合宿中は恋のフラグが乱立する!?(1)
馬車に揺られてまた二時間くらい経ったのかな? 腰とお尻が痛くなってきた頃に第七師団は進軍を止めた。場所はサザナ平原。冒険者ギルドではEランクフィールドとして認定されている。
前の馬車からルパートが降りて、後続の私達の元へ来て指示を出した。
「今日はここで野営をするそうだ。テント張りと飯の準備をするからみんな降りろ」
そしてルパートは、馬車の扉近くに座っていた私へ右手を差し出した。え? 何?
彼の意図が解らず動かない私へ、対面のエンがボソッと囁いた。
「馬車から降りる際のエスコートだろう」
マジか。ルパートにそんなことをされるとは。でもせっかくだから手を借りた。滅多に無いことだからね、記念に。
「ルパート先輩、ギルドメンバー用のテントを張るんですか?」
「そうだ」
「あの私、夜は女性兵士さんのテントへご一緒することになったんです。お世話になるのだから彼女達のテント設営を手伝いたいのですが、行ってもいいですか?」
「あー……そうなのか。おまえは馬車で独りで寝てもらおうと思っていたんだが。
あらあら。ルパートはちゃんと、女の私にプライベートな空間を用意してくれていたんだな。ありがとう。
「もう向こうと話はついているんだよな?」
「はい。ありがたいことに、ルービック師団長が仲介して下さったんですよ」
「ルービックさんが? あの人の顔は潰せないな、行ってこい」
「はい」
「あ……待て」
行こうとした私はルパートに引き留められた。
「メシくらいは俺達と食えよ。待ってるから」
「は、はい。食事の時には戻ってきます」
ルパートに優しく微笑まれてドキッとしてしまった。動揺を隠す為に身体を反転させて、今度こそ私は女性兵士達の元へ走った。
エスコートといい調子が狂うな。
女性兵士達が使う馬車と馬には、黄色い布が巻かれていたのですぐに見つけることができた。男性兵士がむやみに彼女達のテリトリーに立ち入らないように、目印として付けているらしい。
テント設営は既に大方終わっていたので、私は料理を担当することにした。ニンジンにジャガイモとタマネギ。大量の野菜の皮を剥いて刻む。故郷で一通りの家事を仕込まれたので問題ない。
夕食は大鍋で作った野菜スープと干し肉と乾パン。遠征中は毎日このメニューになるらしいが贅沢は言っていられない。温かい食事ができるだけでも御の字だ。
「お疲れ様、ロックウィーナ。私達も食べよう」
仲良くなった女兵士、黒髪のミラが背後から私の肩を叩いた。金髪のマリナも居た。
「あ、ごめんね。ご飯はギルドのみんなと食べる約束をしてるんだ。戻らないと」
「そっか、残念」
マリナがずいっと近付いてきた。
「ギルドのみなさんって、元聖騎士の主任さんがリーダーなのよね?」
「うん」
「紹介して欲しいわ。駄目かしら?」
およ。大人しいと思ったマリナの目の色が変わっている。ミラがあちゃーって顔をしていた。
「紹介ぐらい……いいよ? 何ならあっちで一緒にご飯食べる?」
「嬉しいわ! ぜひ!!」
マリナに痛いほど手をがっちり握られた。滅茶苦茶嬉しそう。何なんだ?
私は頬を紅潮させたマリナと呆れ顔のミラを連れて、冒険者ギルドのみんなが集まっている場所へ引き返した。
野営時の食事は外で調理される。火起こしなど大変だが、旅慣れているエリアスと料理上手なキースが揃っているので、ギルド用の鍋からも美味しそうなスープの香りが漂っていた。
「戻りましたー」
声を掛けた私にみんなが振り返った。そして一緒に居るミラとマリナを不思議そうに眺めた。
「ウィー、そちらは?」
ミラとマリナがモジモジしている。私が彼女達を紹介しないとね。
「こちらは第七師団所属の兵士、ミラとマリナです。親切にしてもらっています。今晩は一緒に夕食を……うわぁっ!!」
私はマリナとミラに引っ張られて茂みの中に倒された。ガサガサッ。私達三人は茂みの中で腹這いの低い姿勢となった。
「な、何事!?」
敵襲かと思いきや、ミラが早口でまくし立てた。
「何事かはこっちの台詞だよ! 何なの? 何なのよあのイケメンパラダイスは!!」
「……へ?」
マリナも興奮していた。
「あああああ、師団長クラスのイイ男が揃ってるじゃない! どうしよう、誰にしよう!」
「えええ?」
呆気に取られていると、逞しい腕が茂みを搔き分けた。
「どうしたんだロックウィーナ。怪我は無いか?」
魅惑の低音ボイス、勇者エリアスの登場だ。上背が有るので至近距離だと迫力が有る。マリナが目を見開いた。
「さ、手を。そちらのレディ達も大丈夫か?」
「レディ……」
ミラが唾を呑み込む音がした。
私達はエリアスの助けを借りて茂みから出た。
「ロックウィーナ、髪に葉が付いている」
エリアスが私の髪をそっと撫ぜて葉を落とした。ミラとマリナが赤い顔をしてぼうっと見ていた。
