない。そう考えると、王都行きは降って湧いた妙案の様に思える。


「村長、立ち話は終わったかな?」


 俺が二人の王都行きを冗談半分に決めていると、村長の背後——玄関の外から聞きなれない女性の声が聞こえてきた。

 声のした方を覗くと、長身の女性が紺のローブを身に纏い、左手に杖をたずさえて立っていた。


「私は『アルカディア』に所属する魔術師、シェーラ・フォルダムだ。よろしく、少年」


 自らを魔術師と名乗った女性は、ニコリと俺に柔和な笑みを向けた。

 『アルカディア』という事は、オリヴィアさんの仲間なのだろう。先ほど村に来た冒険者たちの中に、彼女は見当たらなかった様に思える。


「自分はルーク・カルセンです。はじめまして」


 俺は少しの警戒を向けながら、彼女を観察してみた。

 すらりと伸びた背丈に、杖を手にする魔術師然とした格好。彼女が被っていたフードを上げると、流れるような銀糸の長髪が姿を現し、その容貌が確認できた。

 エルフではないのだろうが、オリヴィアさんに負けず劣らずの美貌。大人びた雰囲気と落ち着き払った立姿もどことなく彼女を連想させる。村には居ないタイプの美しく気品に満ちた女性だ。

 だが、そんな美貌よりも目を引くのは彼女の眼だ。その目蓋は固く閉ざされており、視界が完全に塞がれている。

 これでは何も見えないのではないだろうか。


「ああ、これかい? 大丈夫、ちゃんと見えているよ。うん、君は綺麗な色をしているね」

「そう、なんですか……?」


 《色》という言葉が何を指すか判然としないが、見えているのならばと握手の手を差し出した。

 すると彼女はそれをしっかりと握ってくる。


「さぁさぁ、立ち話もなんですしどうぞ中にお入りくださいフォルダム様。狭い家ですが最大限持て成しますぞ」


 村長は家長の俺を差し置き、きおいこんで言った。


「お邪魔していいかい? オリヴィアもここにいるのかな?」

「ええ、どうぞ上がってください。オリヴィアさんなら居間で妹たちと話をしてます」


 こちらを窺うシェーラさんを快く家へと招く。

 オリヴィアさんの名を口にするその響きには深い親しみが込められており、そのために先程までのシェーラさんに対する警戒心は吹き飛んだ。


「ふむふむ。では、わしも失礼して」


 そして村長はというと、このままの流れで話し合いに参加するつもりなのか、しれっと家へ上がり込む。


「ああ、村長。ここまでの道案内すごく助かった。もう大丈夫だから、戻ってくれて構わないよ」

「あ、え、いや、でものぉ……」

「他の団員たちに聞いて大体の状況は理解している。大方、話は難航してると見えるし、容易に答えの出せるものでもない。私が言える立場でも無いが、あまり部外者が介入すべきことではないだろう?」

「そ、そうか……のぉ……?」


 部外者、とバッサリ切られた村長は口ごもった末、我が家とシェーラさんを見比べた。その顔はどうすべきか迷っているようだ。


 しかし村長も一応はこの村を代表する老齢の人物で、子供のように我を通す選択は避けたようだ。

 年相応の分別のために踵を返し、丘を下って行く村長。その寂しそうな背中をシェーラさんと二人で温かく見送る。


「ふふ、村長には悪いことをしてしまったかな? でも、彼が居ては話が拗れると思って。余計なお世話だったかい?」

「い、いえ! とんでもない! ありがとうございます!」


 言葉とは裏腹に悪戯っぽい笑顔をこちらへ見せる彼女の仕草に、俺は一発でこの人が好きになった。

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ゼロの継承者 緒方 悠 @ogata_you

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