[1-3]「これは、陰謀だ」
鳥がもつような両翼やもふもふの尻尾、おまけにスノウの耳はウサギのような長い獣の耳だ。どこをどう見たって人外でしかない出立ちだが、かれは線の細い青年の姿をしていた。
少年の頃からスノウをよく知る幼なじみとしての立場として、かれが複雑な事情を抱えていることはよくわかっている。いや、だからこそ、俺はかれのすべてを受け入れているし、何に換えても守ると心に決めているんだ。……まあ、まだ恋人ですらねえんだが。
「さて。そろそろ茶番は終わりにしようか。おまえの望み通り、証人を連れてきてやったよ」
ツムギが戻ってきた。凍てつくようなその声で俺の思考は現実に引き戻される。けど、なんでかな。スノウの肩を抱いていると、不思議と落ち着いてくる。心が凪いだ波のように穏やかだ。
冷静に、ツムギと向き合うことができる。
たとえ、信頼していたかつての部下が俺を糾弾するために現れたとしても。
「エリアス様、とても残念です。まさかあなたが国王を亡き者にしようとするとは思いませんでした」
「俺はやっていないぜ。そもそも、赤獅子の俺が国王を殺そうとする理由がないだろ」
頭は冷えている。何がどうなって俺に殺人未遂の疑いがかかっているのかわからないが、問題はない。降りかかった火の粉は落とせばいい。
そもそも俺には国王を殺す動機がないんだ。
それを、
「ここにいる全員が知っての通り、
「だから、おまえには国王を殺す動機がないと言いたいのかい」
「ああ、その通りだ。俺は《赤獅子》のリーダーだぜ? 国を自分の好きにできる権力も地位も持ってんだ。シャルル陛下を殺す意味なんかねえだろ」
腕を組んで睨みつけてくるツムギの目を見返し、俺は不敵に笑ってみせる。
実のところ、シャルル陛下を追い落とそうなど、俺は考えたこともない。むしろ、陛下とは利害関係が一致している。秘密裏にとある改革を共に推し進めてきた同志であり、盟友にも近しい関係だったのだ。
それにしても、なぜ陛下もツムギと一緒になって断罪に加わろうとしているんだ。
シャルル陛下は先代の王とは違い、闇
——いや、待てよ。
ふと、頭の中である結論が浮かんだ。それとほぼ同時、腹心の部下だった男は皆に聴こえるよう、高らかに叫ぶ。
「でも俺は見たんですよ。エリアス様が、陛下のワインに毒を入れるところを! 間違いありません!!」
「……うそ、だろ」
「本当です。今ここで、皆の前で誓ったっていい!」
胸に手を添え、かつての部下はそう断言した。真剣に訴えるその表情は、元上司だった俺から見ても嘘を言っているようには見えなかった。
なぜ。どうして。どういうことなんだ。俺はやってねえ。強く、歯を食いしばる。
だがその一方で、なぜ王からの擁護が得られないのか納得もいった。
陛下が俺を庇わないのは、ツムギの手中にある証言が動かし難いものだからだ。おそらく、決定的な証言は一つじゃない。俺が陛下の
その証拠に、今もなおシャルル陛下は無言を貫いている。
銀色の髪に縁取られた端正な面立ちはぴくりとも動かない。……いや、違う。よく見れば、彼はわずかに眉を寄せ、下唇を噛んでいた。そしてその両眼は俺へと向けてくる。
不意に、口もとが緩み、陛下の薄い唇が動いた。
声を発さず、唇をゆっくりとわずかに動かし、彼は俺にだけこう告げた。
『これは、陰謀だ』
薄々感じ取ってはいた。ゼルス王国に関するすべての権限を持つこの俺をハメて城から追い出し、国を奪おうとする何者かがいる、と。
なにかを手に入れるためには、物によっては膨大な時間が必要だ。だが、すべてを失うのは一瞬だ。つくづく、世界っていうモノは残酷だと思う。
金も地位も名誉も、一番大事な
スノウだって、この腕にほんの少し力を入れただけで壊れてしまいそうで。
ツムギは一体、何の目的で俺を陥れようとしているんだ。
やはり、俺に代わってゼルスという国を動かす力を手に入れようとしているのか。
金糸の髪の隙間からのぞく薄青の瞳はガラス玉のようで、何の感情も灯っていなかった。
突如吹っかけられたゼルス国王暗殺未遂の嫌疑。コイツが複数の証人を用意し、今も俺を執拗に追い詰めようとしているのはたしかだ。
そう、首謀者はツムギ・スオウだ。
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