赤獅子と白氷竜〜追放から始まる暁の改革記〜

依月さかな

第一夜 幕開け

[1-1]告発

 今日は朝から雲ひとつない快晴だった。

 とてもいい日になると予感したのに、まさか人生最悪の日になるだなんて誰が予想しただろうか。

 

 夜のとばりが降りてもなお、きらびやかな光に包まれる、眠らない街ルカニア。王都でもあるその街の中央にそびえる王城にて、俺は今まさに断罪されようとしていた。






赤獅子あかじし——、いや、エリアス・ガルシア。暗殺を企てた罪で、お前をゼルス王国から追放する」


 青天の霹靂だった。まさかゼルス国王自らにそう言い渡されるとは。


 まるで判決を言い渡された罪人のような気分だ。

 いや、今いる場所は裁判所ではないし、むしろ国王を居合わせる玉座の間なのだが。


 赤獅子という通り名は俺にとって、人生を体現したような名前だ。獅子の名にふさわしく、リーダーとして己の群れを守るために身を粉にして戦ってきた。

 その結果が追放これなのか。


「どういうことだ、シャルル国王。俺がいつ、あんたを殺そうとした!?」


 黙っておれず、俺は声を張り上げて抗議した。

 赤い革張りの椅子に座るゼルス国王は、口を引き結んだまま睨みつけてくる。そばに控える従者は主君と同じく無表情のまま、沈黙を貫いていた。

 人を一人告発するには、必ず証拠の提示が必要だ。たとえこの国が裏の商業国家と言われようと、冤罪は許されない。


「証人がいるのさ。あなたが国王陛下の飲み物に毒を入れる様子を見た者がね。それも一人じゃあない」


 陛下からの返答ではなかった。しんと静まり返った広い玉座の間に、低く鋭い声が響く。

 視界の隅から現れたのは、見覚えのある男だった。特徴的な容姿をしていたからよく覚えている。やたら端正な顔立ちをしているくせに、色の薄い金の前髪で顔半分を隠した新入り。

 このあたりでは見かけない、まるで南の果てにある島国のような前あわせの民族衣装を身にまとった魔族ジェマの男。和刀と呼ばれる片刃の剣を操る手練れの剣士。


 ——たしか名前は、ツムギ・スオウ。


「残念ながら、俺にはまったく身に覚えがないんだが」

「証人は長年あなたに仕えてきた部下たちだ。いくら弁明しようとも、確固たる証拠がある以上、言い逃れはできない」


 膝より長い衣を翻し、ツムギが距離を詰めてくる。

 どういうことだ。毒を盛られただなんて話が、なぜ俺のところまで届いていない?

 再度国王に視線を投げかけてみたが、彼は首を横に振るだけで口を開こうともしなかった。ということは、証言は嘘偽りのないものだと証明されているのか。冗談じゃない。


「これはなにかの間違いだ。証人になっている俺の部下をすぐに呼べ。そいつらに俺が直接聞い——」

「そんな猶予があるとでも思うのか?」


 鋭利な刃のようなツムギの言葉が俺の主張を切り捨てる。日を改めるどころか、弁明する機会すら与えないつもりらしい。

 俺の組織に入ってたった一ヶ月ほどしか経っていない新参者に、細く長い指を突きつけられる。


 そうして闇組織ギルド《赤獅子》のリーダーである俺はこう宣告された。


「命をらないだけマシと思え、エリアス・ガルシア。即刻、この城から出ていくがいい!」






 どこからともなく降って湧いた告発に、一方的に言い渡された処分。ツムギの言う通り、処刑されないだけ幸運なのかもしれないが、やってもいないことで国外追放されるだなんて納得できるはずがない。

 そう、俺はなにもやっていないんだ。そもそも懇意にしていた国王を暗殺するメリットなど、俺自身にはないというのに。むしろ俺たち二人は、ある目的を共にした盟友なんだぞ。


「嫌だ」

「何?」


 ツムギは形のいい眉を不快そうに寄せた。だがあえてソレに素知らぬふりをし、ヤツの薄青色の瞳をきつく睨みつけてやった。

 戦わずして退場など、誰がしてやるものか。こちらには、命に換えてでも守るべきものがある。


「生憎、やってもいねえことで追放を甘んじて受けてやるほど、人間ができてねえんでな。その証人とやらを、とっとと俺の前に連れて来い! この俺、赤獅子直々に話を聞いてやろうじゃねえか!」


 

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