第4話
3
冒険者たちが村を後にしたのを見届けると、オリヴィアさんの意向で、俺たちは話し合いの場を持つ事となった。
議論の内容はただ一つ。アリスとアリアの将来について。
先ほどは冒険者たちの一方的な押し付けに思わず拒否の姿勢を示したが、オリヴィアさんとなら冷静な話し合いが出来そうだ。
そう思い、快く俺たちの家へと招いた。
「狭い家ですがここでなら四人で話ができると思います。どうぞこちらに座ってください」
父お手製の小さなローテーブルが置かれただけの質素な居間。そこの上座へオリヴィアさんを案内したところで、俺は重大な難問にぶつかった。
オリヴィアさんを家に招いたは良いものの、我が家に
贅沢な持て成しは出来ないが、取り急ぎお茶でも出せばいいのだろうか? それともお菓子? やっぱり両方がベストか?
未知の対応に煩悶と頭を悩ませる中、オリヴィアさんが不意に深々と頭を下げた。
「先程は申し訳ないことをした。団員たちの非礼な言動の数々、私が正式に謝罪する」
「————ッ!?」
突然の謝罪に俺は面食らった。
こちらがもてなす前に、まさか謝罪から入られるとは……!
「あ、頭を上げてくださいオリヴィアさん! 俺は別に気にしてませんから! それにさっきのはオリヴィアさんが悪いんじゃないですし!」
「いや、私の責任だ。仲間の言動を制御できず、君たちには不快な思いをさせてしまった。本当にすまない」
「い、いえ、俺も妹ももう気にしてませんから大丈夫です。だよな?」
アリスとアリアに目配せをして確認を取る。
二人はブンブンと首を縦に振って、大丈夫だとアピールした。
アリスとアリアも俺と同じ気持ちなのだろう。オリヴィアさんみたいな人物に頭を下げさせるなんて畏れ多すぎる!
慌てふためき、まごつきながらも言葉を尽くしてオリヴィアさんに頭を上げてもらった。
そして俺たちに向き直った彼女は
「彼等も本当は悪い人間ではないんだ。嫌いにならないでくれると嬉しい。彼等も、冒険者という職業も」
オリヴィアさんの言葉に嘘偽りは感じられない。
冒険者達があんなに強引で礼儀知らずだったのは、妹達のステータスに舞い上がっていただけなのだろう。
まあ、オリヴィアさんがそう言うのなら、それで良いとしよう。ロイスとか言う男は別だが。
「それじゃ本題に行きましょう。話というのはアリスとアリアの事ですよね?」
「ああ」
俺の言にオリヴィアさんは首肯する。
話自体は単純だ。アリスとアリアをクラン『アルカディア』へ入団させるかどうか。冒険者にするかどうか。
それは『アルカディア』の巫女が示した預言にある『救世の者』を定める条件として、ステータスを選んだからに他ならない。
そのため、特異なステータスを持つアリスとアリアが選ばれ、冒険者となり力を付けて来たる救世の日に活躍して欲しいという了見だ。
特異という点では俺のステータスも当てはまるのだが、俺のは極端に劣っていて、妹のは極端に優れてる。
「『救世の者』とは言うが、他の冒険者と変わらないと思ってくれて良い。依頼を受け、魔物を倒し、報酬を受け取る。私はその中で二人に成長して欲しいと考えている」
「特別扱いはしないと言うわけですね」
結局のところ『救世の者』なんて存在の確証はその時にならないと得られない。
それまでは他の冒険者と同様にレベルを上げ、強くなってもらおうという狙いだろう。
最悪、予言が成就しなくてもクランの戦力強化に繋がるだろうし、彼らにとってはそれで充分な成果なのかもしれない。
今回の遠征にもそれなりの時間とコストが掛かっているだろうし、無駄足で終わらせたくないわけだ。
二人のためには、どんな選択が最善なんだろうか……?