「さっきからどうしたの二人とも。具合悪い?」
「いやちょっとカルチャーショックと言うか……。普段ムサくて乱暴な男しか見ていなかったもんで……。レディ扱いされるなんて」
ミラが頭を振ってブツブツ言った。マリナは潤んだ瞳でエリアスに尋ねた。
「あなたはロックウィーナの恋人さんですか?」
うひゃあ。気まずい質問をされたよ。エリアスはフッと笑って芝居がかった口調で返した。
「彼女に恋焦がれる憐れな男の一人に過ぎない。……今は」
この人は役者になっても成功しそうだ。
「ふわぁぁ……。完全に私の許容範囲を超えてる……」
頭を抱えるミラが心配になった。
「テントに戻って休む?」
「いえ。一緒にご飯を頂きましょう。そして全員を紹介してちょうだい!」
答えたのはマリナだった。彼女に背中を押されて、私は食事の席に着いたのだった。
「熱いから気をつけて下さいね」
キースから湯気の立つ木製のスープ皿を渡された。
全員に行き渡ったところでルパートが音頭を取った。
「よし食おうぜ。作戦の成功を祈って乾杯! 水だけどな!」
「頂きます!」
すっかり辺りは暗くなっていた。起こした小さな焚き火を中心に私達は輪になっていた。
「俺はギルド出動班で主任をしているルパートと言う。部下が世話になったな」
ルパートがミラとマリナに挨拶をした。
「まぁ、あなたが噂の主任さん……」
マリナの目が輝いていた。
「元聖騎士で、私達の師団長とお知り合いなんですよね?」
「ああ、まぁな……。俺はルービックさんのような立派な人間じゃないけれど」
「まぁご謙遜を。お年を伺ってもよろしくて?」
「もうすぐ28になる」
「私は26なんです。同世代ですね」
マリナは積極的にルパートへ話し掛けていた。ルパートも面倒臭がらずに対応していた。焚き火の灯りに二人の金色の髪が照らされて輝いて見える。
「おいおい、完全に私が忘れられちゃってるじゃん」
不満を漏らしたミラであったが、盛り上げ役のマキアが自分の席を立って彼女の傍へ座り直した。
「初めましてミラさん。俺はマキア。レクセン支部からフィースノー支部に移籍したばっかなんだ」
「ああ、どうも。ミラでいいよ。私とマリナも移籍組。元々は第十一師団に居たんだけど、大きな任務になるからって第七師団に急遽補充されたの」
「そっか、慣れない環境は大変だろ?」
「うん。軍隊だからやることは一緒だけどさ、知ってる同僚が少ないってのがキツイね。だからマリナとばかりつるんでる」
そうだったんだ。だからポツンの私に共感して親しくしてくれているのかな?
「俺は幸いだったな。フィースノー支部の先輩達はみんな話しやすい人ばかりだよ。ロックウィーナも先輩なのに友達になってくれたし」
「え……私も先輩!?」
私はマキアに驚いた目を向けた。マキアはふふっと柔らかく笑った。
「そうだよ。いろいろ教えてね? 頼りにしてるよ、先輩!」
私のことも先輩だと思ってくれていたのかぁ。リップサービスかもしれないけど嬉しい。よおし頑張ろう。
「熱っ」
意気込んだ傍からやらかした。熱々のスープで舌がやられた。ちゃんとフーフーしろって私。
コップの水で舌を冷やす私にキースが寄り添った。
「ロックウィーナ、こちらを向いて舌を出して」
舌を!? いやそれは恥ずかしいですよキースさん。
「だ、大丈夫。火傷まではしていないと思うので……」
「僕との間に遠慮は
私とキースのやり取りを見ていたミラが肘でつついてきた。
「その人が恋人さん?」
聞こえたようでキースが答えた。
「いえ……残念ながら。彼女にとっての一番になりたいんですけどね」
「わあぁ」
私ではなくミラが照れていた。
「ロックウィーナ、あなたの環境って凄いんだね! この人もチラッと見える瞳が凄く綺麗……」
「あ、僕の瞳は決して凝視しないように」
「ね、教えてロックウィーナ。いったい誰が本命なの?」
すっごく困る質問をされてしまった。どうしようかと迷っていたら、
「俺だ」
腕組みをして仁王立ちしているアルクナイトが私を睨みつけていた。一番面倒臭い奴が来ちゃったよ。
「何故ハッキリと、心に決めた相手が俺だと答えないのだ馬鹿者が」
「あなたを心に決めてないからですよ。フライングは恥ずかしいですね、アル」
「うるさいわ白。いちいち抜け駆けしおって」
またアルクナイトとキースの舌戦が始まった。ヤレヤレと逸らした私の視線の先には、話し込んでいるルパートとマリナの姿が在った。
……すっかり二人の世界だ。初対面でルパートがあんなに愛想良くするなんて珍しい。マリナを気に入ったのかな?
それを祝福する私と、ちょっと寂しく想う私が居た。
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