05.名前で呼んで
高比良くんがわからない。
そもそもなぜこの量の宿題で私なんかを家に呼び出したのか、たしか高比良くんは勉強が得意なはずだ。
もしかして……答えを写したいのかな……?
「あのこれ私がやったやつなんだけど……多分どっか間違えてるから、あんまり信用しすぎないでね……」
丁寧に保険をかけてクリアファイルごと宿題を手渡す。
「え? ああ、ありがとう、じゃあ俺が解き終わったら一緒に答え合わせしよっか」
あ、好き。
高比良くんの答えは、まさに模範解答といえる素晴らしいものだった。
しかしそれでは私の来た意味がない。
「うん……あ、あと! もしわからないところがあったら私頑張って教えるから……」
少しでも役に立つと思われたい。
そんな気持ちを見透かしたのか、高比良くんは普段の学校生活では見せない優しい笑みを浮かべてくれた。
「うん、頼りにしてる」
その言葉から一時間もの時が過ぎた。
高比良くんはソファー前のカーペットに片膝を立てて座り、黙々と机に向かっている。
そう、ただ黙々と一時間。
高比良くん? 私のこと忘れてないよね? 頼りにしてるんだよね?
うつろな視線を無防備なつむじに向けて注いでいると、思いが通じたのか突然高比良くんが振り向いた。
「涼風ちゃん?」
「はい!?」
相変わらずその呼び方は心臓に悪い。
「一応終わったんだけど」
「ああうん、えーっと……どこまで?」
「え、いや普通に全部」
「全部……?」
私が解いた時は、たしか数学の問題集だけでも半日はかかったはずだ。
「涼風ちゃんの答えも見ていい?」
「え!? ああ、も、もちろん!」
いつのまにか定着している名前呼びに、どうしても動揺を隠せない。
「あれ?」
私の答えを見た高比良くんが首を傾げる。
この速さで問題を解けば間違いがあるのは当然のこと、ようやく私の出番が来たようだ。
「あーなるほど、涼風ちゃんちょっといい?」
「はい!?」
いい加減慣れないと……。
「ここ、計算し忘れてるよ」
「え、私?」
前かがみになって机の上を覗くと、シャーペンの後ろの部分で私の途中式がつつかれていた。
「本当だ、計算し忘れてる……」
「あとこっちの証明問題も」
「ああうん……」
なんで私が教わってるの? 先にこの空間における私の存在意義を証明してくれない?
「涼風ちゃん……?」
「な、なに!?」
「もしかして……名前で呼ばれるの嫌……?」
え……?
「名前で呼ぶといつもビクッとするからさ、嫌なのかなって……」
高比良くんに名前を呼ばれて嫌な女子はいない、どうしてそんな簡単な問題がわからないのか、鏡を見ればいつだってそこに答えが載っているはずだ。
ああどうしよう……そんな誤解をされたら私もう生きていけないよ……。
どうすれば嫌じゃないことを証明できるのか、今まで受けたどんなテストの時よりも集中して考え、なんとか一つの答えを導き出した。
「わ、私は全然嫌じゃないから……だから……」
「だから……?」
「あっ、あ、ああ彩人くんの好きなように呼んで……ください……」
今にも消え入りそうな声だったが、ちゃんと伝わっただろうか。
真っ赤な顔を見られないようにソファーでうつむいて固まっていると、すぐ隣に高比良くんが座ってきた。
「ありがとう、涼風ちゃんは優しいね」
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