第3話

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 名前:アリア・カルセン 

 年齢:12 種族:人間

 レベル:4


 生命力(S):101

 筋力 (S):85

 魔力(SS):200

 精神力(S):114

 俊敏性(S):97


 スキル「四大魔法」

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「おいおい、みんな見ろよ! こっちもバケモンだぜッ!」


 一人の冒険者が、遠慮もなしに嬉々として吠える。


 バケモノだと? ふざけんなよ。

 ステータスで何でもかんでも決めつけやがって。


「アリア大丈夫か!?」

「お、お兄ちゃん……」


 俺は冒険者たちの間に体を捩じ込むようにして、アリアの元へ駆け寄った。

 やはり怖かったのだろう。手を握ってやると、震える小さな手がぎゅっと握り返してくる。


「お、今度は兄貴か。ホラ、早くステータス見せろよ」


 一人の冒険者が、無遠慮に歩み寄ってきた。

 妹達のステータスを知った今、兄である俺のステータスも確認したいらしい。他の冒険者たちからも期待に満ちた眼差しを痛いくらい感じる。

 この状況、どう切り抜けるべきか……


「お前たち、興奮しすぎだ!」


 その時、オリヴィアさんの凛とした声が響き渡った。


「ステータスは個人の能力を明確に示す情報だ。扱う際には細心の注意を払えと忠告したはずだが、もう忘れたのか?」


 先ほどまでの穏やかな態度から一変し、仲間のうかつを叱咤する厳しい口調。その言葉に冒険者たちは思わずたじろいだ。


「で、でも……やっと探し求めた預言の人物が見つかったかもしれないんですよ? 彼のステータスも確認しないと……!」

「そ、そうですよ。もし彼もそうならミーナ様もきっと御喜びになります!」


 他の冒険者たちからも同調の声が徐々に漏れ始める。

 元々、預言の人物を探すために遠征をしていた彼らにとって、目の前の可能性をみすみす見逃すことは出来ないらしい。

 ここで空気を読まずに断ったとしても、オリヴィアさんは俺を責めたりしないだろう。

 だが、俺がステータスを見せなければこの場は収まりそうになかった。


「分かりました。俺のステータスはお見せしますから、その前に妹たちを解放してください」


 俺の言葉にオリヴィアさんは一瞬気遣うような表情を見せた後、直ぐに冒険者たちを後ろへと下がらせた。


「お兄ちゃん、ごめんなさい……」


 アリスは冒険者たちから解放され、俺の側に寄ってきた。

 さっきまでステータスを褒められ嬉しそうな顔をしていたのに、今は覇気もなく落ち込んで涙声になっていた。

 俺やアリアに迷惑を掛けてしまったと、自分の軽率な行動を後悔しているのだろう。


「反省してるならいいさ。それに俺もアリアももう大丈夫だ」


 アリスの頭を優しく撫でて慰める。

 そして二人を強く抱きしめ、覚悟を決めた。


 俺はもう昔の俺とは違う。俺にはアリスとアリアという大事な存在がいる。

 俺を想ってくれる大切な家族であり、掛け替えのない宝物だ。何も無かったあの頃の俺とは違うのだ。二人のためなら、俺のプライドなんてどうでも良い。


 己を鼓舞し、深く息を吸い込むと、俺は最も忌嫌うその言葉を口にした。


「……ステータスオープン」


 俺の言葉と共に、目の前に出現するステータスウインドウ。

 最後に見たのは何年も昔だが、書かれている内容はハッキリと覚えている。


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 名前:アーク・カルセン

 年齢:16 種族:人間

 レベル:0


 生命力(-):0

 筋力 (-):0

 魔力 (-):0

 精神力(-):0

 俊敏性(-):0


 スキル「」

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「……へ?」


 どこからか誰かの間の抜けた声が聞こえてきた。

