合宿中は恋のフラグが乱立する!?(2)

☆☆☆



 兵団のテントは一張りにつき定員二十人の大きなものだった。女性兵士用に二張りのテントが割り振られて、私はその内の一つにお世話になっていた。


「で、あなたは誰が本命なの?」


 テント内で寝れタオルで頭を拭いていた私は、本日何度目かの質問をミラからされた。彼女も同じ作業途中だ。私よりも髪が長いので清めるのは大変だろう。

 近くの川から汲んだ水を大鍋で沸かして、一人当たり洗面器一個分のお湯が支給された。普段のシャワーに比べたらだいぶ少ない湯量だが、それでも身体の汗は拭き取れたと思う。

 水は節約しないといけない。洗顔の際に使う水を減らす為に、明日から私はすっぴんでいようと思った。女兵士のほとんどが化粧をしていないから悪目立ちすることはないだろう。どうせギルドメンバーにも一度は素顔を見られている。


「教えてよ、ロックウィーナ」

「私も聞きたいわね」


 色白なマリナがずずいっと私に詰め寄った。半裸になって判ったことだが、彼女は細見なのにおっぱいが大きい。羨ましい。今は落としたがメイクもバッチリな女性らしい女性だ。


「あれだけの殿方の心を掴むなんて大したものよね。落とすコツとか有るのかしら? ぜひ聞きたいわ」

「こ、コツ?」

「そう。上目遣いで話すとか、相談を持ち掛けて頼るとか、ここぞという時に涙を見せるとか」


 ミラの質問は興味レベルだが、マリナは本気度が高い気がする。


「あーちょいマリナ、迫り過ぎ。ロックウィーナが引いてるって」


 私の鼻先まで顔を近付けていたマリナを、後ろからミラが引き剝がした。


「だって、彼女と狙う相手が被ったら大変じゃないの。私にはゆっくりしている時間が無いんだからね? もう26なのよ?」

「私だって25だよ? たった一歳の違いじゃん」

「ああもう、その一歳の差が大きいのだって!」

「まぁったく……」


 二人の会話を聞いて首を傾げる私へ、ミラが肩をすくめて説明してくれた。


「マリナはね、28歳までに結婚、30歳までに出産したいと常々言ってんの」


 なるほど。だからあんなに積極的だったんだ。私は頷いた。


「その焦る気持ちは解るかも。私も幼馴染が出産してるのに、恋人すら居ない自分を嘆いているから」


 ミラは意外そうな顔をした。


「ロックウィーナはすぐ恋人できんじゃん。好きだって言ってくれてる男にOK出せばいいだけなんだからさ」

「それがね私、人生初のモテ期で混乱してるの。今までサッパリだったのに、急に何人もの人に求婚されて脳の許容値を超えてしまってるの」

「求婚!? ただ交際を申し込まれただけじゃなかったの!?」

「うん。みんないろいろすっ飛ばしてくるの。性急なの。だから嬉しい反面ちょっと怖くて」

「そりゃ怖いわ。いきなりプロポーズだなんて」


 同じ女のミラは私の戸惑いに共感してくれた。解ってくれる人が居て嬉しい。


「年齢よ!」


 しかしマリナはきっぱり言い切った。


「あなたに告白した人はルパート主任、冒険者のエリアスさん、白魔術師のキースさん、高貴な身分に見えるけど一般市民の天才術師アルさんの四人だったわよね?」


 夕食時に自己紹介をし合った。アルクナイトの肩書が長くてウザイ。


「全員二十代後半らしいじゃない。だから自然と結婚を前提としたお付き合いになるのよ」


 内緒だけど一人500歳近いのが混ざっています。


「私もそう。次に付き合う人と結婚するって決めてるの。だからロックウィーナが本命にしている人を狙って、貴重な時間を無駄遣いしたくないのよ!」


 マリナはとても解りやすい女性だった。でも嫌な気はしなかった。


「男を追い掛ける私のこと、軽蔑するかしら?」


 苦笑交じりに私へ聞いてきたマリナへ、私は感じたことをそのまま言った。


「いや? 全然。人畜無害な振りをして陰で人の足を引っ張るやからは大嫌いだけど、ハッキリ意志表示してくれる相手は信用できるよ。好きになるかどうかは別として」


 陰で人の足を引っ張る……。二子目を出産したらしい幼馴染がそうだったな。

 過疎地の故郷では若い女も若い男も少ない。だから若い世代は奪い合いとなる。幼馴染は外見は大人しく従順そうな少女だったが、内面はとんでもない肉食獣だった。私に虐められたという噓を数少ない若い男達にせっせと流し、彼らの同情を買っていたそうだ。すぐに関係を持とうと彼女から誘ってくることも。姉の夫となった人からの情報だ。


