[6-2]自分だけができることを
やっぱりスレイトはいつも通り、やわらかな笑顔だった。よくよく観察してみると、その目の下にはうっすらと隈が見えた。
そうか、徹夜明けだったから疲れているんだな。無茶しやがって。
夜通し時間をかけて作ってくれたんだ。ここはスレイトの好意を受け取っておこう。
「わかった。ありがたくもらっておくぜ」
「へへっ、よかったー。さっきも言ったけど、その通信珠は素材にスノウくんの竜石を使っているから、エリアスが水を張らなくても氷鏡の儀式が簡単にできるよ」
「マジか。じゃあ、この通信珠を持ってるだけでスノウが儀式をすれば話せるってことか?」
「そうそう。ほんとはその片割れをスノウくんが持っているともっと簡単にお話できるんだけど、今のところは届ける手段がないからね」
「……そうだな」
さすがに大きさは手のひらサイズでも重さはそれなりにあるし、魔法具は手紙で送れない。この片割れをスノウに届けるには現地まで直接行く必要がある。今日明日に持っていくのは無理だろう。
とはいえ、俺が水の近くまで行かなくてもスノウに見つけてもらえるようになったのは大きな変化だ。今までは浴室とか洗面所とか、まず水を溜めねえとスノウと話をすることはできなかった。ただこの小さな玉を持っているだけで通信できるようになったのは、正直すげえ助かる。
「スレイト、本当にありがとな。俺が行き倒れていた時も介抱してくれたし、今回はこんな便利な道具まで作っちまうなんてな。おまえがいると心強いぜ」
「そんなことないよ。ティスティルに行けばおれより技術のある人はいるし。それにおれ、こんなことくらいしか役に立てないから、さ……」
「こんなことって、お前——、」
そんなことはない。そう否定の言葉を続けようとした時だった。スレイトは力なく笑ったんだ。
「おれにできることは魔法を使うことと魔法具や幻薬を作ることだけ、なんだよね」
珍しく切なげな表情で、彼はそう語った。
昨日のスレイトはどこかおかしかった。珍しく不安そうで、城に潜入するミラに対しても素直に賛成していなかった。もしかすると、俺が気づかなかっただけで、彼は悩んでいたのかもしれない。
「十分すごいことだろ、それ」
「うん。でもおれはエリアスみたいに腕っぷしは強くないし、ミラみたいに気配を消したり忍び込めるわけじゃない。それでも、何かの形で役に立ちたかったから、がんばって作ったんだ」
「そうか……」
正直なところ、スレイトを帰らせることも考えた時もあった。
だってこいつは、闇
だがもう俺は、スレイトに関わるなとは言わない。もうこいつは俺の大事な友人で、手段は違っても共に戦う仲間だ。
それにスレイトはスレイトなりに自分にできることを模索した。その結果が、この美しい真白の通信珠なんだ。
足手まといだなんて思ったこともねえが、スレイトの存在はかなり心強い。
「ありがとな。大事に使うぜ」
「どういたしまして! 離れ離れでエリアスもさびしいだろうけど、それ手のひらサイズで持ち運びしやすいし、スノウくんとゆっくり話したらいいよ。こっちの様子も玉を通して写すことができるから、見せたい景色や会わせたい人を見せることもできるしね」
「そんなことまでできるのかよ」
たしか通信珠って声だけの通信じゃなかったか? いや、スノウの竜石を使っているから、この玉一つで氷鏡の儀式みてえな通信ができるってことなのか……。
詳しいことはよくわからねえけど、すごい代物だってことはわかるぜ。
「決戦の準備も大事だけどさ、エリアスはスノウくんとの時間も大切にしてね。誰よりも大切なひとなんだろ?」
「ああ、そうだな」
スレイトの言う通りだ。スノウとの時間はなによりも大事にしねえと。なによりあいつ、今すげえ寂しがってるし。通信が来たらいつでも応えられるようにしておこう。
「というわけで、おれもミラとの時間を大切にするために、今からデートに行ってくる!」
——などと、いいことを言った後でスレイトはそんな突拍子もねえことを言うもんだから、俺は危うく頷きそうになった。
おまえ、一夜漬けってことは寝てねえんだろうが!
「は? デート? しかも今からか!?」
「そ。今から! 昨日のうちに約束しといたんだよね。この日のためにおれ、がんばったんだよ」
「おまえ徹夜明けなんだろ!? 大丈夫なのかよ!」
「大丈夫大丈夫! 学生の時も徹夜なんてざらだったし。じゃあ、行ってくるねー!」
止める間もなく、くるりと身軽く方向転換すると、スレイトは小走りであっと言う間に言ってしまった。眠ってねえせえであいつハイテンションになってんじゃねえのか。待てよ、と声をかける時間さえなかったぜ。マジで。
体力がなさそうな細い身体してるくせに、あいつ大丈夫なのか。睡眠不足で倒れねえのか。心配しかないんだが。
けど、まあミラは明日城に潜入するわけだから、スレイトも大切な人と過ごす時間には限りがある。邪魔をするのも可哀想だろう。
願わくば、頑張り抜いた最高の友人にとって幸せを感じる一日であるように。俺はそう祈らずにはいられなかった。
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