 俺のステータスに冒険者はおろか、周囲の村人さえ目を丸くして見ている。

 それもそうだろう。俺はこのステータスを誰にも見せたことが無かったのだから。

 知っていたのは、俺と父さんと妹だけだったのだから。


「こ、このステータスは驚いたな。どういう事だ……?」


 驚いた、とは言うが妹二人の時とは真逆の反応だ。みんな俺のステータスが酷すぎて唖然としている。

 どんな者でも産まれた瞬間から、ステータスのレベルは1から始まる。それはこの世の常識であり、普通な事だ。

 だが俺はその普通すら持ち合わせていなかった。

 そしてステータスの数値が高ければ強く、低ければ弱い。それが単純な真理。

 数値がオール0の俺は、文字通り人類最弱の村人と言えよう。


 村人と冒険者の間に気詰まりな沈黙が流れていた。

 バカにされ笑われるよりはマシだが、これはこれで居心地が悪い。

 ステータスの数値を一つの才能の指標として捉えている冒険者からすれば、俺のステータスが信じがたいものに映るのは理解できる。

 だが、憐れむべきか侮るべきかを迷ってるような、曖昧な反応をされるのも心苦しい。

 すると、一人の冒険者が沈黙を破ってくれた。


「こ、これで決まりましたね、オリヴィア様。アリスちゃんとアリアちゃんが『救世の者』ですよ! 早速彼女たち二人を我がクランへ案内しましょう!」


 沈黙から解放してくれたのは有難いが、その要求はとても飲めそうにない。


「ちょっと待って、 勝手に決めないでください! 二人を冒険者なんかにするつもりはありません!」


 『救世の者』だという理由だけで危険な職業を無責任に押し付けるなんてどうかしている。

 俺は断固として許容できないと、冒険者達を睨みつけた。


「俺たちにも俺たちの生活があるんです! 勝手な事言わないでください!」


「冒険者だぁ? テメェ、ザコのくせに調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「うぐッ……」


 突如、俺の態度に業を煮やした一人の冒険者が急接近し、無造作に胸ぐらを掴んで俺を持ち上げた。

 苛立ちに歪んだ男の顔が至近距離まで迫る。


「ぐっ……!」


 足が宙に浮き、喉を締め付けられる苦しさに息が詰まる。

 やはり冒険者。俺が弱者と知った途端この態度だ。

 まるで射殺さんとする彼の拘束から逃れようと必死に抵抗するが微動だにしなかった。

 元より俺は只の村人で、レベル0の出来損ないだ。どう足掻いても相手になるはずがない。


 だが——

 喉を締められる苦痛に耐えながらも、俺の心には静かな炎が燃え上がっていた。

 見下されるのは構わない。弱者として笑われてもいい。

 でも、妹たちの未来を勝手に決められるのだけは絶対に許せない。


「やめろ、ロイス!」

「あ? 指図すんじゃねぇ、オリヴィア。こんぐらい良いだろうがッ!」

「良いかどうかは私が決める! 今は私がリーダーだ! 私の指示には従ってもらうぞ!」


「…………チッ!」


 オリヴィアさんの鋭い一喝によって、俺は男から弾かれるように投げ飛ばされた。


「「お兄ちゃん!?」」


 地面に倒れ咳き込む俺に、アリスとアリアが咄嗟に駆け寄って来る。


「おいおい、妹に守ってもらってみっともねぇなぁ、レベルゼロさんよぉ。おてても繋いでもらえよ」

「ロイスッ!!」


 一瞬のたかぶりののち、オリヴィアさんは冷静さを取り戻した。そしてロイスと呼ばれた冒険者に絶対零度の視線を投げつける。


「貴様は先に街の宿へ戻っていろ。もうこの村でのステータスの確認は終了した。あとは私一人で充分だ」

「あ? そんなの——」「二度は言わんぞ」


 有無を言わせぬその圧に、ロイスと呼ばれた男はしばらく沈黙し、再び舌打ちをすると引き下がった。


「ロイス同様、他の者も街へ戻るんだ。あとの事は私が一人で話を付ける」


 他の冒険者たちは促されるまま村人たちに辞去を済ませると、素直に村を後にした。

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