[1-2]白衣の幼なじみ

 腹の底から吐き出した啖呵の声が、玉座の間に響き渡った。いつもなら、さながら獅子の咆哮かと恐れられ、部下たちは縮こまっていただろう。

 だが、ツムギは眉をぴくりとも動かさなかった。見ているこっちがぞっとするような、ひどくきれいな笑みを口もとに浮かべ、奴は怜悧な声で俺の要請に応えてみせたのだ。


「いいだろう。それで、おまえの気が済むのなら」


 堂々と背筋を伸ばし、ツムギはきびすを返して奥に下がっていった。ヤツはさっき、証人がいるとのたまった。おそらく、その証人とやらを連れて来るつもりなんだろう。


 つーか、ツムギのヤツ、去り際にひと睨みしていきやがった。少し顔を合わせた程度の新入りに恨まれる理由に心当たりなんかねえんだけどな。今のところはまだ、俺は奴の上司だというのに、「おまえ」呼ばわりしてくるとは。

 しかもツムギは告発と同時に、丁寧な敬語口調を崩してきやがった。たぶん、今のぞんざいな口調が素なんだろう。


 ——などと、頭の中で考えていたら、凛とした愛しい声がするりと耳に入り込んできた。


「エリアス!」


 眠れない夜も、食事の時間を取れないほど忙しい時も、片時だって忘れたことはなかった。時間が許すならいつまでも、永遠に近い時間を共に過ごしたい。なのに、どうして今この時、衆人環視の中で断罪されようとしているこの瞬間に来てしまうのか。


 できれば、だけには見られたくなかった。

 今にも闇に覆われそうな思いを胸に、俺はほんの少し覚悟を決め、そのひとを出迎えることにする。


 かつ、かつん、と。杖が床石を叩く。

 白衣を翻しながら、絹のような長い髪を振り乱し、不安定な足取りで歩いてくる。背から見える淡い青の両翼と尻尾が小さく動いて、バランスを取っている。かれは片足が不自由なのだ。


「スノウ!」


 今がいかに非常事態だろうと、王の御前だろうと、遠慮などするつもりはない。ただかれだけを目にとめ、愛しいひとに駆け寄り、抱きとめる。そのあと腕の中でぽかぽかと胸のあたりを拳で叩かれるまでがいつものワンセットだ。

 普段通り肩を抱き寄せて支えると、すぐに抗議が飛んできた。


「エリアス、どういうこと!? 国王暗殺だなんて、嘘だろ?」


 よく見れば、スノウは不安そうに青い瞳を大きく揺らしていた。いつも医務室に引きこもっているというのに、一体誰から騒ぎを聞きつけたのか。きらめく瞳はサファイアよりも美しく、思わず見惚みとれてしまう。

 スノウの言動から推測すると、かれは俺が本気で国王を毒殺しようとしたとは信じていないようだ。

 スノウは慎重で疑り深い性格をしている。なのに、俺のことは信じてくれた。いや、それだけじゃなく、足が悪いのに医務室から遠く離れた玉座の間まで駆けつけてくれたのだ。そのいじらしい気持ちだけで胸でいっぱいになる。普段は素っ気ねえのに、なんだかんだ言ってスノウは優しいんだよな。


「落ち着けスノウ。大丈夫だ」

「エリアスは落ち着きすぎだよ」


 頭をなでてなだめると、スノウは不機嫌そうに頬を膨らませた。ひと睨みされても痛くもかゆくもない。むしろ可愛いとか思ってしまうあたり、俺は単純なのかもしれない。

 そうだ。俺は赤獅子とまで呼ばれた男だ。断罪などで心が折れるほど弱くはない。


「もう一度聞くよ。ほんとうに、国王暗殺には関わっていないんだよね?」


 真剣な顔でスノウは、もう一度俺に問いかけてきた。

 ガキの頃から兄弟のように時を過ごしてきた、大切な幼なじみ。成長し大人となった今、俺はかれに心底惚れている。だからこそかれには真摯に向き合いたいし、嘘はつきたくない。

 まっすぐにスノウのサファイアのような瞳を見つめ、強くうなずいてみせる。


「俺は誰も殺してねえし、殺そうともしてねえ。スノウ、信じてくれ」

「わかった。僕はきみを信じる」


 スノウの形のいい唇がわずかに持ち上がる。笑ってくれることが滅多にないだけに、胸が弾むのがわかった。

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