[6-3]穏やかな朝食

 太陽は登り始めたばかりで空が白み始めている。まだ朝の早い時間だ。

 今頃スノウは医務室での雑用で忙しくしているだろうな。氷鏡の魔法を使うほど暇じゃないはずだ。

 なにはともあれ、この通信じゅを持ってさえいればスノウの通信に応じることができる。そうスレイトが言っていた。

 なら俺は今のうちに朝食を済ませて、明日までにやるべきことを終えなくては。早くスノウとゆっくり話したい。


 顔を洗って、軽装に着替えた。食堂に顔を出せば、意外に人がいる。厨房では恰幅のいい獣人族ナーウェア人間族フェルヴァーたちが忙しなく働いているし、朝早くから朝食を食べに来ているやつもちらほら見かけた。

 スレイトやミラは……いないな。黙々と食べる人たちの中に、ひときわ目立つ、あの布を幾重にも巻いたような独特の衣装と煌びやかな装飾品を身につけた人物を見つけた。ハル様だ。


「おはようございます、ハル様。……相変わらず朝早ぇな」


 きちんとした挨拶は子どもの頃に叩き込まれた。そのせいか、成人した今でもつい彼を目の前にすると、口から敬語が出てしまう。

 話しかけられてもハル様は嫌な顔をしなかった。薄く笑って顔を上げてくれた。


「おまえこそ早いじゃないか。今から朝食か?」

「ああ。スレイトとミラは……、まだ来てないんだな」

「あの二人ならとっくに館を出たぞ。王都の店をいくつか教えて欲しいと聞いてきたから、行くんじゃないか?」


 スレイトのやつ、マジで仮眠せずにデートに行ったのかよ。とんでもない行動力だ。開いた口が塞がらない。

 そういや、昨日はスレイト、ハル様に相談してたんだもんな。スノウの竜石をもらっただけじゃなく、王都のデートスポットまでチェックしていたようだ。


「へー。どんな店を教えたんだよ」

「コーヒーショップだな。タキは昨日、ミラには和国製の武器を専門に扱っているウチの系列店を教えたようだが。スレイトはともかく、彼は明日の準備に向けて買い出しに行ったのだろうな」


 わかりやすいくらい、ミラの好みそうな店をチェックしていたようだ。あいつ、よくコーヒー飲むもんな。

 ミラが出かけたのは、デートじゃなく武器の調達が目的か。和刀にクナイに、剣から飛び道具まで持っていた気がするんだが、それ以上何を買うつもりなんだろう。俺の知ってる諜報員はみんな事前準備を怠らずに入念にしていた印象がある。もしかすると、忍びも同じなのかもしれない。たぶん、スレイトはデートのことしか考えていないだろうな。

 それに引き換え、ミラの頭の中は城の潜入やヒスイの救出のことだろう。スレイトとミラ、なんか気持ちが別方向に向いているような気がする。思いが通じてねえっつーか。


「そうか。やっぱり心配だな……」


 心の声がつい口から出た。するとなぜかハル様に額を軽く小突かれてしまった。地味にいてぇ。


「他人の心配をしている場合か。あの二人に首を突っ込むだけ野暮だろうが。自分の心配をしろ。……エリアス、おまえまだ、武器を購入すらしてないだろ」

「……あっ」


 やべ、すっかり忘れてた。そもそも俺が《宵闇》のアジトに来たのは、武器商売をしているハル様から剣を買い付けるためだったんだよな。


「そうだった! 俺、ハル様から武器を買おうと思ってたんだよ。……あ、でも俺、まだ一文なしだったな」


 資金源であるスレイトは今、絶賛デート中で外出している。必要なものなら武器でもなんでも費用は出すと言ってくれているものの、どうしたものか。まさか呼び戻すわけにもいかねえし。それに、いくらハル様を知り合いだからって、まさか代金を踏み倒すわけにもいかない。そんなことをすれば、俺がハル様に踏みつけられかねねぇ。……この人、キレるとマジでおっかねえんだよな。

 スレイトが帰ってから、改めて相談してみるか? あいつ、今日はいつ帰ってくるつもりなんだろうな。


 そんなことをつらつら考えていたら、ふっとハル様が笑う息遣いが聞こえてきた。


「今のおまえから金を徴収できると俺も思ってはいない。金ならスレイトから預かっているから心配するな。城と組織を取り戻した後、おまえの財布から彼に返してやれ」

「え」

「スレイトがおまえを護衛として雇う、その代わり必要経費はスレイトが出す。そういう契約をしていると俺は彼から聞いたが?」

「それは……たしかに。その通りだ」


 けど今は決戦を目前に控えている。スレイトと雇用契約を交わした時と今じゃ、状況が大きく変わってしまった。

 口約束だったにせよ、彼をゼルスの観光地に連れて行けてねえし、ましてやガイドだってできていない。今だってあいつのそばにはミラがいて、デートのついでにしろ俺の代わりに

彼がスレイトの護衛を請け負ってくれている。

 俺は契約に関わることをなにも果たせてねえのに、スレイトは約束をちゃんと守って剣の代金を置いて行ってくれたんだな。……あいつ、普段はミラや狐のことしか考えていないくせに、こういう契約事項は真面目に守るんだな。抜かりのないやつめ。彼の好意に俺は感謝しなくては。


 感動で、胸が熱くなるのは今日何度目だろうか。

 ハル様の言う通り、全部うまくいったら金はスレイトに返してやろう。そう心の中で誓った。


「飯を食い終わったら、俺の部屋に来い。エリアス、おまえにぴったりの剣を見繕ってやる」


 ハル様は自信たっぷりな笑みを浮かべてそう言った。

 仕事に手を抜かないことで有名なこの人がここまで言うってことは、良いものを用意してくれるに違いない。期待しても良さそうだな。

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