[6-7]チョコミントアイスの約束と会議へ
屋根の上に腰をかけながら、俺はしばらくスノウと話し込んだ。
子どもの頃の思い出話、天気の話や昔にやらかしたイタズラなど。他愛のない会話で花を咲かせながら時間を過ごした。こんなにゆっくりとくつろいだのは久しぶりだ。
空を仰ぐと、いつの間にか太陽が真上へと移動しつつある。
天気がいいし今は暖かい気候で助かった。ちっとも寒くはねえが、さすがに昼の時間に近づくと陽の光がじりじりと俺の肌を照りつける。
なるべく外の景色を見せたいところだが、一度室内へ避難した方がいいかもしれない。そう考え腰を浮かせた時だった。スノウが話しかけてくれた。
「ねえ、エリアス。子どもの頃、よく一緒にチョコミントアイス食べたよね」
氷菓子はスノウの好物だ。氷竜のハーフだからなのか、スノウは冷たい食べ物を好む傾向があって、なかでも特に好きなのはチョコミントのアイスクリームなんだよな。
スノウは自由歩くのは難しいから、俺は医務室に設置した氷室にチョコミントアイスを大量に買っては詰め込んでいた。そうすりゃいつでも好きな時に食べられるし。
とは言っても、なぜかスノウは俺と一緒の時しか食わねえからなかなか減らねえんだが。
「そうだったな。スノウの大好物だもんな、チョコミント。また一緒に食いたいなー。俺が追放される前は氷室にたくさん入っていたし、まだなくなってねえだろ?」
「え? もうないけど」
「へ?」
なんだと……。
体感的にはずいぶん前のことのように感じるが、俺が追放されてからまだ一週間も経っていない。だというのに、パンパンになるほど詰め込んだアイスがもうないとはどういうことだ?
「嘘だろ!? この数日でもうなくなったのかよ!」
どれだけの在庫数だったのか、正確な数は覚えてない。けど、少なくとも十個以上はあったはずだ。それを短い期間で食べ尽くしたっていうのかよ。
アイスはスノウのために買ってきたものだし、好きなだけ食べたらいい。だから怒りもねえし呆れてもねえ。ただ、びっくりだった。
そんなハイペースでアイスを食ったのなら、腹が冷えたんじゃねえのか。大丈夫か。
考えれば考えるほど心配になってきて固まっていたら、珠の中のスノウに怪訝な顔をされた。
「怒ってる?」
俺が無反応になったから勘違いされたようだ。慌てて否定する。
「いや、怒ってもねえし」
「仕方ないじゃん。さみしくてストレスたまってたんだから」
そうか。さびしかったんなら仕方ねえよな。にしても、スノウもストレスで暴食するのか。半分人とはいえ、半竜だもんな。初めて知った。
基本的に少食だからか、スノウは痩せ型だ。もっとたくさん食って太ってもいいんじゃないかと思っていた。スノウは太っていても痩せていても可愛いと思う。
「そっか。寂しかったんなら仕方ねえなあ」
「そうだよ。だからエリアスは早く戻ってきて、アイスを補充してくれなくちゃ。また二人でアイス食べよう?」
うっ、やべえ。
スノウがゆるく首を傾げて上目遣いに俺を見てくる。時々まばたく青い目はまるできらめく宝石のようで、胸が痛くなるほど心臓が高鳴った。自分でも鼓動が早くなっていくのがわかる。
今すぐ、この手でスノウに触れたい。叶うなら手をやさしく握ってあげて、すぐに爆速でチョコミントアイスを買ってきてやるのに。
けれど今は直接行って顔を見ることもできない身の上だ。だからせめて、笑って顔だけは見せてやりたい。
「ああ、また二人で食べようぜ。たくさんアイスを買ってやるからさ」
「うん、絶対だよ」
小さく頷いたあと、スノウは花が咲いたようにきれいに笑った。いつになく機嫌がよさそうなスノウを見ていると俺の心は癒されていく。
この可憐な花を絶対に守ろうと、俺は改めて心に誓った。
+ + +
昼時になったら一度室内に戻り、俺はデートを終わらせた。互いに飯を食う必要があるし、スノウはいつまでも医務室に鍵をかけて閉じこもっているわけにはいかないらしい。監視役のスバルを誤魔化すのも限界があるもんな。
