建って半城

s-jhon

建って半城

 王城の広間で魔王と勇者の戦いが始まった。

 城下の家々は廃墟と化し、空は緋色に染まる。世界の終わり、その具現だ。

 そこに、神々しい光とともに七枚の羽根を持つ天使が降臨した。

 天使は私に言った。

「王妃様、見張りの塔を解体してしまっていいですか?見張るほどの広さはもう世界にはないんですし」

「できることならまだ解体しないでほしいな。城の一部なんだし」

 えー、と言いたそうに天使は面倒くさそうな顔をする。

「壊しちゃだめだ!あそこ、かくれんぼに良いんだよ!」

「母上が要らないって言っても、わたしが要るぅ!」

 戦いを繰り広げていた魔王と勇者――というか、私の息子と娘も戦い、というか喧嘩をやめて天使に言う。

 わかりましたよと天使――解体天使・ワケテステルはそう答えた。


 ワケテステルによるとこの世界は滅びるのだそうだ。

「全知全能なる我らが主にとって、世界は数撃ちの品にすぎませんから、別に何が悪かったということもなく、用事がすんだら、壊して原初の混沌の中に還してしまいます」

 ワケテステルが降臨してそう告げた時、既に人々は子を成すことが難しくなっていた。妊娠がめったに起こらなくなっていたのだ。

 人々はワケテステルを破滅をもたらすものとして攻撃した。

「そんなことしても無意味なんですけどね。時間が供給されなければ世界のすべては動きを止め、動きを止めてしまった世界は適切に保存しなければ壊れてしまいますから。

 残念ながら、この世界への時間の供給は停止されることが決定してしまっています」

 ドワーフの作った大砲もエルフの大賢者の魔法もワケテステルにダメージを与えられなかった。そもそも、彼(彼女?)は飛んでいて、気づいた時には星空の彼方へ行って、それを「解体」していた。

 いつの間にか夜空には星がなくなり、そして真っ赤な布で空は覆われてしまった。私が生まれる遥か前のことだ。私は空が青かったのを見たことがない。

「世界を壊して小さくすれば、消費する時間の量も少なくて済みます。

 他の世界管理者の中には世界の廃棄が決まったとたん原初の混沌の中に落してしまう者もいますが、わたしはせめて、知的生物が生を全うするまでは世界を持たせたいと思っているんです」

 ワケテステルを神の使いとして最初に崇めだしたのは我が王国だったという。ワケテステルもそれを受け入れ、我が国を拠点に活動するようになった。

 世界の各地では子ができなくなったがために人口が減り、滅んでいく国々が次々に出ていた。ワケテステルはそういった国々から人々を我が国に連れてきて住まわせた。そして、人のいなくなったその国の跡地を取り壊し、原初の混沌の中へ還した。

 滅びゆく国々の中には最後まで生まれ育った土地で生きることにこだわった人も、困ったことを起こす人なのでワケテステルが連れてこなかった人もいた。彼らが寿命を迎えるまでそういった人々の土地は残されたとワケテステルは言っているけれど、本当のところはわからない。たぶん、待ったのだと思うが、彼らがまだ生きているうちに原初の混沌に投げ込んでしまったのかもしれない。

 だいたいそこから五百年。我が国の人口は緩やかに減り続けた。子はあまりできなかったが、ワケテステルがあちこちから連れてくる人々が人口が保っていた。だけれどそれも、ついには途絶えた。我が国以外の土地は全て原初の混沌へ還った。

 食べ物や各種の産物はワケテステルがどこからか持ってくるようになった。農地も鉱山もすでに原初の混沌へと消えた後だったから。

 王家には王子がいた。私はこの世界で唯一の年頃の娘だった。そんなわけで私は妃となった。


「あとしばらくは大丈夫ですが、見張りの塔は近いうちに取り壊すしかないと思います」

 夕食の席でワケテステルは言った。

「えーッ!」

「大丈夫ですよ、あと十年くらいは」

 不満の声を上げる子供たちに、ワケテステルは諭すように言った。

「しかし、王子殿下は魔王ですので百年は生きますから、それまで世界を持たせるには、見張りの塔を含めた白の大部分は順次取り壊していかなくてはなりません」

「だいたいなんで僕が魔王なのさ」

 文句を言う息子にワケテステルは申し訳なさそうに返す。

「この世界には魔王と勇者を選定する仕組みがありまして、それを止めるのを忘れていたんです。次に作動する前に世界の終わりが来るかと思っていましたから」

 そして、仕組みのほうに選択肢はあまりなかった。私か息子か娘か。まさか天使様を魔王に選ぶわけにもいかない。

「お兄さま、この城の中で一人で百年なんて……」

「少なくとも私はおりますよ、王女殿下。それに、王女殿下も王妃様もまだまだ一緒にいられますから、百年一人というわけではありません」

 ワケテステルはパタパタと羽を動かしながら続けた。

「それに全てのものは全知全能なる主の記憶の中で永遠に生き続け、原初の混沌の中で一つに還るのですから」

 こういう時にしか、私はこの天使が人ではないのだと感じることがない。

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