俺は深く息をつき、再び考えを巡らせた。
「ど、どうしたんですか?」
俺が二人の進路について思案していると、オリヴィアさんがじっとこちらを見つめているのに気がついた。
「すまない。少し意外だと思って……」
そう言うと、オリヴィアさんは打ち解けた様に微笑を見せて言葉を続けた。
「君はすぐに断ると思っていたから、真剣に考え込んでくれてるのが意外だったんだ」
「……いや、そんな」
俺は思わず言葉を詰まらせる。
先ほどの冒険者たちのやり取りが頭を過ぎった。
「ああ、それと、これは先に言うべきだったが我々のクランは王都を拠点とするため冒険者になりクランに入団する場合は王都で暮らす事になる。その点は理解していて欲しい」
「え、王都!? 王都行きたーい!! わたし冒険者になろっかな!」
王都、と言う言葉にアリスが全力で食いついた。
「おいおい、そんなんで決めたらダメだろ……」
大事な決断だと言うのに、アリスはやっぱり深く考えてない。
アリスらしいと言えばアリスらしいが。
「お姉ちゃんはこう言ってるが、アリアはどうしたい?」
「……わ、私はお兄ちゃんの言う通りにする」
うーん。こっちもアリアらしい返答だ。
「俺の言う通りか……」
そう言われて深く考える。
当然俺は、二人に冒険者にはなって欲しくない。
冒険者という職業は、一見すれば華々しく英雄的に映る。
だがその裏にあるのは、絶え間ない危険と死の連続だ。
人々に牙剥く凶悪な魔物たちと戦いは熾烈を極め、命を賭して
だがしかし、俺には肯定的な意見もある。
一番の理由は二人にこんな村で一生を過ごして欲しくないという思いだ。この村は素朴すぎるがゆえに、自由な思想というものが殆どない。この地の草分け達が生きた時代から続く古い慣習に凝り固められており、それはこれからも続いていくだろう。
二人には素晴らしい才能がある。それはステータスを抜きにして感じていることだ。故に何者にもなれず、この村で朽ちていく事は少なからず惜しいと思える。
父の言いつけを守りこの村でひっそりと生きるか、王都へ行って安全と引き換えに成功を夢見るか。
……やっぱり俺はアリスとアリアに冒険者にはなって欲しくない。二人が危険な目に遭う必要なんかどこにもない。
「もし二人が冒険者の道を選ぶのなら、私たちのクランが必ず面倒を見ると約束する。二人のレベルに見合った依頼を選び、リスクマネジメントは徹底する。我々としても才ある仲間を失うのは避けたいからね」
俺の心配を察したのか、オリヴィアさんは貫くようにこちらを見つめてきた。その瞳はただ美しいだけではない。強い意志と覚悟が宿り、まるでこちらの心の奥底まで見透かすかのようだった。
その真っ直ぐな眼差しには、曖昧な迷いの影すらない。信頼と責任、そして揺るぎない信念が感じられる。
――この人になら、安心して任せてもいいのではないだろうか。
そう思わせるほどの、力強く、確かなものがそこにはあった。
「私が言えるのはそれくらいだ。私に強制する権利はないから、慎重に答えを決めて欲しい」
強制する権利はない、か。
その通りだと俺は思う。それはもちろん自分にも当てはまることだ。いくら家族と言えど、妹の人生を決定付ける権利など何処にもない。自分の人生を決めるのは自分自身であるべきだ。
今、選択を迫られているのはアリスとアリアの人生で、そしてこの選択に正解なんてものはない。
だからこそ一番大事なのは二人の心。
二人が何を望み、何をしたいのか。十分に考え抜いて悔いの残らない決断を下して欲しい。
それで最終的に選んだのが俺に任せるという選択だったなら、その時に俺の意見を言えばいいのだ。
それが、家族であり兄である俺ができる唯一の手助けだろう。
俺は二人にそう伝えると、二人してうーんと唸った。
「二人だけで答えを出すには、俺はいない方が良いかも知れませんね。まだ時間掛かりそうですし、ちょっとお茶でも用意してきます」
俺はオリヴィアさんに中座を詫びて、そのまま席を外した。
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