昼食を摂った後、午後からは昔馴染みでもある《宵闇》の構成員たちと鍛錬をして過ごした。決戦までに、ハル様にもらった新しい武器に少しでも慣れておかないといけないしな。
日が沈み始めると、スレイトとミラが連れ立って帰ってきた。せっかくだから三人で夕食を摂ることにした。
どうやらスレイトのデート作戦は成功したようだ。二人ともすげえ機嫌がよかった。
聞くところによると、やっぱりと言うべきか、スレイトが魔法具制作で寝てないことがミラにバレたらしい。カフェでコーヒーを飲んだ後、近くの公園でミラに寝かされる羽目になったようだ。スレイトは膝枕してもらって機嫌がよかったが、ミラは心配していた。
仮眠を取っただけあって、スレイトは予想していたよりずっと元気だった。マシンガントークが止まらなくて、気がつくと俺は完全に聞き役になっていた。
さて。和やかな食事が終えて、次に俺たちを待ち受けるのは会議だ。明日の決戦に向けた軍議でもある。
ハル様が集まり場所として指定したのは、昨日ライカたちと話し合いをしたソファがある応接間だった。
集まったメンバーは俺、スレイトとミラの三人。そしてハル様にタキ、その
「は!? なんでルーファスがここにいるんだ?」
スノウの父親であり、俺を拾い育ててくれた養父でもあるルーファスは
魔術師でもある彼に、俺は基本的な教養——、世界史と魔術の知識を教えこまれた。そのことには感謝してる。なのに俺が父と呼ばないのは、ルーファスに「お父さんと呼ぶんじゃない」となぜか拒否されたからだ。いや、ルーファスは俺のことは大事に育ててくれたんだけどな。たぶん俺の、スノウへの恋を察したんだろ。めんどくせえ。
それにしても、だ。俺と一緒に王城にいたはずのこいつがどうして《宵闇》のアジトにいるんだよ。
「そりゃ城から逃げてきたに決まっているだろう。ウチにはリアがいるのだから、さっさと逃げてくるさ」
「いや、それはいいんだけどな?」
ちなみにリアはスノウの母親の名前だ。つまり、ルーファスにとっては妻ってことだな。
リアはいにしえの氷竜だし、ツムギとスバルがスノウの母親にまで手を出す前に逃げるのは別に構わない。一家の父親なら家族を守ることを優先すべきだと俺は思う。
けど、ハル様のところに逃げ込んだくせして、しれっと《宵闇》側に並ぶのはどうなんだよ。
ルーファスは俺と共に《赤獅子》を立ち上げた相棒。組織を共に運営してきた仲間であり、俺を育ててくれた父親代わりで恩人だ。スノウが生まれる前から《宵闇》に入っていたという話だし、ハル様との付き合いは俺より長いらしい。
そんな彼に俺は物申さずにはいられなかった。
「だったら、なんでスノウを連れて逃げなかったんだよ」
王城に囚われたスノウを助け出すのは他の誰でもない俺自身だ。その役目は誰にも譲るつもりはない。けど俺はルーファスに不満をぶつけずにはいられなかった。
こうしている今もスノウは、敵だらけのあの城で寂しい思いをしている。父親なら、動けないスノウを抱えて外に逃げて欲しかった。
ルーファスは眉を一つ動かしただけで、俺の文句に怒りはしなかった。むしろため息混じりで教えてくれた。
「俺もスノウを連れて逃げようと思ったさ。けど、スノウに断られたんだよ。おまえを見捨てて出て行きたくないってね」
「…………そうか」
逃げ出したって、俺は見捨てたなんて思わねえのに。
やっぱりスノウは城で俺が迎えに来るのを待っているんだな。ツムギから奪われたものをすべて取り返して、元の生活が戻るのを望んでいるのかもしれない。
それなら俺はやっぱりスノウを迎えに行こう。かれを助け出せるのはきっと俺だけなんだ。
「さて、話はそこまでだ。明日の、決戦に向けて作戦を話し合うぞ」
ハル様がパン、と手を叩く。空気がふるえて、張り詰めた。俺やルーファスだけじゃなく誰もが真剣な顔へと変わった。
いよいよ、奪還作戦に向けての会議が始まる。
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