第2話麗らかな日の出会い。

いつも、花壇を見にくる下級生がいて。

廊下の窓越しに、ちらりとその子を見ていた。

愛おしそうな、寂しそうな、揺らぐ瞳が美しい。

明らかに平均よりも線の細い体と、あまり外に出ないのだろうと思わせる白い肌。

切れ長の奥二重から、長いまつ毛が影を落とす。

憂を纏い、静かに佇む姿は簡単に俺の心を占領した。

元気になって欲しいとか、笑ってほしいとか、そんな綺麗事は言い訳にしかならなくて。

純粋に、思考よりも先に、声をかけたいという感情で動いた。

窓に近づく俺に、驚きながらも彼は離れずも近づきもしなかった。

ガラ、と窓を開けて、出来るだけ柔らかい声で話しかけた。


「あのさ、花、好きなの?」


いきなりこんなことを聞いて、気持ち悪いと思われただろうか。

でも、花屋の息子しては勿論好きと言って欲しいし、興味があって欲しかった。


彼と繋がれるきっかけが、花ならいいなと思った。

ぎゅ、と黒いリュックのストラップ部分を握り、彼は答えた。


「えっと、はい。好きです。見てると落ち着くし。」


そうか、じゃあ。


「じゃあさ、環境委員会に入ってみない?

ああ、自己紹介が遅れてごめん。

俺、三年の目白葉大。環境委員会委員長兼花壇係なんだ。

人手足りなくてさ、君さえ良ければどうかな?」


しばらく沈黙が流れて、薄い唇が控えめに開かれる。


「やってみたいです、暇なので。」


頻繁に花壇を見にきていたから、特に部活も入ってないだろうと思っていたけど、それでも健全な高校が暇だから花壇係やりたいです、なんて言わないよな。

きっと、何か事情があるんだろうと思って、そっと心にしまい込んだ。


「ありがとう。助かるよ。

君二年生だよね。名前は?」


「二年A組の橘杏介です。」


うちは地元ではそこそこの進学校で、その中でもA組は特進クラスだ。

特進クラスで、杏介のように明るい髪と、控えめだが、確かに主張しているピアスを身につけている生徒はあまり見かけない。

クラスで明らかに浮いてるだろうな、と思わせるそのチグハグさがより魅力的だった。


「特進じゃん、勉強忙しいでしょ。誘っといて言うのも変だけど、本当に大丈夫?」


ふるふると小さい頭が揺れた。


「いいんです。勉強は、暇つぶしでしてるだけなんで。別に特進クラスも入りたかったわけじゃなくて、先生が勝手に選んだだけなんで。」


悲しげな視線が落ちる。

小さく風が吹いて、彼の柔らかそうな髪が揺れた。


「そっか。じゃあお言葉に甘えて、これからよろしくね。

橘くんって呼べばいいかな?」


「なんでも大丈夫です。」


そっけない返事。

でも、冷たく突き放す様子でもない。


「ん。分かった。じゃあ杏介!」


流れていた瞳が大きく見開かれ、予想外でした、という顔で俺を見つめる杏介。

にんまりと笑って、俺はもう一度彼の名前を呼ぶ。


「杏介。よろしくね。」

「あ、、はい。よろしく、お願いします。」


虚をつかれた猫。

明らかに動揺している様子が、面白くて、もっと見たくて。

でも、あんまり意地悪しちゃ悪いかなとか。

少しだけ、先輩ぶって。

出来るだけ感情が漏れないように、笑う。


俺と杏介の出会いは、麗らかな春の日のことだった。

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煮詰めて、マーマレード。 橘ひまこ @himaco

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