「まあぁっ、ロックウィーナ、あなたって良いコなのね!」


 半裸のマリナに抱き付かれた。ぷにょにょん。柔らかく弾力の有るものが当たった。おっぱいおっぱい。


「信用できても、好きになるかは別だって言ってるじゃん」

「それでもいいの! 兵団では男好きとか色ボケとか散々言われているから! 私はただ幸せな結婚がしたいだけなのに!!」


 マリナもいろいろ苦労しているみたいだな。


「で、ロックウィーナは誰が本命なの?」


 うお。質問が最初に戻ってしまった。


「さっきも言ったけど……混乱してるの。一人一人と向き合う時間が無くて」

「うーん……。私が一番好みなのはルパート主任なのよねぇ。できれば彼を譲ってもらいたいんだけど」


 ルパートか……。彼とマリナは気が合うようだしお似合いだった。グジグジ悩んでばっかりの私よりも、きっぱりと物事を進めるマリナと居た方がルパートは幸せになれるのかもしれない。


「駄目でしょマリナ。肝心なルパート主任の気持ちが置き去りになってるよ? 彼はロックウィーナにプロポーズまでした人なんだから」


 ミラに言われて目が覚めた。私はルパートに対してなんて失礼なことを考えたんだろう。彼の幸せは彼が決めることだ。


「そうだけどぉ……。あ、そう言えば席が離れていたからお喋りできなかったけれど、すごい美少女も居たわよね。ええと、リリナ……さん?」

「リリアナだね」

「彼女もモテそうだけど、誰かと恋仲なのかしら? その人は候補から外しておかないと」

「あー……。それについては大丈夫。リリアナは男嫌いだから」

「それはラッキーね! 強力なライバルが減ったわ!」


 リリアナも男だと知ったらマリナはどうするだろう。まだ秘密だけど。


「ねぇ、冒険者ギルドのロックウィーナさんはここに居る?」


 武装した女兵士が、私達が使用しているテントの入口の布をめくって中を覗いた。見張り番としてテント村の外に立っていた人だ。

 私は挙手した。


「私がロックウィーナです」

「ギルドのルパートって人が呼んでるよ。めっちゃ色男」

「あ、はい。今行きます!」


 私は急いで脱いでいた衣服を身に着けた。


「ちょっと出てくるね」


 断りを入れた私にマリナがあーあ、という顔をした。


「あはは、こんな時間まであなたに逢いに来るなんて……。残念だけどルパート主任は諦めた方が良さそうね。タイプだったんだけどなぁ」


 ただの業務連絡だろうに。とにかく私はルパートの元へ急いだ。

 テントを出るとすぐに彼を見つけた。見張りの女性兵士数人から熱い視線を向けられて居心地悪そうにしていた。ちょっと笑えた。


「来たか。場所を変えるぞ」


 私を見たルパートはそれだけ言って、背中を向けてスタスタ歩き出した。

 何処へ行くというのだろう。ルパートは周囲を窺って人が少ない場所を探しているように思えた。弱い敵しか居ないEランクフィールドとはいえ、夜間に単独行動は危険なのに。

 結局私は大きな樹の側、兵団のテント近くだけれど人の目からは遮られる場所へ連れていかれた。


「極秘情報の受け渡しですか?」

「………………あ?」


 私の問い掛けにルパートは目をパチクリさせた。


「いやだって、人目を避けてこんな場所を選んだんですもの。ギルド内だけの重要業務連絡では?」


 緊張しつつすっごく真面目に臨んだのに、ルパートは「はあぁぁぁ~~」と大きな溜め息を吐いた。


「おまえな……」

「はい」

「………………。本気で解ってないんだな」


 ルパートはもう一度息を吐いた。溜め息を多く吐くと幸せが逃げていくとお母さんが言っていた。


「二人きりで、逢いたかったんだよ」

「え」

「こうでもしなきゃ、兵団との合同任務中はおまえと二人で過ごせないだろうが」


 えええええ~!? 私と……って、これはもしかして夜デートですか? マリナの予想が当たってたの?

 月明かりに照らされる男女。僅かに吹く夜風に金の髪をたなびかせて私を見つめる美男子。ヤバイ。滅茶苦茶ロマンチックな舞台装置が揃っている。


「馬車は別だしメシ時もみんなと一緒だったろ? ……だから」


 わあぁ。そんな切ない瞳で見ないでよ。


「でも食事の時、先輩すごく楽しそうにしていたじゃないですか。マリナと意気投合してて」


 動揺を隠そうと嫌味を言った私の頭を、ルパートは軽く小突いた。


「馬鹿たれ。おまえが世話になる人達だから愛想良くしたんだよ」


 そうなの? 私の為だったの?


「おまえ髪の毛濡れてるぞ?」

「さっきまでお湯で頭皮を清めていたから」

「涼しい時期なんだからちゃんと乾かさないとな。温かなる風よ、この者を優しく包め」


 ルパートは得意の風魔法を使って、私へ向けて柔らかい風を起こした。おお、何だか温かい気もする。


「……さっきのが、嫉妬から出た言葉だったら嬉しいんだけどな」


 さっき? ああ、マリナと意気投合のくだりか。


「まー、おまえの場合それは絶対に無いな!」


 ルパートは笑って頭を振った。


「……………………」


 私は何も言わなかった。

 本当はちょっぴり嫉妬してた。私以外の女性と仲良くするルパートを見て、彼が急に遠い存在になったような、落ち着かない寂しさを感じていた。

 今は彼に摘まれている髪の毛がくすぐったい。


 でもまだこの気持ちは彼に伝えられない。今はまだ……。

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