[1-4]追放処分
都合がいいことに、いつもは固く閉じられた両扉が開放されていた。そのせいで、人気がない玉座の間には続々と野次馬たちが集まってくる。
政務に就く文官や大臣たち、城内に常駐する《赤獅子》の構成員たち。そのすべてが俺とスノウを取り囲んだ。
数えきれないギャラリーは人垣になりかねないほど多くなってくる。……さすがにまずいな。
俺のことはいい。自分の面倒は自分で見れる。
なによりも心配なのはスノウのことだ。足が悪いスノウのためにも、退路を確保しなくてはならない。しかし、どうすればいい?
「さあ、エリアス。素直に認めてしまったらどうだい。おまえがシャルル陛下に毒を盛ったと証言できる者は他にもいるよ」
今の俺は圧倒的に不利だ。それをツムギは分かっているのだろう。簡単に逃すつもりはないらしい。
足を大きく踏み出し、距離を詰めてきた。
「誰の目から見ても、国王陛下を殺そうとしたのはおまえだ。陛下は元一般人でありながら、城外には一歩も出ることなく、目立たない公務を行うことでただ国のために尽くしていたというのに。本来近くで陛下をお支えしなければならない宰相のおまえが、まさか陛下の命まで奪い取ろうとするとは。許しがたい反逆行為だ!」
「うわっ、何をするんだ」
「スノウ!」
手のひらからやわらかい感触が、ぬくもりが、遠ざかっていく。
悲鳴をあげるスノウに、ツムギは顔色ひとつ変えなかった。かれの細腕をつかんだばかりか、あろうことかあの野郎、スノウの腰に腕を回して俺から引き離しやがった。まるで女を抱き寄せるみてえにスノウに触っている。冗談じゃない。
百歩譲っても、自分で身体を支えられないスノウを粗雑に扱わない点は……、まあ、評価してやってもいい。面白くない。殴ってでもスノウを取り戻したかったが、野次馬たちが邪魔だ。
「スノウ先生、彼は危険だ。少し離れていてくれないかな」
やはりと言うべきか。
あくまでも、ツムギが追い出したいのは俺一人だけのようだ。俺に関わったヤツらを巻き込むつもりはないらしい。それとも、俺がいるとツムギにとってはよほど都合が悪いのか。
スノウは腕を突っ張って、ヤツの腕の中で抵抗を見せているが、あまり効果はないようだった。線の細いかれの腕力ではツムギに叶うはずがない。
怒鳴りつけてやりたくなる衝動を必死で抑えながら、俺はツムギの冷え冷えとした顔を睨みつける。
「……ツムギ、スノウを離せ」
「おまえは自分の心配をしたらどうだ? さっきも言ったと思うが、王の寛大な御心により命までは取らない。ただし、国王叛逆の罪により、おまえをゼルス王国から追放処分とする」
ツムギが軽く指を鳴らすと、群がっていた野次馬の動きが変化した。
野次馬たちの顔が好奇に満ちた表情から、獲物を見定める獣の顔へと豹変する。文官たちは後退していき、かつての部下たちが迫ってくる。
「ちょっと待てよ、おまえら」
これでも俺はリーダーだ。部下たちの顔も実力も、すべて頭の中に叩き込んでいる。一対一なら振り払うのは容易だ。しかし、組織を立ち上げるまで苦楽を共にした仲間を、簡単に斬りつけられるはずがない。それに今回は多勢に無勢。数が多すぎる。
部下たちは、ほんとうに俺が反逆者だと信じているんだろうか。どれだけ否定しても、誰も俺の言葉に耳を貸さなかった。
長年積み上げた絆は、こうも容易く千切れてしまうものなのか。そう思うと、胸がずきりと痛んだ。
かつての仲間に腕を取られ、ベルトに提げた剣まで取り上げられる。突然の裏切りに、指ひとつさえ動かせなかった。
そうして俺は、人垣の隙間から見た。ツムギのそばまで、青みがかった黒髪の男が近づていくのを。
前合わせの和装束に、高く結った長い髪に、
あいつはたしか、いつもツムギと一緒にいた新入りだ。名前はスバル、だったか。
ツムギはスノウをその男にあずけ、俺に視線を転じる。そうして彼は両腕を拘束された俺のもとへまっすぐ歩み寄ってきた。
魔法がかかったかのように、人垣がふたつに分かれる。組織に入って一ヶ月にも満たないこの新人に、なぜ俺の部下たちは従うんだ。なにか裏があるに違いない。
「さあ、始めようか」
白い手のひらが、無防備な俺の首をつかむ。
さっきまで宝物のようにスノウを扱っていた同じ人物の手とは思えないほど、ツムギは力まかせに乱暴だった。ためらいなく指に力を込められ、息をせき止められる。どういうわけなのか、拘束されていた腕が解放され、人の気配が遠ざかっていく。
一体、何をするつもりだ。
目と鼻の先で、怒りを宿したツムギの左目が俺を射抜き、形のいい唇が動いた。
聞こえてきたのは
魔術に長けた民、
抗議をする時間はなく、抵抗する隙さえ見つからなかった。
空より薄い色の瞳が、目を見開く俺の顔を映したまま細くなる。これまで淡々とした声音から一変し、ツムギは苦々しく吐き捨てた。
「さようなら、エリアス・ガルシア。野蛮で薄汚い
その言葉を最後に、世界はぐにゃりと暗転した。
+ + +
どさり、と。なす術なく、俺の身体は地面に投げ出された。
雨が降ったばかりだったのか、無防備に横たわった四肢はじわりと濡れていくのがわかった。湿ったぬるい風が頬を撫でていく。すぐに起きあがろうとしても、視界は歪んだままで立っていられなくなる。なんだこれ。
結局、俺はまた草むらの中に倒れ込んだ。
きらびやかな城内から、建物ひとつない平原へ。一瞬のうちに俺は外に放り出されたわけだ。
大きな人だかりどころか、人影はひとつも見当たらない。頭上を鳥が一羽飛んでいくだけの、なにもない
「……うそ、だろ」
路銀はおろか武器まで取り上げられた丸腰状態で、俺は土地勘のない場所へ飛ばされた。
直接的ではないにしろ、この状況は俺に死ねと言っているのも同義だ。
この平原がどこなのかはわからないが、ゼルス王国の外なのは間違いない。隣国のルーンダリアか、それとも海向こうの別大陸か。どちらにせよ地図もなく、目印になるようなものがないこの場所で手掛かりなんて見つけられるわけがない。
国外にはキャラバンを標的にした盗賊や山賊が多い。剣士の命にも等しい剣を取り上げられて、たった一人でどうやって生き延びろというんだ。
「くそぉぉぉおおおおお!」
片腕で目を塞ぎ、視界を覆う。絶望した俺の絶叫は虚しく、天高い空へ突き抜けていった。
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