[6-8]作戦会議

 ハル様率いる《宵闇のしるべ》と俺たちが話し合った作戦内容は至ってシンプルだった。

 俺と《宵闇》の面々は正面から城に攻撃を仕掛ける。すると城の兵士たちや《赤獅子》のやつらが当然迎え撃ってきて、大きな騒ぎになるだろう。兵士たちは侵入者の対応へ追われて、警備も手薄になる。その騒ぎの隙にミラが城内に侵入する、と。


 もともと城に正面突破するっていうのは俺自身が提案したことだ。だから不満などない。

 ないのだが、これってつまり……。


「ってことは、俺が陽動になるってことか?」

「そうだ。侵入経路は確保していると言っても、安全に確実にミラが潜入するには敵の目を引きつけるしかない。彼には内務大臣を見つけ出し保護するという大事な役目があるんだからな」


 と、ハル様は説明してくれた。

 ミラを見ると、彼は小さく頷いている。作戦内容はハル様から直接聞かされていたのかもしれない。単身で侵入するのは危険が伴うから、もしかするとハル様はミラの安全を気にかけてくれたのかもな。

 スレイトはもう不安そうにしていなかった。むしろすっきりとした顔で笑っている。昼間、一緒に出かけた時にミラと話してみて、心の整理でもついたのかもしれない。


 まさか俺が陽動に使われるとは思っていなかったな。あくまでも優先させんのは内務大臣の保護、ということなんだろう。


「陽動は別にかまわねえんだけどさ、ミラは大丈夫なのか? 侵入経路を確保しているつっても、城門に囲まれた王城にどうやって侵入するつもりなんだよ」


 いくらミラは《闇竜》の忍びでも、今回は普通の家に忍び込むとは訳が違う。仮にも一国、商業国の王が住まう居城なんだ。いくら陽動で警備が手薄になっているとはいえ、無人ってわけじゃないだろう。

 腕を組んで尋ねれば、ミラはからりと笑った。


「心配すんなって、ちゃんと考えてるからさ。それにゼルス支部の支部長はオレと同じ諜報が得意なタイプだぜ? 何度か王城には忍び込んで調査してるって言ってたし、エリアスのこともよく知ってるみたいだったぜ。これでも《闇竜》歴は長いんだ。少しはオレのことを信用しろよ」

「えっ、マジか」


 俺のことを知っているってことは、追放が起こるより前から城に忍びこんでいたってことだよな。全然気づかなかった。


「ゼルスの《闇竜》は情報屋としては優秀だからな。おかげで短期間の間に城内の見取り図を作ることができたぞ」


 楽しそうに笑い、ハル様は丁寧に折りたたんでいた紙をローテーブルの上に広げた。

 その紙は地図のような王城の見取り図だった。階層ごとにどこかどの部屋か、医務室や《赤獅子》が使っている執務室など、精緻に描かれている。しかもどれも正確だ。ただ、地下の部分は白紙のままだった。


「すっげえ。よくここまで調べたな……」

「短期間の潜入を慎重に繰り返して、時間をかけてじっくり作製したらしい。ただ、さすがに地下牢までは手が回らなかったようだな」

「地下は犯罪者が収監されている場所だからな。警備も特に厳しくしてる。無理もねえだろ」


 いくら闇の商業国家と言われるほど闇市が盛んと言っても、重い犯罪を犯したら投獄されるのはゼルスだって同じだ。暗殺だったり詐欺だったり、公の場で口にはできねえ犯罪は多いけどな……。泥棒騒ぎの方がかわいいくらいで。

 基本的にゼルス国民は闇組織に所属しているやつらが多いし、犯罪者たちも軒並み剣や格闘の腕に覚えがあるやつばかりだ。諜報員とはいえ、さすがに《闇竜》幹部も迂闊には近づけなかったようだな。

