27.目立ちたくない

 土曜日の昼下がり。


 美紗子はきらびやかなシティホテルのラウンジで、一杯二千円もするコーヒーをちびちびと飲んでいた。


 どうしてこんなことに……。


 せっかくの休日、なぜこのような高級ホテルで苦いだけのコーヒーを飲んでいるのかというと、それは昨日の学校終わりのことだ。


 迷惑なのは重々承知の上、高比良くんにノートを返して欲しいとメッセージを送った美紗子。


 返信を待つ間、いくつか最悪なケースも想定していたが、高比良くんからの返信はそれらの想定をはるかに上回る衝撃的なものだった。



『ごめん家に泥棒入って、月曜までホテルに泊まることになった笑』



 笑、じゃねーよ!!!!



 最初は何かの冗談と思っていたが、すぐに夜景とお高そうなディナーの写真が送られてきたので、少なくともホテルに泊まっているのは間違いない。


 行くしかないのか……。



 こうして今日、高比良くんがこの時間なら空いているというので、一時間電車に揺られてわざわざこのホテルまで会いに来たというわけだ。


 はあもう最悪、絶対嫌われたよ……高比良くんからしたら、ノートを理由に隣の県まで追いかけてくる激キモストーカー女だもん……。


 私はなんて恥ずかしい人間なのだろう。


 ふと周りを見ればハイブランドのバッグを手に持つ、バッグも小さければ胃袋も小さそうな美女ばかり、ろくに化粧もせずにお下がりのベージュのワンピースを着ている私は明らかにに浮いている。


 目立ちたくないという理由からくすんだ色の地味な服ばかり着ているというのに、それもこのような場所では悪目立ちをさせるだけなのか。


 どうしたらいいの……迷彩服でも着ればいいわけ……?


 美紗子の自己肯定感が下がりに下がった頃、一人の男が客室エリアの方からこちらに向かって歩いてきた。


 シンプルな黒のジーンズとシャツを着ているだけなのに、妙に様になるモデル顔負けのスタイル。

 薄いブルーレンズのサングラスをかけているが、それでも隠しきれない圧倒的なイケメンオーラ。


 そう、高比良くんだ。


 急いで目を逸らし、気づいていないふりをしながら飲みたくもないコーヒーに口をつける。


 な、なんだあれ……一瞬どっかの韓流アイドルが緊急で来日したのかと思ったよ……。


「ごめん川澄さん、待ったよね」


 高比良くんは向かいの椅子を引きながら声をかけてきた。


「え……? あ、高比良くん……!」


 まるで今気づいたかのような白々しい演技。


「あれ、さっき目が合ったような気がしたんだけど、俺ってわからなかった?」


「え!? あ、その……学校の時と少し雰囲気が違ったから……!」


「あーそっか! ごめんねこんな地味な格好で、あんまり目立ちたくなくてさー」


 地味どころか、この空間で一番目立っているのだが、彼は本気で言っているのだろうか。


 おすすめの迷彩服見つけたら今度教えてあげるね……。


「ん? なんか俺変なこと言った?」


「あ、いや……格好が地味なのは私のほうだから……」


「え、それで地味なの? 俺はいつもよりかわいいと思ったけど」



 え!? か、かわ!?



「や、やめてよ……」

 

「あ、女の子にこういうこと言うの、あんまり良くないんだっけ」


 その通り、いくらお世辞とわかっていても高比良くんにかわいいと言われては、変な勘違いをする女の子も多いだろう。


 まあ私は平気だけども。


 私はね。



「ごめん、訂正させて」


「はい……?」



「いつも、かわいいよ!」



「ぐふっ……!」


 軽く理性を吹き飛ばす高比良くんのダメ押しの一撃は、コーヒーを一気に飲み干すことでの口内全体の火傷を代償になんとか耐えた。


「は、はは、ありがと……」



 こ、殺される……イケメンに殺される……!

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