第七師団と合流(4)
休憩終了の時間が迫ってきたので、私は女性兵士達と別れてギルドの馬車へ戻ることにした。夜も彼女達と一緒のテントで寝ていいそうだ。
心配事をクリアした私は軽い足取りとなった。表情も明るくなっていたのだろう。
「機嫌がいいな」
声がして、人混みの中からスッと抜け出したエンが私の横に並んだ。彼も馬車へ帰るところらしい。
「まぁね。女性の兵士さん達とお知り合いになれたんだよ。あなたはマキアと一緒じゃないの?」
「アイツとはバディだが、毎回連れションするという訳ではない」
男の人はいいよね。用足しが楽で。
そうだ、マキアがここに居ないのなら丁度いい。エンにさっき思ったことを伝えておこう。
歩みを止めた私に合わせてエンも止まった。
「どうした」
「……あのねエン、馬車の中でのマキアへの態度、あれはあんまりだと思うの」
「………………」
覆面だからエンの表情は窺い知れないが、私の言葉を聞いてくれている。
「私はね、交際経験ゼロってことが凄くコンプレックスなんだ。マキアもきっと……恋を知らないってこと、気にしてるんじゃないかな? だからそこら辺にはあまり踏み込むべきじゃないと思うんだ」
「解ってる。指摘したのは今日が初めてだ」
「えっ、そうなの?」
意外な返答だった。
「何で今日に限って……、それもみんなの前で暴露しちゃったの?」
「アンタに聞かせたかったからだ」
「え、私に?」
淡々とエンは訳が解らないことを述べた。
「マキアと言う男がどういう人間か、アンタに知ってもらいたかった」
「マキアを嫌えってこと?」
「逆だ。アイツの駄目な部分を知った上で、それでもアイツと仲良くして欲しいと思っている」
んん? どういうことよ?
「マキアは相手に合わせて自我を押し殺すことが有るんだ。だが最初からこういう奴だと、お互いに知っていれば無理をしなくて済むだろう?」
「あー……、なるほど」
ようやく合点がいった。エンはマキアを純粋に心配していたのだ。彼によるとマキアくんたら、親し気な態度で女性を勘違いさせてしまい、そのまま付き合うということを数回やらかしたらしいから。
私も洗顔時に彼のタオルで顔を拭かれた時はドキッとしたものだ。あの時もエンがマキアには下心が無いと教えてくれたんだったね。
気が無いのなら交際を申し込まれてもキッパリと断った方がいい。けれどマキアは相手を傷付けると思って、拒絶することができなかったんだね。それは優しさではなく優柔不断なだけとも言える……。でも私だって似たようなものだから非難はできない。
「解ったよ。マキアがスキンシップしてきてもそれは下心無し、変に意識しないで友達として接すればいいのね?」
「そうしてもらえると助かる」
「エンはマキアが大切なんだね」
「バディだ」
「……言葉が足りないって、言われたことない?」
「……………………」
私のツッコミにエンはしばし黙ったが、答えた。
「よく言われる」
プッと私は噴いてしまった。親切の自覚が無い覆面忍者が
「何だ」
「いや思い出し笑い。さ、馬車へ戻ろうか!」
エンは納得していない様子だったが私と並んで歩いた。
「お帰りなさぁい♡」
馬車で出迎えくれたリリアナの隣に座った。彼はどうやって用を足してきたのかと気になった。男性陣にも女性陣にも混ざる訳にはいかないだろうから。
「ほっほっほ」
私の考えを読んだのか、執事のアスリーが
「エンはロックウィーナと休憩を二人で過ごしたん? 今日はやたらと一緒に居るよね? 先輩達にバレたら怖いことにならん?」
既に馬車へ戻っていたマキアに当て
「そこで会っただけだ。話はしたがな」
軽くいなすエン。マキアの嫌味は全く効いてない模様だ。
「俺のこと批判するくせに、自分はちゃっかりロックウィーナと仲良くなってんだから……」
誤解だ。エンが私と一緒に居るのはね、彼が仲間想いだからなんだよ。午前中は魔王のキス対策、そして休憩中はマキアを心配しての根回し。どちらも言えないのがもどかしい。
どうか険悪にならないで。でもマキアのぶーたれた顔、幼さが残っていて何気に可愛い。アルクナイトが彼をワンコ扱いする気持ちがちょっと理解できた。
馬車が動き出した。このタイミングで明るい話題に変えよう。
「私ね、ルービック師団長に橋渡ししてもらって、女性兵士の皆さんと知り合えたんだよ」
「へぇ……。師団長って親切な人だね」
「うん、すっごく気さくな方だった! それで夜はね、女性兵士さんのテントにお邪魔することになったんだ」
