第七師団と合流(2)

 我らがフィースノーの街もそれなりに大きく賑わっているが、冒険者ギルドは旅人が立ち寄りやすいように、街の正門から近い位置に建てられている。なので馬車が街の外へ出るのにさほど時間はかからなかった。

 ちなみに今回はちゃんとプロの御者ぎょしゃが付いてくれている。アルクナイトを助けに行った際は広範囲が戦場になると予測して、危険なので御者は戦士である私達が交代で務めた。方向音痴なエリアスが御者台に乗った時は大変だったよ。馬車が意味も無くあっちこっちへ行った。


「お、兵団はもう来てたんだね」


 窓の外を見たマキアが言うように、街を囲む塀の北側に大勢の兵士や馬が見えた。私達が合流する予定の王国兵団第七師団だろう。

 もう一つの馬車からルパートとエリアスが降りてきて、こちらの馬車の扉を開けた。


「俺達はこれから師団長に挨拶してくる。大勢でゾロゾロ行っても迷惑になるから、おまえ達はここで待機していてくれ」


 それだけ伝えるとルパートは扉を閉め、エリアスを伴って兵団の群れの中へ入って行った。


「主任のルパート先輩だけでなく、エリアスさんも一緒に行くんだね」


 何気ない私の呟きへ、リリアナが見解を述べた。


「エリアスさんのご実家モルガナン家は有力貴族ですからね。兵団側への牽制だと思います。僕達に矢面へ立てとか、兵団が無茶な要求をして来ないように」


 リリアナは完全に商人リーベルトの顔になっていた。なるほど、駆け引きか。

 あのルービック師団長なら大丈夫だと思うけれど、荒っぽい性格の他の兵士が私達を粗雑に扱わないよう、エリアスの身分を明かすことは釘を刺す意味になるんだね。


「魔王が居ると知ったら一番の牽制になると思いますけどね」

「ほっほっほ。魔王様の存在が外部に漏れたら大混乱が起きますよ、坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめてって言ってるだろ、アスリー」

「これは失礼致しました、リーベルト様」


 こうしたやり取りを見るとリリアナが普通の青年に見える。私よりも大きい偽乳を所持しているけれども。何故もっとささやかな膨らみにしなかったんだろう。どうせやるなら徹底的に、な心境だろうか。今度そこら辺を聞いてみたい。


「俺達はリリアナとリーベルト、どっちで呼べばいい?」


 マキアがもっともな質問をした。


「受付嬢の格好をしている時はリリアナでお願いします。アスリーもだよ?」

「承知致しました」

「よしリリアナだね。キミは何で女装姿で今回参加したの? 男の格好の方が動きやすくない?」

「男の僕ってけっこう有名人でして……。シュターク商会の人間が兵団と接触していると知られたくないんです。賄賂を渡して国から仕事を貰っているんじゃないかと、黒い噂が囁かれそうで」

「ああ、そうだね……」

「まぁ実際、多少の賄賂は渡してますけど」

「渡してんのかい!」


 どうでもいいことだがマキアはツッコミのリズムが良い。兄弟多いとノリツッコミが日常的になるのかな。


「商売していく以上リベートは必須ですよ? でもお客様にはクリーンなイメージを見せなければならないので、暗い部分は内緒なんです」


 商売するって大変なんだな。すぐ顔に出る私には無理な世界だ。

 和やかに企業の闇について会話している最中、トントントントン、馬車の扉がノックされた。こちらが応じる前にせっかちな誰かさんによって扉が外側から開けられた。


「あれ魔王様……じゃなくてアルにキース先輩、どうしたんスか?」


 外には仏頂面のアルクナイトとキースが揃っていた。


「俺達もこの馬車に乗せろ。エリーとチャラ男が戻ってくるまでの間でいいから」

「すみませんね。二人きりになって解ったのですが、僕とアルは壊滅的に相性が悪いみたいです」


 そんな予感がしていた。アルクナイトの暴走を止められるのはキースの防御障壁と魅了の瞳だけだ。アルクナイトは邪魔されてイライラしていただろうし、キースはキースで、何度防いでもセクハラ行為をやめない魔王にやはりイライラしていたのだろう。


