28.あざとかわいい
今まで高比良くんのことを勝手に気難しくてとっつきにくい人だと思っていたけれど、もしかしたら案外気さくで優しい人なのかもしれない。
「ねぇ、高比良くん……」
私が話しかけると高比良くんは目尻にしわを作りながら、テーブルに肘をついて軽く身を乗り出してきた。
「彩人でいいよ」
それは名前で呼んでいいよ、という意味でしょうか? そうですよね、それしかないですよね、なるほど……。
いや無理だが?
正面に座っているだけで寿命が削れるほど緊張しているというのに、名前なんて呼んだら二文字目あたりで絶命してしまうだろう。
「な、名前はちょっと……恥ずかしいかも……」
私がそう答えると、高比良くんは鼻で笑いながらボソっと呟いた。
「なにそれ、あざと」
そ、そんな……。
あまりのショックに意識が遠のく。
「ご、ごめんなさい私……」
「あ、いや悪い意味じゃなくてね! なんというかその……あざとかわいい、みたいな? とにかくいい意味だから!」
慌てて弁解する高比良くん。
いい意味であざといって、そんなことあるの……?
「そ、そうなんだ……ありがと……」
「感じ悪かったよね、本当ごめんね……美紗子ちゃん……」
な、なにそれ……。
あっけにとられた美紗子が見つめていると、高比良くんは照れたように目を逸らした。
「たしかに……名前で呼ぶの、ちょっと恥ずかしいな……」
あざとおおおおおおおおおおおおおお!!!!
「俺から言い出したのにごめん……別に焦る必要もないし、これからゆっくり慣れていこ……!」
は? かわいすぎだろバカか?
「そ、そうだね……!」
なんとなく理解できてきた、高比良くんは気さくなわけでも優しいわけでもない、ただとんでもなく人たらしなんだ。
このまま高比良くんのペースで話していたら、きっと底なしの沼に引きずり込まれてしまう。
なんとか私のペースで会話を進めないと……!
「そ、そういえば昨日! 家に泥棒入ったって、あれ大丈夫だったの?」
「まあ昨日は色々大変だったけど、今はもう大丈夫だよ」
「そっか……!」
高比良くんには悪いけど正直よかった……昨日忙しかったならノートはまだ見ていないはず……。
あとはノートさえ返ってくれば、私の平穏な日々も返ってくるというわけだ。
あれ、そういえば……。
「あ、あの高比良くん……ノートは……?」
「ノート? あ、ごめん……部屋に置いてきちゃった……今取ってくるね!」
お手数おかけして申し訳ございません。
「あ……そうだ川澄さん!」
「はい……!?」
高比良くんが少し歩いたところで振り向いた。
「一緒に行こ!」
「え……!? あっうん、わかった……!」
少し動揺してしまったが、ノートを一秒でも早く救出したい美紗子にとってもこの展開は好都合、急いで席を立ち上がり高比良くんのもと駆け寄る。
するとなぜが、ラウンジ全体の空気が一変した。
なんかすごい注目されてるような……。
眼鏡を上げる仕草のなかで、さりげなく周囲を見渡してみると、高比良くんに注がれていた女性たちの熱い視線が、品定めをするように美紗子の方にずれてきていた。
ひいいいい!
私のような人間が出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません。
決して皆さんの想像するような関係ではありませんので、どうか命だけは勘弁してください。
心の中で命乞いをしながら、美紗子は逃げるようにラウンジを後にした。
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