[6-4]とっておきの魔法剣

 食堂で簡単な朝食を終えた後、俺はハル様の部屋——執務用の部屋を訪ねることにした。

 リーダーの部屋に限らず、他人の部屋を訪ねる時はノックを三回すること。子どもの頃から嫌と言うほど身体に染みついた教えだ。成人した今もその習慣に従い、俺は扉を三回叩いた。「入れ」という返事がすぐに返ってので、扉を開けて入る。


 ハル様は広い机の上で書類に向かっていた。顔を上げず下を向いたまま、羽根ペンを持った手を動かしている。

 《宵闇のしるべ》の主な活動は武器商売だ。だからハル様はほとんど書類仕事をしていることが多い。作業机のすぐそばには彼が愛用している大振りの鎌が立てかけてある。独特なローブを着たりしねえからわかりにくいが、この人、死神の魔族ジェマなんだよな。

 いつもハル様の執務室は掃除が行き届いていて、塵一つ落ちていない。床に敷かれた分厚いふかふかの絨毯も革張りの黒いソファも質のいい逸品だったりする。


「来たな。エリアス、そのソファに座って待っていろ」


 突然手を止めたかと思えば、顔を上げてハル様はそう言った。そして俺の返事を待たずに、シャラシャラと音を立てながら奥の部屋に消えてしまったのだった。

 あっという間に部屋に残されちまったぜ。ま、待っていればそのうちハル様も戻ってくるだろ。俺は素直に従うことにし、座り心地のいいソファに腰をかけた。


 生成色の天井から下げられたガラスの照明、大きな窓からは太陽のあたたかな光が差し込んでくる。五年前に出て行った時とこの部屋はちっとも変わらない。ハル様、滅多に模様替えとかしねえもんな。

 俺が愛用しているファー付きのロングコートは、館を出て行く俺にハル様が餞別として贈ってくれたものだ。あの人は俺は《宵闇》を抜けると言い出した時、怒りもせず反対もしなかった。むしろ笑って送り出してくれたんだ。

 そういや、この黒いコートには幸運のまじないがかけられているって言ってたっけ。追放されちまって色々大変だったが、飢えることなく人の縁に恵まれて今俺が無事でいられるのは、そのまじないのおかげなのかもしれない。


 ハル様は面倒見が良くて親切なリーダーであると同時に、根っからの商人だ。交わした契約は必ず守るし、商品はもちろん贈り物には金をかけて質のいいものを用意する。

 目利きのいいあの人が俺のためにどんな剣を見繕ってくれるんだろう。


「待たせたな」


 ハル様が戻ってきた。その両手には大振りの剣、バスタードソードが抱えられている。俺は以前愛用していた同じ大きさ、形状の剣だ。

 俺の向かい側に腰を下ろし、ハル様はその剣をローテーブルにことりと慎重な手つきで置いた。黒い鞘におさまったその剣には金の柄と赤い宝石があしらわれている。これ、どこかで見たことがある気がするぞ。


「ハル様、これが……」

「ああ。この剣がお前のために用意した武器だ。取引の話を聞いたのが昨日の話だったからあまり時間がなくてな。既製品しか用意はできなかったが、上等な品だぞ」


 長い足を組み、ハル様は自信たっぷりに笑った。

 

 きらめく宝石があしらわれた剣だった。鞘から抜いてみると、銀色の刀身がほのかな赤い光に包まれている。これがただの剣じゃないってことは、魔法に疎い俺でもさすがに分かるぞ。

 ああ、そうか。どうりで既視感を覚えたはずだ。このバスタードソードは魔法剣だ。宿場町でレットと対峙した時、俺が魔法で精製した剣——炎の魔法剣のデザインと似ているんだ。


 赤い宝石は魔石だ。で、刀身が赤く光っているのは魔力の光。ってことは、だ。


「これ、もしかしなくても魔法具なんじゃねえか!?」

「ほう、よくわかったな。魔法に疎かったおまえもずいぶんと成長したものだ」

「茶化すなよ! 一体、これどうしたんだよ!?」


 魔法具を購入する方法は限られている。基本的に魔法科学が発達した国ティスティルだけでしか購入できない。

 俺のコートみたいにただのお守りなんかじゃない。赤い光をまとったこの剣は魔法具の一種、魔法効果が付与された武器だ。熟練した技術者と武器作製ができる工房のような場所でないと作ることができないはずだ。


「魔力付与の武器作製を得意とする工房と最近新しく取引を初めてな。この剣は手始めにその工房から買い付けたものだ。宝石は火竜の竜石を使っているし特殊な武器だからかなり値は張るが、スレイトからあずかった金額なら十分購入可能だぜ」

「マジかよ」


 スレイトのやつ、どんだけの額を置いていったんだよ。


「ほんとにこれ、貰っていいのかよ。ハル様」


 当然ながら魔力付与の武器は普通の剣よりもかなりの値が張る。この魔法剣は前に持っていた愛剣よりもかなり上等なやつだ。炎の魔法効果付きとかすごすぎだろ。

 逆に申し訳なくなるんだが。


「金はもう貰っていると言っただろうが。おまえが商品を受け取れば取引は終了だ」

「お、おう。そうか」


 ハル様はあくまでも商売の取引のつもりみたいだ。だから遠慮せずに受け取れと言いたいのだろう。自分では一クラウンも出していないのがどうにも落ち着かねえ。けど、ここはハル様の言葉に甘えてありがたく受け取ることにした。


 改めて考えると、俺は恵まれている。そりゃ親の顔は知らねえし、ガキの頃は路頭に迷って死にそうになった。でも困った時には頼りにできる人がいて、国を追い出されてもこうして《宵闇》に戻れば声をかけてくれる昔馴染みもいる。なにより、俺には守るべき世界で一番大切なひとがいるんだ。だから追放されても、俺はここまで来ることができた。

 新しく出会った仲間——スレイトもミラも見ず知らずの俺を助けてくれた、すげえいいヤツらだ。やっぱり、俺は人の縁に恵まれているんだ。


 通信じゅだけでなく、魔法剣まで貰っちまった。すべて俺が国のため、城と組織を取り戻せるよう助けてくれた。強い思いがこもったプレゼントだ。みんなの期待に応えるためにもがんばらねえとな!


「ハル様、ほんとにありがとな。大事にするぜ」


 熱くなる胸を押さえながらハル様に礼を言うと、彼は口もとにきれいな笑みを刷いた。

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