(罪悪と呵責の天秤 その2)

「あなたは罪を知っていますか?」


 メリアの澄んだ声は良く通った。その淀みない声に、人でなしどもも口をつぐみ辺りには静寂が広がった。

 その沈黙を破ったのは、グバンだった。


「ギャハハハハッ、おまえらみてェなガキをぉ、売りさばいてきたァ、ことかァ? それともォ、きもちイイからァ、いろんなァ奴、ぶっ殺してきたァことかァ?」


「あなたは苦痛を知っていますか?」


「イタイってことかァ?そんなこたァ、よォうくゥ、知ってるぜェ。あの顔がァ、さいこうォだからなァ」


 ロアたちのことを、完全に舐めているのか、グバンはどうやら、自分たちから手を出してきそうになかった。


「罪を悔いたことはありますか?」


「んなこと、あるワケ、ねェ、よなァ?」


 グバンが後ろを振り返ると、また一斉に、ギャハハハと下品な笑い声が響いた。


「罪を償いませんか?」


「はァあァ?おまえも、アタマ、イっちまってんのかァ?」


 まるで論外だという風に、かえってグバンは困惑しているかのようだった。

 それは、ロアも同じだった。けれど、最後まで見届けようと顔にグッと力を入れた。


「生き方を改めませんか?」


「そォかァ、ならァ、王様がァ、イイなァあ。国民全員、オレの奴隷だなァ、最高だろォう?」


 そんな、クソみたいなグバンの返答を聞き終えると、メリアはかすかにため息をついたようだった。

 そして、いつのまにか、その手には、簡素な杖を握っていた。


「これは、我が罰にはあらず。

 ただ、うぬの罪が故なり。

 我知る。

 罪を、苦痛を――」


 最初はそれまでの問答と同じかと、ニヤニヤとメリアを眺めていたグバンは、途中で血相を変えて、手下も置き去りにメリアへと迫った。


 その様をみて、ロアも、遅れてグバンの手下の幾人かも気がついたようで、こちらに駆けて来ているのが見える。


 それは、『詠唱』だった。


 てっきり、固有スキルでどうにかするとばかり思っていたロアにとっても、予想外だったため、反応が幾分おくれた。


 魔術、それは、ごくごく限らた者のみが使うことのできる秘技だった。


 一般的には、習得の方法はないとされている。ロアの場合は、鉱夫の家系の中でも特別な家系で、生まれながらに魔術の才があり、魔術そのもののノウハウもあったため、爆薬の合成をすることが出来るが、そのこと自体も、かなり稀なことだった。


 そして、ロアの使うような魔術と違い、その場の『詠唱』で敵を殲滅する、そういう攻撃に特化した魔術師もいるらしく、その多くは冒険者ギルドに所属していて、ほとんどがSランクだそうだ。


 魔術に年齢は関係ない。ロアを見れば明らかだし、強力な使い手であれば、この人数くらい訳ないだろう。


 つまるところ、例え見た目幼女のメリアでも魔術であればどうにかできる可能性がある。


 ただ、そのためには詠唱が終わるまで、メリアを守り抜かなくてはいけない。洞穴で見つけた剣を手にメリアとグバンの射線に入ろうと走り出したところで、突然、メリアの詠唱が止まった。


 見れば、どこからともなく現れた剣がメリアを背から刺し貫いていた。


 そこではっと、前のロアの記憶が今のロアの中で再生されて、クソっとロアは吐くように叫んだ。


 『不可逆視』、そうだあいつがいたんだ。それなのにまるで意識になかった。


 地面がぐらっと揺れる、そんな感情に囚われる。

 今から行っても間に合わない。


「――悔悛を、償いを、生くる道を。

 しかれども、世に、罪悪と苦痛は満つる――」


 それなのに、胸を貫かれているのに、一瞬止まっただけで、血を吐きながらメリアは凛とした声で詠唱を再開していて、ロアは震える足を叩いて、走った。

 けれど、一瞬、足を止めていたせいで、グバンの方が早く――。


「――さればこそ、その一切をうぬが身に返さん――」


 メリアが大きく息を吸い込む。けれど、その口がもう一度開く前に、ロアの頭が宙を舞った。

 間に合わなかった! 歯を折れるほど噛みしめたロアは、渾身の力で剣を振り下ろす。

 火花が散り、両者の剣は真っ二つに折れた。


 その最中、確かにロアは聞いた。


「――罪悪と呵責の天秤」


 ロアとグバンははじかれたように空を見上げた。

 そこにはもうメリアの頭はなかったが、代わりに遥か天空から、幻想的に輝く光帯がこちらへと降り注いでくる。


 初めはグバンだった。

 目の前のロアを無視して折れた剣を投げ捨て洞穴へとその巨体を揺らして走り出したのも束の間、光帯に貫かれ、頭を抱えて苦しみだしたかと思うと、言葉にならない言葉を上げて、青白い閃光と共に忽然と姿を消した。

 そんな光景が、周りで何度も起こる。


 その間、ロアはただ天を見つめていた。

 やがてロアの周りから誰もいなくなったころ、それまでずっと降りてこなかった光帯が天より流れてきて、ロアを、ロアの心を貫いた。


 その刹那、今は屍となっているはずのメリアの声がロアには聞こえたような気がした。

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固有スキルで不死身の私は美少女と一緒に世界を壊します! 沫茶 @shichitenbatto_nanakorobiyaoki

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