「でも馬車六人乗りですよ?」


 既に五人乗っている。ここに二人加わると定員オーバーだ。車輪が痛むまではいかないだろうが、狭い空間にすし詰め状態になるのは勘弁願いたい。


「おまえがあちらへ移れワンコ」

「えっ、普通に嫌です」

「じゃあ詰めろ」

「いやギュウギュウになりますし」

「今すぐ瘦せろ」

「無茶言わないで下さい」


 押し問答をするアルクナイトとマキア。エンが余計な提案をした。


「アルがまた少年の姿に変身すればいいのでは? 成人男の時よりもだいぶかさが減るでしょうから」

「ナイスな意見だ忍者。子供になって小娘のお膝の上に乗るとしよう」

「何言ってんのアンタ」


 本当にやりそうなので私は焦ったが、ちょうど戻ってきたルパートとエリアスが止めてくれた。


「ロックウィーナを困らせることをするな馬鹿。少し目を離すとこれだ」

「何だ、やけに早かったんだなエリーにチャラ男」

「ルービック殿が話の早い方だったんでな」

「俺達ギルド班は、師団長の乗る馬車のすぐ後ろに付けることになったよ」


 これにはみんな驚いた。


「師団長の後ろとは……破格の待遇ですね」

「俺達VIP扱いじゃん、レンフォード!!」

「流石はモルガナン家ですな」


 モルガナンの名の恩恵というのはもちろん有るだろう。だけどルパートのおかげでもあるんじゃないかな。ルービック団長は聖騎士時代のルパートを目にかけていたようだし。

 ルパートは御者に指示を出した後、アルクナイトとキースを振り返った。


「ほい、じゃあ俺達は向こうの馬車に戻りましょうや」

「いや、俺はここで小娘のお膝の上に乗らないといけないんで」

「私の剣のさびになりたくなかったら大人しく戻れ」

「それではロックウィーナ、皆さん、お邪魔しました」


 嵐のような四名は去って行った。


「あはは、フィースノー支部の人達は話しやすくていいよね! みんなロックウィーナのことが好きなんだね」


 明るく表現してくれたけど、内心マキア呆れてないかい? 私はフォローした。


「あの……、今は私を取り巻いて変な感じになっているけど、ルパート先輩もキース先輩もやる時はキッチリやる人達だから。助っ人のエリアスさんやアルも」

「それは解っている。昨日一緒に出動したが、ルパートさんの指示は的確だった」


 エンが話に乗り、マキアもうんうん頷いた。


「キース先輩も、アルを助けに行った時に防御障壁で活躍したよな! あの障壁が無かったらとても俺なんか、魔物の軍勢を中央突破できなかったからね」

「エリアスさんとアルの強さは言うまでもないな。あの域に達するまでに相当の鍛錬を積んだのだろう」

「そう、そうなのよ! みんな本当は凄い人達なの! 普段馬鹿やってるけれども!!」


 マキアが私を見て笑った。


「ロックウィーナも、あの人達のことが好きなんだね」

「えっ……?」

「だって褒められたのはあの人達なのに、自分のことのように喜んでるよ?」

「………………」


 うん。みんな好きだ。ちょっと困った所も癖も有るけれど、みんな根は優しくて強い人達だ。私は彼らが大好きなんだ。

 だから困る。迷う。

 告白してくれたのが一人だけだったのなら、迷わずその人にOKを出していただろう。それがまさか四人もの相手に求婚されるとは。


 黙り込んだ私の顔を、対面に座るマキアが覗き込んだ。


「ごめん、何か困らせること俺言っちゃった?」

「あ、ううん、違うの」


 マキアのせいじゃない。悪いのはハッキリしない私だ。キースはゆっくり考えて答えを出していいと言ってくれたけど……。


「ロックウィーナ?」

 

 下を向いた私の顔を更に覗き込もうと、マキアが身を乗り出した。その彼の胸にエンの水平チョップが入った。


「いてっ! 何だよエン!」

「近い」

「へっ……?」

「ロックウィーナに近付き過ぎだ。彼女はおまえの弟妹じゃない」

「解ってるよ、そんなこと」

「解ってない。おまえの距離感は変だ。それで何度も周りの女を誤解させて、向こうから告白されて断り切れずに付き合い、結局上手くいかずに別れるを繰り返しているだろう?」

「わっ、馬鹿! そんなコトここで暴露すんな!!」


 一気に顔を赤くしたマキアは抗議したが、エンは静かに言い放った。


「いい加減、学べ」

「~~~~~~!」


 言い返せなかったマキアは唇をキュッと結んだ。

 エンは何故か私に視線を合わせて言った。


「コイツは恋の話題が大好きなクセに、誰かに本気で恋をしたことが無いんだ」


 ええっ!? それは意外だった。マキアは恋に恋をするタイプだったの?


「…………うるせーよ」


 マキアは不貞腐れた表情になって、そっぽを向いてしまった。

 ガタン。

 ちょうど出発の時間となったようで、私達が乗る馬車が動き出した。

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