 ……ん? ちょっと待てよ。


「ここまでくまなく調査して、《闇竜》はヒスイを見つけられなかったんだろ? ということは、もしかしてヒスイは——、」

「地下にいることは間違いねえだろうな」


 俺が言わんとしていたことをミラが答えてくれた。「ちゃんと考えている」と言っただけあって、やはり彼は内務大臣ヒスイの居場所にある程度あたりをつけていたらしい。……が、今回は場所が悪い。


 よりにもよって地下、しかもミラが言っているのはたぶん城の地下牢のことだ。ゼルス王城の地下は牢があるので魔力不干渉の装置が働いている。つまりミラのような魔族ジェマがテレポートの魔法を使えないようになっているんだ。

 逃げるには自分の足を使うしかない。しかも地下からの逃走経路は数少ない。つまり、逃げ道を塞がれると何かあった時詰む可能性があるんだ。


「マジかよ」

「そういうこと。だからしっかり陽動を頼んだぜ、エリアス」


 ミラはいたずらっぽい笑みを浮かべ、俺の肩にぽんと軽く手を置いてきた。えらく呑気に構えてるな。大丈夫なのか。


「ゼルスの闇竜が地下を調査できなかったのは、危険性が高かったからだろ。そんな場所へ潜入できんのかよ、ミラ」

「心配するなっての。ゼルスの支部長——サフィーは時間をじっくりかけて潜入して情報を取るんだよ。今回、地下まで調べられなかったのは単に時間が足りなかったせいだ。魔法が使えない場面なんかこれまで何度もあったんだし。さっきも言ったけど、オレを信用しろよ」

「ミラの言う通りだ。おまえは自分のことだけを心配してろ」


 ミラはからりと笑っているし、ハル様は腕を組んだまま笑っていた。この人が大丈夫と言うのなら、心配いらない……のか?

 まあ、ミラだってシーセス支部で幹部をやってるくらい実力がある忍びなんだもんな。修羅場を何度もくぐっているだろう。実際、俺の窮地を救ってくれたのもミラだったわけだしな。スレイトだってもう心配してねえみたいだし。


 出身もバラバラだった俺たちは何かの縁でこうして出会い、仲間になった。

 スレイトは見返りもなしに助けてくれたし、ミラは敵側に兄貴がいるのに俺の味方であろうとしてくれている。

 仲間のことは信じるべきだ。俺はスレイトのこともミラのことも、一度だって疑ったことはない。


「そうだよな。ミラ、明日は任せておけ」

「おうよ。ついでに片割れの通信じゅ、スノウに届けてやるよ」

「え、マジで。すげえ助かる」


 通信珠のことはたぶん、スレイトから聞いたんだろう。

 どうやって珠の片割れをスノウの手に届けば、スノウも水を用意しなくてもいつでも通信できる。回数制限があるとはいえ、手軽にスノウと話せるようになるのはありがたい。

 ……って、スノウのことばかり考えてどうすんだよ、俺。


 ふいにハル様の咳払いする声が聞こえてきた。


 決戦前でテンションがおかしくなってるのかもしれねえな。

 ハル様が今回俺に協力してくれる条件として提示してきたのは、俺自身が改革のリーダーになることだ。それならこの会議だって俺自身が仕切らねえといけない。


 俺は立ち上がり、皆の顔を見渡した。口を挟まずに聞いているルーファスとタキ、ハル様。この館に来るまでに力を貸してくれたスレイトとミラ。みんなの真剣な顔を見て、口を開く。


「これからゼルスが豊かで誰も搾取されない平和な国にするために、シャルル国王は必要不可欠な人だ。陛下を守るため、俺たちはなんとしても内務大臣の保護を最優先しなくちゃならねえ」


 まずは最優先事項の確認だ。皆は黙って強く頷いてくれた。


「このままツムギやレットの好きなようにさせねえ。明日、みんなで俺たちの国を取り戻そうぜ!」


 力を込めて呼びかけると、皆はこたえてくれた。俺の中でもこれまでで一番士気が高まっていく。気合いが入る。


 いよいよ、明日だ。明日、俺はスノウと俺の居場所を——、奪われたものを取り戻しに行くんだ。

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