「それは良うございました。ロックウィーナ様を粗暴な男連中と雑魚寝などさせられませんから、一人用の小型テントを近くの支店から取り寄せようかと、休憩中にお嬢様と相談していたのですよ。解決して何よりです」
「粗暴な男連中って、俺ら……?」
「心外だ」
「ほっほっほ」
私の為にテントを特注させるところだったのか。危なかった。重ね重ね、ルービック師団長ありがとうございます。
「女性兵士に、お姉様と同じ年頃の人は居ましたぁ?」
「うん。同い年と、それに一つ年上の人と自己紹介し合ったよ」
「あらじゃあ絶対、夜は恋バナ大会になりますねぇ」
「へっ? そういうもの?」
「なるね、絶対。同年代が合宿した時のお約束だよ。あ……っと」
マキアが私とリリアナの話に乗りかけて、エンの方をチラリと窺った。また「恋したこと無い奴が」的なことを言われると思ったのだろう。
しかしエンは私にマキアのことを伝えた後なので、もう指摘はしてこなかった。涼しい顔で本の続きを読んでいる。
マキアは微妙に私から視線をずらして質問して来た。
「やっぱさ……、恋を知らないヤツが恋バナ好きって引く? 変かな?」
ああ、マキアは本当に恋をしたことが無かったんだ。過去の恋人とも義理のお付き合いのまま終わってしまったんだ。切ないなぁ。
私は笑顔を崩さず答えた。
「いや? 交際経験が無い私は恋愛小説大好きだよ? 素敵な物語読んで、いつか自分もこんな恋がしたいなって憧れてる」
「だよね! 俺もそう! 本や演劇の世界に憧れたり、恋人が居るダチの惚気を聞かされていつか俺も……って思ってる」
「そう言えばぁ、マキアさんの好みのタイプってどんな人なんですかぁ?」
「え、俺の好きなタイプ!?」
声が上ずったマキアにリリアナはニッコリ微笑んだ。
「う……。外見はめっちゃキミが好み」
「なるほどぉ。私のようなヒラヒラのワンピースが似合って、ヘアーセットがバッチリで、お化粧も完璧なオシャレ女のコが好きなんですねぇ?」
「ま、まぁ。見た目は……そんな感じかな?」
だよね。性別とエロトークを知らなければ、リリアナの聖女の如き美しさに見惚れてしまう。私ももっとお洒落に関心を持たないと。今日だって首を隠せる装飾品が無くて苦労したんだし。
「性格とか年齢についてはどうですぅ?」
「やけに詳しく聞くね」
「ただの興味ですぅ。私も恋バナ大好きなんでぇ」
「ええ~と……。年齢は、話が合う方がいいから同世代で。性格については……まぁ、他人を
「ざっくり過ぎません? もっと具体的にカモンですぅ」
「具体的かぁ……」
マキアは考え込んだ。
「そ~いや、深く追求したこと無かったなぁ。周りの人の話によると、恋は気づいた時に始まっているそうだからさ。好きになったらタイプなんてどうでもよくなるのかも」
「それでもぉ、これだけは絶対に外せないぜってポイントくらい有るでしょう?」
「例えば?」
「おっぱいが大きいとかぁ、お尻が安産型だとかぁ、エッチの相性が良いとかぁ」
「全部身体についてじゃん! 馬鹿っ、ロックウィーナの前でそんな話すんなよ!!」
マキアは赤髪と肌の色が区別できないくらいに真っ赤になった。
「ごめんねロックウィーナ! 男って馬鹿な話をしたがるんだ! 次から気をつけるから!」
「あー大丈夫、慣れてるから。リリアナと会話してるといつもこんな感じだよ」
「そうなの……? 気を悪くしてない……?」
「へーきへーき」
照れ顔でマキアは安堵の息を吐いた。可愛いなぁ。母性本能を刺激されるから年上にモテそうだ。あ、でも彼は長男だから面倒見も良いんだっけ。年下にも慕われるな。このオールラウンドプレイヤーめ。
「ところでロックウィーナの好きなタイプは?」
「前に話したじゃん。あなたに根掘り葉掘り聞かれて」
「へっ? 俺は聞いてないと思うけど……?」
「あ、そうか、あれは前の周回だった……」
タイムループに囚われていた頃の過去だ。
「前のシュウカイって何ですかぁ?」
リリアナとアスリーは知らない。知らなくてもいい。もう私達はループの壁を壊したのだから。今存在するこの時間軸を全力で生きればいい。
「ごめん。私の思い違い」
「じゃあ改めてぇ、お姉様の好きなタイプを教えて下さぁい。きゃ♡」
「ええ~~」
「教えてよロックウィーナ」
「一番の
「だから下ネタから離れろって!! すげぇ外見詐欺だなアンタ!」
「ほっほっほ」
馬車内の空気は賑やかなお喋りに支配された。すっかりマキアも打ち解けている。本を読んでいるエンが、覆面越しに微かに笑った気がした。
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