第7話 地下迷宮
残された五人は左側の洞窟を進むしかなかった。山引が右側の扉を閉めてしまったからだ。
程なくして先頭を進んでいた松土が立ち止まった。
「まて……」
松土が洞窟を前方から後方に向かって眺めながら皆を静止させた。
「どうした?」
白石が釣られたように洞窟を眺めながら尋ねた。
「この洞窟って右に向かってカーブしてるよな……」
松土は洞窟の奥から進んできた方角を見比べながら言った。
確かに進んで行く方向からすると右にカーブしていた。
「ああ……確かにそんな感じだな……」
肥屋が返事した。
「と、言うことは……」
白石は松土が気にしている訳に感づいた。
「どういう事?」
「?」
筧崎と川千は直ぐには分からないようで、お互いに顔を見合わせている。
「山引の締めた扉の方に向かっているんじゃないかって事さ……」
白石が松土の代わりに二人に教えてあげていた。
「ああ、きっと奥の方でぐるっと回っていて、さっきの扉に通じている感じがするよな?」
洞窟の曲がり具合から見るとありそうな考えだ。
「山引にまた出会ってしまうって事だな」
「そうなるな……」
「それって……」
「……」
「……」
山引に出会うと言うことは、彼に付いていった黒い霧にも出会ってしまうという事に全員が気付いたのだ。
「戻った方が良くない?」
「……」
筧崎が提案してみた。彼女は怖い物が大の苦手らしい。川千も同じらしく盛んに頷いている。
「じゃあ、あの祭壇のある部屋に戻るってことか?」
松土が筧崎に言い返した。
「あの黒い霧は山引に付いて行ったんだから、祭壇部屋はもう安全になってるかもしれないじゃん?」
川千は無理してまで先に進む必要が無いと考えているようであった。
ならば、一度通って内部が分かっている部屋の方が安全かもしれないと思っているのだ。
「だったら、一度戻って降りて来た階段を探した方が良いと思う……」
時間の余裕が有る内に、地下に降りて来た階段に辿り着く事が可能かも知れないと思っていた。
「それもそうね……」
「……」
筧崎が白石の提案に同意してきた。筧崎も盛んに激しく頷いている。
「あの黒い霧が一つとは限らないんじゃないか?」
松土は懐疑心が強いらしく、黒い霧の化け物が複数いるかも知れないと考えているのだ。
「あの黒い霧が捕食するのに、そんなに時間を使わないのが問題だよね」
白石としては山引に付いて行った黒い霧の捕食が終わった後で、こちら側に向かってくるのではないかと考えていたのだ。
「なあ……このまま進んでみねぇ?」
全員が困惑しているなかで肥屋が意外な提案をしてきた。
「え?」
「どうして?」
筧崎と仙川が同時に反応した。彼女たちは怖いことが苦手なようで、早く終わらせて金を握って帰りたかったようだ。
「今の松土の話を聞いていた?」
白石が肥屋に尋ねた。
「なあ、死んだ奴の愚器を手に入れれば、報酬って倍になるんじゃねえか?」
肥屋がニヤリ笑いながら提案してきたのだ。
「死んだ参加者にとって、愚器はもはや不要の長物のはずだろ?」
死んだら報酬の受け取りようが無いので肥屋の言う通りであった。
「だから、生き残った俺たちが有効利用してやろうって事さ」
肥屋は報酬が増える可能性を思い付いたのだ。
「どうかな……」
「なにがだ?」
「確か、各自にどの場所の愚器を持って帰ってこいと指示が有っただろ?」
「ああ……」
白石は駐車場で植田から説明が有ったことを思い出していた。
「各自が指定された隅器以外には報酬を払わないとも取れるよな」
「やってみなきゃ分からないだろ」
出た処勝負が心情の肥屋はなおも反論していた。
「やるんなら自分ひとりでやってくれ」
松土が突き放すように言った。彼としてはさっさと帰りたかったのかもしれない。
別に全員で一緒に行動しろとは言われていなかった。仕事の内容は隅器を持ち帰る事だけなのだ。
だから各人がどう動こうと勝手なはずだが、何故か一塊になって行動していた。
怖いからだ。
「ええ……」
肥屋は意外な返事に戸惑ってしまった。
彼としては自分が山引の隅器を探す間に見張って欲しかったのだ。
持ち帰る報酬の半分を分けてやっても良いとさえ考えていた。
「進んでも良いかもしれない……」
ちょっと考え込んだ白石が言い出した。
「え? なんでよ……」
「この洞窟がカーブして山引が締めた扉に通じているのなら出口には通じていないって事だよな?」
「あ、そういう事になるか……」
白石は洞窟が丸く輪っかのように閉じているのではないかと言いたかったのだ。
「そう、どっちにしろ祭壇部屋に戻るのなら、山引の安否を確認するのも有りじゃないかと思う……」
「そうだな……」
松土も思案顔になった。白石の言う通りかもしれないと思い始めているのだ。
「じゃあ、先に進むと言う事で……」
肥屋が嬉しそうに先頭に立って歩き出した。
暫く、歩くと黒い扉が現れた。山引が入っていった扉は白っぽかった筈だ。
「扉の色が違ってね?」
「表と裏で違うかも知れないだろ」
「え? じゃあここは山引が入った部屋?」
言われてみるとその通りであった。しかし、周りを見ても洞窟のままで部屋では無い。
「ひょっとして迷子になった?」
「いや、ここは部屋の反対側なのかもしれないよ」
「確かめるには入るしかないか……」
「そうだな……」
全員が肥屋を見た。先に進むと言い出したのは彼だからだ。
「いやいや、ここはくじ引きで決めようぜ」
当の肥屋は損な役回りをやりたく無かったのでくじ引きを提案した。
黒い霧に出会う可能性が高い役は誰でもやりたくないものだ。
「筆記用具を持ってきてねぇよ」
「じゃあ、ジャンケンだな」
筧崎がジャンケンで負けてしまった。
「に、逃げないでよ?」
筧崎が皆に念を押すように言った後で、扉の取っ手に手を掛けた。全員頷いている。
そして、扉をそっと開けて中を覗き込んだ。
「え?」
そこは二十畳程有りそうな広い空間であった。
筧崎は音を立てないように体を部屋の中に入れてから改めて室内を見回した。
「……」
やはり、無人だ。黒い霧も見かけない。
「誰も居ないよ……」
筧崎が扉の外に声を出した。
そして、正面に向き直そうとした時にそれは起こった。
ギイッ
不意に扉が軋んだ音を立てると、そのまま扉が閉まってしまったのだ。
蝶だけが知っている 百舌巌 @mosgen
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